ここからまた別行動
「―――だったらこの事件、一緒に解決しない?」
「え……?」
自分を責め続けるハイドラに、エーテルはそんなことを言い出した。
「私たちは、あなたからこう言われたわ。―――「私を守ってください」って。なら、この件を解決するのは、ハイドラの依頼を達成するのに必要なことよ」
誘拐されかけたハイドラを守る。ならば、それに関連した事件を解決すれば、彼女を脅かす存在もいなくなるはずだ。
「だから、ハイドラもそれを手伝って頂戴。……まずは、情報収集からね。この辺の市場なら、ハイドラのほうが顔が利くでしょ? 聞き込みには適任だわ」
「あ……はいっ! 私に出来ることなら、何でもしますっ!」
「そうそう、その意気よ」
エーテルにそう言われて、ハイドラは気合十分やる気十分だった。……グラは抗議しようとしたが、彼女の提案は理に適っていたし、そのほうがハイドラの気も楽だろうと納得するしかなかった。
「それはいいとして、俺たちはどうするんだよ? ハイドラと一緒に聞き込むのか?」
故に、口にしたのは別のこと。エーテルの方針に賛成した上で、自分の役割を尋ねたのだった。
「グラたんはハイドラについていたほうがいいと思うけど、私までいたってあんまり効率よくないわよね……よし、私は別の場所で調査するわ」
それを受けて、エーテルは役割分担を決めた。ハイドラにはグラが護衛につき、エーテルは単独で調査をする、というわけだ。
「一人で大丈夫か?」
「寧ろ、一人じゃないとやりにくいわよ。真っ当な聞き込みじゃないんだから。……言っておくけど、私がいないからって、勝手にイチャコラしないでよね。絶対私も混ぜてもらうんだから」
「んな心配しなくていい。……まあ、それでも気をつけろよ。普通にしてる分には何もないだろうが、自分から踏み込んでいったら、さすがのお前でも何があるか分からんぞ」
「あはっ、心配してくれてありがとね」
相変わらずのエーテルに呆れながらも、グラは彼女に忠告する。……キレートという男は未知数だ。国王ですら唆す相手に目をつけられてしまえば、何があるか分かったものではないのだから。
◇
「それで、どこから行くんだ?」
「それでは、先程とは違う場所から回りましょう」
「ああ」
エーテルと別れて、グラとハイドラは再び市場を回ることにした。
「あの、少しお尋ねしても宜しいでしょうか?」
「ん? ああ、ハイドラ様じゃないですか。どうかしましたか?」
顔馴染みの商人を見つけては、ハイドラは事件のことを尋ねていく。観光客と、貴族の娘が失踪する事件。その両者について聞き込む。
「ああ、観光客がいなくなるって奴ですか。そういえば最近、そんな話を聞くようになりました」
「詳しく教えて頂いても?」
「ええ。といっても、自分もそんなに詳しくないんですけどね。知ってるのは、観光客が急にふらっといなくなって、翌朝になって発見されるってことくらいで」
商人が話した事件の概要は、ハイドラが知っている貴族誘拐事件とは微妙に違っていた。
「いなくなった方たちは、見つかっているんですか?」
「らしいですよ。と言っても、まともに喋れる状態じゃないって話ですけど。何があったか知りませんが、よっぽどな目に遭ったのは間違いないでしょうね」
「……」
商人から語られた内容に、ハイドラは言葉も出なかった。自分が遭遇したかもしれない未来なのだから、それも仕方ないだろう。
「ま、そういうわけなんで、ハイドラ様も気をつけてくださいね。観光客だけじゃなくて、貴族の娘さんもいなくなってるみたいですし」
「はい……情報、ありがとうございます」
「いえいえ。日頃お世話になってるんですから、これくらいどうってことないですよ」
話を終え、商人の前から立ち去るハイドラ。その後ろに、グラが付き従う。
「ハイドラ、大丈夫か? 顔色が良くないぞ」
「へ、平気です……これしきのことでうろたえていては、エタール家の者として、他の者に示しがつきません」
少し離れた場所から彼女を見守っていたグラだが、ハイドラの様子がおかしいことくらいはすぐに気がついた。だが、ハイドラは気丈に振舞っている。……ハイドラの心境が容易に想像できるだけに、グラはそのまま静観するわけにはいかなかった。
「全然平気じゃないだろ。……少し休め。そんな顔で聞き込みしても、相手を心配させるだけだ」
「グラ様……」
グラは強引にハイドラの手を取って歩き出した。そして、近くの屋台で飲み物を購入し、ハイドラに手渡す。
「ほら、これ飲んで少し休め。多少はマシになる」
「……ありがとうございます、グラ様」
ハイドラは飲み物を受け取り、ストローに口をつける。……市場は人が増えてきたため、座れる場所などなかった。普段の彼女であれば立ったままの飲食など絶対にしないのだが、今はグラの押しに負けて、自分でもあっさりと受け取っていた。
「どうしてそんなに無理するんだ。ノブレスオブリージュにしたって、自分の身を省みないのは良くない」
「……ノブレスオブリージュも、あります。ですが、それ以上に―――セルロを担う者として、セルロまで来てくださった方々にまで被害が出ているのは、どうしても許せないんです。私はこの町を愛していますから、この町で誰かが傷つくのは、嫌なんです」
グラの問いに、ハイドラは自身の心情を吐露していく。ノブレスオブリージュ―――貴族としての責務だけでなく、純粋に町を愛するが故、町の異常を放置できないのだ。
「私が生まれ育った町ですから、エタール家の誇りに懸けて―――いいえ、それとは別にしても、町の平和を守りたいんです」
「そうか……凄いな」
「え……?」
ハイドラの、セルロに対する思いの強さに、グラは素直な感想を漏らしていた。
「俺は生まれ故郷がどこか分からないし、育った場所にそこまでの愛着もない。だから、そうやって自分の故郷のために尽力できるのは、正直羨ましい」
「そ、そんな、褒められるようなことでは……私には、この町しかないだけです。良くも悪くも、この町からは逃れられませんから」
グラの言葉に照れるハイドラだったが、すぐに悲しげな笑みを浮かべる。
「……もう大丈夫です。行きましょう、グラ様」
「ああ」
その笑みの理由を、グラは尋ねない。そうして二人は聞き込みを再開したのだった。




