今から親に紹介します
◇
……それから二人は、ハイドラの屋敷に招かれていた。
「……でかいな」
「……そうね。庶民との格の違いを見せ付けられるわ」
ハイドラの屋敷は、セルロの郊外に位置していた。その広大な規模といえば、通常の民家程度では、母屋の面積を埋めるのすら数十軒は必要なほどだ。更にその数倍ほどある庭は、バラ園や噴水広場などに分かれていて、いずれも手入れが行き届いている。……子爵の邸宅でこれほどなのだ。子爵は貴族の中でも下位のほうだから、より上位の伯爵や侯爵、公爵の邸宅などはどんな規模になるのか。
「エタール家は魔法研究と市場の管理を一度に行っていますから。屋敷の大半はそのためのスペースなんですよ。居住スペースはこの三割ほどです」
セルロの市場は、セルロの名を持つ貴族が管理・運営している。エタール家の他、ネレート伯爵家、ホルム侯爵家の三家で分割管理していて、爵位と同じく前述の順番でその規模も大きくなっていく。つまり、エタール家の担当分は他の二家よりずっと少ないのだ。それでも、市場自体が広大な規模なので、相当なものだが。
「三割でも結構な広さだと思うが……」
「っていうか、逆に七割もスペース使うほどの規模ってこと……? 魔法研究はそれなりに設備とかいるけど、それにしたって……」
魔法研究というのは、新たな魔法の開発だ。魔製機構やカートリッジの開発ではなく、カートリッジに入れる魔法そのものの研究である。そのため、研究者は技師の免許を持っていないことが多い。無論、魔製機構そのものも重要な要素なので、研究には専属の技師を雇うのだが。
「はい。この町で魔法研究が出来るのは、セルロの名を持つ家のみですから」
魔法研究は免許こそ要らないが、誰にでも出来ることではない。魔法研究には国王の許しが必要で、セルロの名を与えられた家はそれがそのまま国王の許可となるのだ。故に、エタール家は数少ない魔法研究を許された家なのだった。
「さ、こちらです。今から父に紹介しますから。その後、客室にご案内します」
そんな話をしながら、彼らは屋敷の中へと入っていった。
「玄関ホールも広いわね……」
「もう一々反応するのも疲れるレベルだな……」
吹き抜けの玄関ホールを抜け、彼らは二階にある一室の前まで来た。その途中、廊下にも様々な絵画や骨董品が飾ってあったが、それらの価値を考えただけで震えてしまいそうだ。
「お父様、ハイドラです。ただいま戻りました」
「入りなさい」
ハイドラが扉をノックすると、中から短い返事が聞こえてきた。
「失礼します」
まずはハイドラが一人で中に入る。……部屋の中は書斎になっていて、書類に埋もれた机では一人の男性が作業をしていた。どうやら、彼がハイドラの父親のようだ。
「遅かったじゃないか。どうしたんだ? 心配したぞ」
彼は書類作業を中断し、顔を上げてハイドラにそう言った。……ハイドラの父親は、確かフタレイ・エタール・セルロ子爵だったか。魔法研究と市場の管理で、色々と忙しいらしいな。
「申し訳ありません。帰路の途中、暴漢に襲われまして……」
「何だって……!?」
ハイドラが漏らした言葉に、フタレイ子爵は驚いて立ち上がった。いや、飛び上がるという勢いだ。
「ご安心を。偶然通り掛かった方たちに助けて頂きました。その方たちにお礼をしていたら、遅くなってしまいました」
「そうか……」
だが、無事だと分かると、すぐに落ち着いて椅子に座った。……娘が襲われ掛けたとなれば、この反応も大袈裟ではないだろうな。
「それで、その方たちをお招きしたのですが、お通ししてもよろしいでしょうか?」
「ああ、そうしなさい」
そうして、グラとエーテルは子爵の書斎へと足を踏み入れる。
「あなたたちが娘を助けてくださった方々か。ささ、とりあえず、そこに掛けるといい」
フタレイ子爵は再び椅子から立ち上がると、部屋の脇にある応接セットをグラたちに勧めた。呼び鈴で侍女を呼び、茶の用意を命じると、茶が運ばれてくるのも待たずに子爵は口を開いた。
「この度は、娘が大変世話になったようだな。私のほうから礼を言わせて欲しい。……それでなのだが、まずはあなたたちの名前を尋ねてもいいか?」
「グラリアクトだ」
「エーテルよ」
「グラリアクト君に、エーテルさんか。……それでなのだが、私はまだ詳しい事情を聞いていないんだ。その辺りを教えてもらえないか?」
それからグラたちは、ハイドラを助けたときの状況を話した。……ただし、キレートのことは話していない。エーテルとは事前にそういう風に決めてあったし、ハイドラはそもそもキレート関連の話はまともに理解していない。故に、そのことは誰も突っ込まなかった。
「なるほど……ハイドラ、だからあれほど気をつけろと言ったのに、案の定じゃないか」
「申し訳ありません、お父様……」
運ばれてきた茶を飲み終える頃には事情を把握して、フタレイ子爵は娘をそう叱った。……今回は偶然助かったが、下手すれば他の被害者のように誘拐されていたのだ。当然だろう。
「それにしても、二人には感謝してもし切れないな。後で、私のほうからもお礼をさせて欲しい」
「それでなのですが、お二人にはうちにお泊りになって頂こうと思うんです」
「うちにかい? だが、二人の都合もあるだろうし……」
「いや、俺たちは旅の者で、丁度宿を探していたところなんだ」
「だから、泊めてもらえるのなら、ありがたいわ」
ハイドラの申し出に、フタレイ子爵は渋った。だがグラたちも、それをフォローするようにそう言う。
「なるほど。ならば、客室を使うといい。ハイドラ、案内するように」
「はい、お父様。では、お二人ともこちらへ」
フタレイ子爵も納得し、ハイドラはグラたちを案内するため、彼らと共に書斎を後にした。
「……ふぅ」
「どうやら、かなり負担を掛けてしまったようだな」
「い、いえ、これも私が言い出したことですから……」
書斎を出るなりほっと一息吐いたハイドラに、グラは彼女を案ずるようにそう言った。……どうやら、父親に事情を話し、グラたちを屋敷に泊める手筈を整えるのに、大分緊張したようだな。
「グラたん、ハイドラに妙に優しくない?」
「別にそんなことはない。俺は基本紳士だ」
「……普段、私に対する態度と、かなり違う気がするんですけど」
「お前みたいなビッチは女扱いする必要なんてないだろ?」
「……はぁ。ほんと、男ってどうしてこういう清純系に弱いのかしらね?」
「?」
グラたちの会話に首を傾げつつも、ハイドラは彼らを客室へと案内するのだった。




