格好つけるのが男の生き甲斐
「グラ……ハイドラ……」
「ん?」
その頃、オクサは。キレートの魔法によって前後不覚になっていた彼女は、ハイドラの叫び声を聞いて、正気を取り戻しつつあった。
「おぉ……。うおぉ……!」
「なっ……!?」
そして、幻惑の魔法を気合だけで打ち破った。これには、さすがのキレートも驚きを隠せない。
「よくもやってくれたな……あたしの仲間を、傷つけやがって」
正気を取り戻したオクサは、キレートに向かって突撃する。
「くっ……!」
「遅い……!」
今から攻撃用の魔法に切り替えようとするキレートだったが、無論そんな時間はなく。オクサの警棒がキレートの腹に直撃した。
「ぐっ……」
「おらぁっ……!」
更に追撃し、彼のギアを叩き落とす。そして、そのギアを蹴り飛ばして魔法を封じた。
「わりぃが、仲間のピンチなんだ。邪魔はしないでもらうぜ」
「がっ……!」
更にもう一撃腹に叩き込み、キレートの意識を完全に刈り取った。
「あ、あれ……私、一体どうしてたの?」
「大丈夫か?」
「う、うん……」
キレートが倒されたことで、カルバも正気に戻ったようだった。困惑しながら、オクサへと駆け寄る。
「けど、向こうはやばそうだぜ……行くぞ」
「わ、分かった」
二人はグラの元へと向かう。移動の途中、負傷したグラをハイドラが手当てし、アルデがエーテルと対峙している様子が見て取れた。
「大丈夫か……!?」
「オクサ様、カルバ様……!」
グラの元に駆けつけると、ハイドラが顔を上げる。彼女は血塗れになりながら、グラの傷を癒そうとしていた。
「酷い怪我……」
「治癒魔法を掛けているのですが、やはり弾かれてしまって……」
グラの治療は、やはり難航しているようだった。魔法は効き目が薄い上に、通常の応急手当ではなんともならないほどに傷が深刻なのだ。
「わ、私も手伝う……! ヒールのカートリッジなら持ってるし……!」
「なら、あたしはアルデに加勢すればいいか?」
「お願いします……できれば、アルデにも協力してもらいたいので、オクサ様お一人で持ち堪えて欲しいのですが」
「お安い御用だぜ!」
カルバはグラの傍らに跪いて治癒魔法を発動し、オクサはアルデの元へと向かうのだった。
「プロミネンス……!」
「その魔法、見飽きたんだけど」
アルデが放った魔法を、エーテルは片手で払い除けた。幾多もの炎を一掃して、エーテルは平然としている。
「どういうことですの……? この消え方、魔神の特性とは違いますわ」
「魔神を殺す花嫁が、たかが人間の魔法で傷つくなんてありえないでしょ? ―――私を害したいのなら、これくらいはやりなさい!」
そう言って、エーテルは魔法を放った。それはアルデと同じプロミネンスだったが、規模が桁違いだった。
「なっ……!」
プロミネンスはボルカショットを連射する魔法。だが、彼女が放ったものは、一発一発が巨大であった。当然、温度も通常より高いだろう。直撃すれば大火傷では済まないはずだ。全身丸焦げか、少なくとも命が助かるとは思えない。
「ストーンウォール……!」
だが、アルデは無事だった。突然地面が隆起して、魔法を遮ったのだ。
「アルデ……!」
「オクサ様……! 助かりましたわ……!」
アルデの元にオクサがやって来る。先程の魔法はオクサのものだ。
「ここはあたしに任せて、グラの治療に参加してくれ」
「分かりましたわ」
「させないよ?」
離脱しようとするアルデを、エーテルは魔法で攻撃する。特大のプロミネンスが彼女に襲い掛かった。
「ストーンウォール……!」
だがそれも、オクサの魔法によって防がれる。時間を稼ぐなら、彼女の魔法はとてつもなく有用だ。
「今度はあたしが相手だぜ、エーテル」
「その名前で……私を呼ぶな!」
オクサに名前を呼ばれて、エーテルは激昂しながら魔法を繰り出すのだった。
「ハイドラ、グラ様はどうなっていますの……!?」
「アルデ……それが」
グラの元にやって来たアルデに、ハイドラは深刻そうな表情で視線を落とす。……実際、状況は刻一刻を争っていた。二人掛かりの治癒魔法によって傷は塞がり始めていたものの、出血のペースに追いつかないのだ。
「私も参加しますわ……グラ様、どうか持ち堪えてくださいませ」
アルデもグラの傍に跪いて、カートリッジを手早く交換すると、治癒魔法を発動した。
「グラ様……」
「グラ君……」
「全力を尽くしますわよ……!」
三人掛かりの治癒魔法により、その効果がようやく目に見えて現れ始めた。出血が収まっていき、グラの容態も安定してくる。
「もう少し……もう少しです」
「ええ……もう一踏ん張りですわ」
「グラ君……お願い、死なないで!」
少女たちの願いに応えるように、グラの傷は塞がっていく。そうして、ようやく彼は持ち直すのだった。
「ふぅ……これで一安心でしょうか」
「ええ。……ですが、まだ油断できませんわ。何せ、あれだけの出血ですもの」
「うん……貧血、くらいで済んだらいいけど」
治療に成功して安堵する彼女たちだが、それでもまだ予断は許されない。先程まで大量出血し、命が危うかったのだ。暫くは安静にしなければならないだろう。
「……ぅ」
「グラ様?」
「ハイドラ……アルデとカルバもいるな」
すると、グラが目を覚ました。いや、正確には今まで意識はあったものの、朦朧としていてまともに反応できなかったのだ。
「グラ様……痛みはありませんか?」
「ああ。大丈夫だ」
「あっ、駄目だよ! まだ安静にしてないと」
アルデにそう答えて、グラは体を起こそうとする。そんな彼を、カルバが押さえつけた。先程まで生死を彷徨うほどの重傷だったのだから、心配するのも当然だった。
「カルバ……手を離してくれ。俺はエーテルを止めなきゃならない」
「駄目ですわ。グラ様は先程まで重傷を負っていらっしゃったのですのよ? どうかご自愛ください」
「だが、エーテルを止めないと……オクサやスルホンをこのままにはできないだろ」
アルデの制止にも、グラは首を横に振った。……確かに、今はオクサがエーテルを食い止めているが、それも限界があるだろう。それに、このままではスルホンを救出できない。
「……なんとかして、オクサ様を離脱させますわ。そして、一度退いて体勢を立て直しますの。少なくとも、このまま無策で突っ込むよりはマシですわ」
「駄目だ……一度でもあいつの前から逃げ出したら、俺はあいつを助けられない。あいつの心を取り戻すことなんて、出来ない」
「そんなことは―――」
「分かるんだよ、兄貴だからな」
グラに無理をさせまいと言葉を尽くすアルデだったが、彼を止めるには至らなかった。それだけ、彼の決意は固い。
「アルデ、グラ様は止めても無駄です」
「ハイドラ! グラ様のことが心配ではないのですか!?」
「勿論心配です。ですが―――ここで逃げてしまうようなグラ様を、私は好きになれませんから」
「……! そ、それは……」
ハイドラに言われて、アルデはたじろいた。……確かに、ここぞというときに前へ進めない男は情けないだろう。アルデもそれが分かるだけに、言い返すことが出来なかった。
「なら、ハイドラの期待に応えてくるか」
「はい。行ってらっしゃいませ、グラ様」
そして、グラは立ち上がる。妹を、取り戻すために。




