お人好しはいいように使われる
「さて……どうしたものか」
無事にバイオへ侵入して。グラは用水路の縁を歩いていた。足を踏み外せば落っこちてまたもやずぶ濡れになる状態で、しかし彼は気軽に進んでいく。
「とりあえずは情報収集と、武器の調達だが……その前に、寝床を確保したいな」
町の宿は当然、ギアがなければ宿泊できない。だから、彼の言う寝床とは、雨風を凌げる場所のことだ。
「……ん?」
そんなことを考えながら進んでいると、建物の隙間に出来た小さな裏道、その一つに目が留まった。
「あれは……まさか」
その裏道を覗き込むと、そこに広がっていたのは一面の赤だった。……地面と壁を染める紅。その中心に沈むのは、一人の男性。その光景を見たものは、おおよそ同じ感想を抱いただろう。「まるで、殺人現場のようだ」、と。
「……」
それを確認して、グラは無言でその場を立ち去ろうとした。……不法侵入者の身で、余計な面倒ごとに巻き込まれたくない。そう考えると、迂闊に近づくことも出来なかった。
「待ちな」
だが、突然聞こえてきた声に足を止めた。頭上から、女の声がしたのだ。
「よっ、と」
すると、建物の屋根から女が降りてきた。短い赤毛と切れ目がちな瞳、革のつなぎを身に着けたスレンダーな女性だ。彼女はグラの目の前に降り立つと、その目を更に細めて問い掛けてきた。
「あれはあんたの仕業かい?」
彼女が言っているのは、先程の現場のことだろう。あの惨事を、グラによるものだと思われてしまったようだ。
「いや、違う。というか、実はお前なんじゃないのか?」
「冗談。ま、あんたじゃないのは分かりきったことなんだがね。上から見てたんだ、ただの通りすがりってことくらい知ってて当然さね」
グラの返答に、女性は肩を竦めてそう答えた。
「だったら何の用だ?」
「ちょいと協力者を募っててね。あんた、協力しなよ」
「……」
唐突な申し出に、グラは押し黙った。……彼がバイオに来た目的は、妹探しと武器の調達だ。彼女に協力すれば、情報を集めたり、武器を調達してもらうことも可能かもしれない。だが、こんな初対面の人間に協力しろというのだ。その内容は決してろくなものではないだろう。
「言っておくが、あんたに拒否権はないよ。……あんた、不法侵入者だろ?」
「……さすがに分かるか」
女性の言葉に、グラは驚く素振りを見せなかった。全身ずぶ濡れなのだから、用水路を通って町に入ってきたのは明白だ。
「分かった。……ただ、こちらにも条件がある」
「なんだい?」
「宿と情報、あと出来れば武器が欲しい」
そうなれば、後は話を有利に進めるしかない。グラは協力に対価を求めた。彼女に協力する代わりに、当初の目的を果たしてしまおうというのだ。……正直なところ、この女性はあまり信用できない。初対面の、しかも不法侵入者と分かっているグラに協力を持ちかける時点で、真っ当な人間とは思えない。故に、それを確かめるためにも、そんなことを言ったのだ。
「それはあんたの働き次第ってとこさ。まあ、宿ならうちに泊めてやる。あんた、不法侵入者の割りにまともそうだからね。こんな小娘に脅されて、律儀に付き合うくらいだし」
「そりゃどうも」
そんなことを言ってくる女性に、グラは照れ臭そうに目を逸らすのだった。……どうにも、手玉に取られている感じが否めないな。
「私はアセター。武器商人さ」
「俺はグラリアクトだ」
「ふぅん? そりゃまた変な名前だねぇ」
なんやかんやで、彼らは移動することにした。その道すがら、二人は互いに自己紹介する。
「武器商人か……なら、武器は持ってるんだな?」
「当然さ。けれど、なんだってそんなに執着してるんだい? 少なくとも、あんたはそんな野蛮には見えないけれど」
グラの質問に、アセターは声を潜めて尋ねた。……未だに彼らは用水路の傍を歩いているが、ここは兵士たちが集まる軍事都市なのだから、神経質になりすぎるくらいで丁度良かった。
「……この状態で旅を続けていたら、荒事に巻き込まれる機会も多いだろうからな。武器くらいは調達しておきたい」
「ふぅん。まあ、そうなんだろうねぇ」
グラの返答に、アセターは適当に相槌を打った。彼からはぐらかすような意図を感じ取ったのだろうか。
「ま、あんたがちゃんと協力してくれるなら、適当なカートリッジを融通してやるさ」
「いや、カートリッジよりもっと普通の武器がいい。剣とかな」
「ふぅん……?」
グラの要望に、アセターは訝るように首を傾げた。……確かに、攻撃系の魔法は慣れないと扱いが難しい。それ故に、兵士の中にはギア内蔵型の武器を使用する者が多い。それでも、武器といえば大抵は攻撃魔法のカートリッジのことを指し、バイオに来てまで手に入れる価値があるのは大半がカートリッジのほうだ。カートリッジならば持ち運びやすく町の外にも持ち出しやすいし、手持ちのギアでも魔法が扱える。他の町では入手困難な強力なものも多い。一方のギア内蔵型武器は、検問で引っ掛かるので簡単には持ち出せない。まして、ギアを内蔵していない武器などギア内蔵型より性能が劣る上に持ち出せない点は同じなため、態々手に入れる理由が薄い。その点を踏まえると、グラの申し出は不自然だったのだ。
「ああ、なるほど。……あんた、実は魔神だね?」
「……どうして分かった?」
アセターに指摘されて、グラは足を止めて警戒するように彼女を睨んだ。
「そりゃあ当然さ。バイオに不法侵入してまで武器を手に入れようとして、しかもそれはカートリッジじゃなくて普通の武器と来た。それなら、ギアを持ってなくて扱えない魔神しかありえないだろう? 他の町だと、そんなもんは中々手に入らないだろうしねぇ」
しかし、アセターは飄々としながらそう答えた。……判断できる材料はそれなりにあったとはいえ、ここまであっさりと彼の正体を見抜く辺り、その洞察力はかなりのものだろう。
「しかしまあ、天下の魔神様が自分から兵士の巣窟に足を踏み入れるとはねぇ。余程の事情があるんだろうねぇ」
「……ったく。妹を探してるんだよ」
グラは溜息を吐くと、正直に事情を話し始めた。ここまでくれば、今更隠し事をするよりも、事情を話して情報を手に入れたほうが有益だと判断したのだろう。
「なるほど。生き別れた妹を探して、ここまで来た、と」
「ああ。ここに来る前にミトコでも探したんだがな。そのときは現地の人間に頼んで、時間が掛かると言われたからこっちに来たってわけだ。あっちで色々あって、武器が欲しいと思ってな」
「ふむふむ……一つ、言っていいかい?」
グラの返事を待たず、アセターはこう言い放った。
「あんた、シスコンなのかい?」
「うるさい」
彼女の言葉に、グラは声を荒げるのだった。




