秘密とは、ばらすためのもの
◇
……やがて二人は、集合場所の噴水までやって来た。
「エーテルはまだやって来てないか……」
「そのようですね」
噴水前の広場に来たものの、エーテルはまだ来ていない様子。……というか、まだ買い物に夢中なんじゃないか?
「仕方ない、暫く待つか」
「はい」
そして二人は、広場のベンチに腰掛ける。……どうやら、ハイドラは元の調子に戻ったようだな。グラと一緒にいて気が紛れたのか。
「……グラ様。一つ、お尋ねしても宜しいですか?」
「何だ?」
すると、ふとハイドラがそんなことを口にした。グラの許しを得て、ハイドラは質問する。
「グラ様は、どうしてエーテル様のお気持ちに、お応えにならないのですか?」
「……あいつが何か吹き込んだのか?」
彼女の問いに、グラはそんな感想を抱いた。……そういえば、昨晩ハイドラはエーテルと一緒に寝ていた。その直前まで、雑談をしていたのは想像に難くない。であれば、彼女がハイドラに余計なことを言ったのは明らかだった。
「エーテル様が仰るには……グラ様は、エーテル様の告白を受けても、首を縦に振らないと。エーテル様、グラ様に蔑ろにされていると、とても寂しがってらっしゃいました」
「……」
ハイドラの話に、グラは頭を抱えたくなった。……エーテルがグラを誘惑しているのは、告白とは違うものだ。本人にあるのは肉欲であって、恋愛感情ではない。それを知っているからこそ、グラも乗り気でないのだ。無論、彼女がグラの妹に似ているのも大きな理由ではあるのだが、それとは別にだ。
「やはり、グラ様は、生き別れた妹君のことが忘れられないのですか?」
「……それも、エーテルから聞いたのか?」
「はい」
そして、その妹のことがハイドラの口から出てきて、グラは辟易するしかなかった。……どうやらエーテルは、グラの身の上についても話していたらしい。この調子だと、彼が魔神であることも口走っていないか、不安で仕方ない。
「……言っておくが、あいつはそこまでまともな奴じゃない。だから、あまりあいつの言うことは真に受けるな」
「はい……?」
これ以上、エーテルに外堀を埋められたくなくて、グラはハイドラにそう言った。……というか、前にも似たようなことを言ったはずなのだが、まるで効果がない。困ったものだ。
「ともかく、俺はエーテルと恋仲になるつもりはない。あいつも、ただ俺をおちょくって遊んでいるだけだ。本気じゃない」
「そうなのですか? ―――それなら、安心しました」
グラの宣言に、ハイドラは何故かそう微笑むのだった。
◇
……それから数十分後。
「はろ~」
「やっと来たか……」
噴水広場にエーテルがやって来た。手には小さな紙袋をいくつも抱えているので、今まで買い物をしていたのだろう。
「エーテル様、急にいなくなられて、心配しました……ご無事で何よりです」
「あはは、ごめんごめん。可愛いアクセとか、ギアの部品とか、色々売っててついつい買い込んじゃったのよね~」
「ったく、勝手な行動すると置いていくぞ」
笑いながらそう言うエーテルだったが、ふとグラたちを見つめ出した。
「どうした?」
「……グラたんとハイドラ、なんか距離が近くなってない?」
「そ、そうでしょうか……?」
エーテルに指摘されて、互いを見合うグラとハイドラ。……言われてみれば、グラとハイドラの間には拳一つほどの隙間しかない。つい昨日知り合った仲にしては、確かに近すぎるだろう。
「怪しい……。まさか、グラたん―――ハイドラとヤったの!?」
「何でそうなる……?」
「まあ、それもそうよね。グラたんがそこまで早漏だったら、さすがに幻滅してるわ」
「そういうことを言いたいんじゃない」
言いながらも、エーテルはまだ納得していない様子。……まあ、実際は別に何もなかったのだが。とはいえ、彼女はそれを知る由もないので、仕方ないか。
「お言葉ですが、エーテル様。グラ様と私の距離が近いと、何か不都合でもあるのでしょうか?」
と、ハイドラがそんなことを言い出した。……実際正論なのだが、今までの彼女とは違い、妙に強気な態度だった。
「な、ない、けど……」
「ですから、私とグラ様の距離が近くても、何の問題もございません」
「むぅ……ハイドラ、なんか、キャラ変わってない?」
「気のせいです」
エーテルとハイドラ。両者の間に、何か火花のようなものが見えた気がした。……なんか、修羅場になってないか? エーテルはハイドラを巻き込もう的なことを言っていたのだが、自分だけ蚊帳の外なのが気に食わないのか。
「まあ、それはこの際追求しないけど―――さっき、面白い話聞いたんだけど、聞きたい?」
だが、エーテルが放ったその一言で、その空気も霧散するのだった。
「で? どういう話なんだよ?」
場所を近くのカフェに移して。グラはエーテルから話の詳細を聞き出そうとしていた。
「んとね、アクセ漁ったときに、近くのカップルが話してたんだけど」
エーテルは注文した抹茶ラテ(セルロの名物らしい)を口に運びながら、説明を始めた。
「例の誘拐事件についてなんだけど。誘拐されてるの、主に観光客らしいのよ」
「観光客、ですか?」
エーテルの言葉に、ハイドラは驚いたような顔をした。……セルロは商業都市であり、国中の様々な物が集まる。故に、観光客も多い。その数は、時期によっては王都よりもずっと多くなる。だが、彼らが被害を受けているとは知らなかったようだ。
「そ。あんまり騒がれていないみたいんだけど、数自体は結構多いみたいよ。それに、兵士たちもまともに捜査していないみたいだし」
「本当なのか?」
「そのカップルはあくまで噂っぽいって感じで話してたけど、少なくとも観光客が行方不明になってるのは確かみたいよ。そんな内容の張り紙もいくつか見たから」
「気づきませんでした……」
エーテルの報告に、ハイドラはショックを受けているようだ。事件そのものもそうだが、頻繁に市場を見て回っているのに全く気づかなかったことが、それをより強くしている。
「まあ、噂って言っても、そこまで広まっていないみたいだし。張り紙も一部の商人が自主的にしてるだけだから、そこまで広範囲じゃないしね」
「それでも―――私はエタール家の人間です。セルロの市場を預かる者として、町を担う者として、町の異変に気づけなかったなど、許されることではありません」
慰めるようにそう言うエーテルだが、ハイドラから自責の念は消えない。自分の家と役割に誇りを持っているからこそ、なのだろう。




