月明かりと秘密の女子会
……その頃、グラは。
「……ったく。まさか、一緒の部屋で寝ると言い出すとはな」
エーテルに部屋を追い出されて。グラは屋敷の外にある薔薇園まで足を運んでいた。……屋敷に来たときはまだ日が高かったのだが、辺りはもうすっかり暗くなっている。月明かりだけが、この薔薇園を照らしていた。
「月、か……」
空に浮かぶのは上弦の月。右半分だけが輝きを放つ月に、グラは言い知れぬ不安を覚えた。
「グラリアクト君かい?」
「……あんたは」
すると、グラの前にフタレイ子爵が現れた。どうやら、彼もバラ園を散歩していたようだな。
「散歩かい?」
「今、エーテルが着替えてるもんで。追い出されたんだ」
「なるほど。それは仕方ないな」
グラの言葉に、フタレイ子爵は苦笑する。……この様子だと、ハイドラがグラたちの部屋にやって来たことは知らないようだな。
「それにしても、君たちには本当に感謝しているよ。くどいようだけど……ハイドラを助けてくれて、ありがとう」
そして、グラに頭を下げるフタレイ子爵。庶民の―――実際には国民ですらないが―――グラに対して頭を上げるのだから、その感謝の程は計り知れないな。
「止めてくれ。俺は偶然、あの場に居合わせただけだ」
「それは謙遜だ。その場にいたというだけで、誘拐犯に立ち向かうなんて、ありえない。君は勇敢で、正義に満ち溢れた人だよ」
フタレイ子爵は、徹底的にグラを持ち上げる。だが、グラは照れるどころか、寧ろその態度に不信感を募らせていく。……彼は今まで、そのように褒められたことがあまりないのだ。見た目や運動神経などはともかく、自身の行動について賞賛されたことなどない。そのせいだろうか。
「あの子は色々と大変な立場だからね……正直、今回の件がなくても、あの子はいつか同じような目に遭っていただろう。今回、君たちがいてくれただけでも、あの子の人生においては限りない幸運だったんだ」
だが、フタレイ子爵の思いは大袈裟ではないのだ。けれども、それをグラに明かすことは出来ない。故に、彼らは分かり合えない。……ハイドラを守りたいという気持ちは同じなのに、彼らはどこまでも平行線だった。
「とりあえず、宿がないならしばらくはうちにいるといい。ハイドラも喜ぶだろう。……それに、あの子のためにもなる」
「……そうさせてもらおうか」
そうして彼らは会話を打ち切り、それぞれ部屋に戻っていく。
「……で、どうしてこうなった?」
「あ、グラたんおかえりー」
「あ、あの、その……」
グラが部屋に戻ると、エーテルがハイドラを押し倒しているところだった。着衣も乱れているようだし、何やってたんだろうか?
「ハイドラに色々教えてたら、なんかねー」
「変なこと教えてるんじゃねぇよ」
最初こそエーテルがハイドラの相談に乗っていたのだが、途中から妙な講義(?)になってしまい、そのまま絡み合いになったのだ。
「でも、ベッドテクは女の子の必須スキルだし」
「その、えっと……夜伽の嗜みは淑女に必要だと、エーテル様が仰って―――」
「こいつの言うことは真面目に聞かなくていいぞ」
初心なハイドラにエーテルが余計なことを吹き込んだ。それを即座に理解したグラは、溜息を漏らさずにはいられなかった。
「それで、準備とやらは終わったのか?」
「うん。ハイドラのスリーサイズも性感帯もばっちり把握したし」
「ちょ、エーテル様……!?」
「そういうことを聞いてるんじゃないんだが」
そして、そもそも準備云々が悪巧みの口実だと悟り、グラは馬鹿馬鹿しくなった。そのまま自分のベッドに腰掛け、ごろんと寝転がる。
「とりあえず、今日は色々と疲れた。そろそろ寝たいんだが」
「え? まだ八時よ? ここから本番じゃない。折角ハイドラに実践経験を積ませようと思ったのに。本番だけにね」
「だからなんでそっち方向に持って行こうとするんだよ。……言っておくが、安眠妨害したら蹴り飛ばすからな」
「じゃあ、起こさないように慎重にしておくわ。それとも、SMプレイがお好みかしら?」
「……そろそろ本気でぶっ飛ばすぞ?」
しっしっ、っと追い払うような仕草をして、グラは布団に入った。……そんな彼に、エーテルは溜息を漏らさずにはいられない。
「グラたん……据え膳食わぬは男の恥なのに」
「……」
エーテルの嘆きに、グラは全く反応しない。目を閉じているし、どうやらもう寝てしまったようだな。
「……もう。グラたんって妙に淡白なのよね。草食系っていうか、女の子に興味ありませんって感じで。あ、でも、妹大好きのシスコンだけど」
「グラ様には妹君がいらっしゃるのですか?」
「うん。生き別れの妹を探してるんだって。そのために色々とやってるし。もう筋金入りのシスコンよね。……やっぱり、ここは妹プレイで攻めるべきかしら? でも、前にやったら怒られたし……」
エーテルはまた何やら下らないことを思案しているようだが、生憎と突っ込み役のグラは眠ってしまった。ハイドラはそもそも突っ込むべきことなのかすら把握していないので、彼女にそれを期待するのは無理だろう。
「こうなったら、ハイドラのお零れに預かるしかないかしら? でも、それはちょっとプライドが……ううん、でも、それはそれでありかも」
それからも、エーテルはグラを攻略する方法を考えていたのだった。……というか、執着してないという割に凄い執念だな、おい。
◇
……翌朝。
「……」
朝日が昇る頃。グラは目を開いて、ゆっくりと体を起こした。
「……こいつら、一緒に寝てたのか?」
そして隣のベッドに目を向けると、エーテルとハイドラが同衾していた。同じベッドの中で、向かい合うようにして、寝息を立てている。
「まあいいか」
彼女たちが昨晩何をしていたのか、気にならないわけではないが、正直どうでも良かった。グラはベッドから這い出ると、シャワールームに入る。昨日はシャワーも浴びずに寝てしまったので、体を洗おうと思ったのだ。
「……ふぅ」
グラは溜息混じりに、これからのことを考える。……昨日、ハイドラを助けたことで、いくつもの課題が見つかった。まず、キレートという男について。ハイドラを(というか、貴族の令嬢たちを)誘拐するその目的についてもそうだが、王都での件もある。恐らくは建国伝説に関連した内容なのだろうが、王都だけでなくセルロでも活動していたとなると、その足取りを追うのは難儀しそうだ。それに加えて、ハイドラの警護もある。進展があったのは事実だが、急にやることが出来ても困ってしまうのだった。




