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◇
「……ぅ」
冷たい床の感触に、エーテルは目を覚ました。
「あれ……? 私、確かにナッタとお喋りしてて、それで……」
直前の記憶を手繰り寄せながら、彼女は体を起こそうとする―――が、体がうまく動かなかった。
「ちょ、どういうことよこれ……!?」
そうして、ようやく彼女は自分の状態に気づいた。……エーテルは衣服を脱がされ、全裸で床に転がっていた。ただし、腕だけは縄で縛られていて、そのせいで体を起こせなかったのだ。
「……なんか、嫌な予感がするんだけど」
床に寝転がりながら、エーテルは呟く。見たところ、床は石製で、硬いが表面は平らで、寝そべってもそこまで痛くはない。この部屋(というか空間)は薄暗く、広さも天井の高さも把握できない。こんな場所に転がされているだなんて、ろくなことにならないのは明白だった。
「お目覚めかい?」
「きゃっ……!」
突如、部屋が明るくなり、エーテルは驚きの声を上げた。壁に取り付けられた松明が灯って、彼女の周囲を照らし出す。
「ご機嫌麗しゅうお姫様―――というのは、少々皮肉が過ぎるだろうか」
「あ、あんた……!」
現れた男を見上げて、エーテルは警戒するように声を漏らす。……短い黒髪と眼鏡にスーツの男。彼の名前は忘れるはずもなかった。
「とはいえ、久しぶりではあるな」
「ほんとにそうね……またあんたと会うことになるなんて、嫌な運命だわ。これもあんたの仕業なんでしょ、キレート?」
男―――キレートに、エーテルは吐き捨てるような口調でそう言った。彼とは因縁浅からぬ仲だ。そんな人物が、このタイミングで現れるなど、その理由は一つしかなかった。
「相変わらず聡明なようで助かる」
「逆に、この状況であんたを疑わなかったら、ただのあんぽんたんよ」
「それもそうだな」
キレートは彼女の言葉を軽く流すと、こう続けた。
「君をここに招待したのは他でもない。大切な儀式のためだ」
「そういう妄想も未だに続けているのね」
「妄想かどうかはいずれ分かる。後ろを見るといい」
「後ろ?」
言われて、エーテルは体を捻って寝返りを打つ。……彼女の背後にあったのは、大きな祭殿だった。真新しい祭壇の両端では巨大な松明が煌々と辺りを照らし、中央には巨大な十字架が立てられている。そしてその十字架には、少女が磔にされていた。
「なっ……! なんであの子が……!?」
エーテルは、その少女に見覚えがあった。……亜麻色の髪を三つ編みにした、小柄な少女だ。彼女はスチレで出会い、アシッドで別れた少女―――スルホンであった。
「彼女は儀式に必要な巫女だ。乱暴はしていないから、安心するといい」
「そう言われて、安心できると思ってるの?」
キレートの言うように、スルホンに目立った外傷もなく、着せられている白いワンピースも清潔なもので、磔にされていることを除けば悪い扱いを受けていないようにも見える。顔色も至って正常だったが、眠っているのか意識はなく、明るくなっても目を覚ます様子はなかった。
「寧ろ、自分の心配をするべきだと思うのだが」
「っ……!」
言われて、エーテルは自分の状態を思い出した。全裸で縛られ、当然ながらギアもない。何をされようと、抵抗すら出来ないのだ。
「正直意外ね」
「何が?」
「女の子を裸にひん剥いて、縛り付けるだなんて。どうせ、私のこと襲うつもりなんでしょ? 頭いかれてても、やっぱり男だったなんてね」
だからせめてと言わんばかりに、エーテルは彼を見据えて皮肉った。……殺すつもりならとっくにしているだろうし、少なくとも命の危険はないだろうと判断した結果だ。
「生憎だが、私は君の体に興味などない」
「あら、じゃあなんでこんなことするのかしら?」
「儀式に必要だからさ」
そう言って、キレートは背後を振り返った。すると、そちらのほうから男たちが姿を現す。
「へっ、そいつが例の花嫁ですかい?」
現れたのは六人の男たち。彼らは全員全裸で、にやにやと気持ちの悪い笑みを浮かべながらエーテルを眺めている。そして男の一人が、キレートにそう問い掛けた。
「ああ。大切な花嫁だ、丁重にもてなすように」
「了解」
キレートに言われて、男たちがエーテルを取り囲む。
「つーわけだ嬢ちゃん、観念しな」
「……へぇ、複数プレイってわけ? まあ、たまには悪くないわね」
男に取り押さえられ、それでもエーテルは平然としていた。……襲われることに忌避感がないわけではないが、さすがはビッチだけあって、受け入れることは容易であった。
「存外落ち着いてるんだな」
「さすがに六人相手は初めてだけど、複数プレイ自体は何度かしてるしね。それに、最近は欲求不満だったのよ」
「ほぅ、そいつは楽しみだな」
余裕を見せ付けるエーテルに、男たちは下賎な笑い声を上げるのだった。
◇
……翌日。
「結局、一晩経っても戻って来ませんでしたわね」
朝食の席にて、アルデはそう呟いた。……エーテルの捜索が難航している現状、彼女がひょっこり戻ってきている可能性を期待していたのだが、そうはならなかった。
「大丈夫でしょうか……心配です」
「あいつのことだから、案外なんとかなってそうだけどな」
「だといいんだが……」
相変わらず、彼らの表情は暗かった。エーテルはムードメイカーでもあったので、彼女がいないというだけで、空気が淀むような気がしてくる。
「あの、その……えっと」
そんな彼らに何か言わねばと、少女は口をもごもごさせていた。だが、言うべき言葉が見つからず、結局まともに発言することはなかった。
「お嬢様、お食事中、失礼します」
そんな中、メイドが一人、アルデの元にやって来た。手にした封筒を彼女に示す。
「今朝、ポストにお嬢様宛のお手紙が」
「あら、差出人はどなたですか?」
「それが……差出人の名前がありません」
「え?」
メイドが持ってきた白い封筒には、確かにアルデの名前しかなかった。この不審な手紙の扱いに困って、彼女の指示を仰ぎに来たのだろう。
「如何いたしましょうか?」
「そうですわね……私が確認致しますわ」
そう言って、アルデは手紙を受け取った。開封し、中身を確認する。
「ええと……なっ!?」
手紙を読み始めたアルデだったが、途中で驚きの声を上げて立ち上がった。
「どうした?」
「グラ様……これを」
訝しそうに首を傾げるグラに、アルデは手紙を渡した。彼はそれを受け取って、読んでみた。
「……これは」
「はい……想像以上に厄介なことになりましたわ」
その手紙には、こう書かれていた。―――「エーテル嬢は預かった。返して欲しくば、鉱山都市アシッドまで来られたし」と。




