昔々、というほどでもないけれど
「そんで、どうだったんさ、王国巡りは? その様子だと、あちこち行ってきたんだろ?」
気を取り直して、アセターはそんなことを尋ねた。
「ああ。王都からセルロ、スチレ、アシッド、トレハ、ドコサと来て、またバイオまで戻ってきた」
「なるほどねぇ。セルロ辺りの話は噂で聞いてたけれど、もう王国中を制覇してるのかい」
「……だが、ナッタはどこにもいなかった」
今まで行った町を挙げて、グラはそう呟く。そして、彼女に例の件について尋ねた。
「アセター。前に頼んでいた件なんだが……ナッタは、バイオにいるのか?」
「結論から言って、いない」
彼の問いに、アセターは首を横に振った。
「バイオにはいないし、バイオに来る商人たちから話を聞いても収穫なしさ。少なくとも、私が調べられる範囲にいないのは確かだねぇ」
「そうか……」
彼女の報告に、グラは消沈したような表情を浮かべるが、すぐに首を振った。妹が簡単に見つからないのは承知の上なのだ。今更嘆いていても意味がない。
「それと、あんたの妹とは関係ない話なんだがね」
彼が立ち直ったのを見て、アセターは次の話題を持ち出した。
「最近、王国内で不穏な動きがあるようじゃないか。なんでも、各地の事件を裏から操ってる輩がいるらしいとか」
「もしかして……キレートのことか?」
「おや、知ってたのかい? しかも、名前まで把握してるだなんて」
彼女が口にしたのは、キレートに関することだった。……グラの妹について調べる過程で、その情報も手に入れていたのだろうか。
「キレート?」
「ああ、オクサは知らないわね。……私たちが王国中を旅していて、ちょっかい掛けてくる男よ。ハイドラのときも、裏で糸を引いてたのはあいつだったし」
「おやおや、この色男ぶりにはそんな理由があったのかい」
疑問の声を上げたオクサに、エーテルはそう説明する。……そういえば、トレハに入った辺りから、彼と出会うこともなくなっていたな。
「まあ、ここのところはあいつが関わってる気配はないが……今後も出くわす可能性があるからな。改めて、気をつけたほうがいいだろう」
「そうですね」
「ええ」
グラの言葉に、ハイドラとエーテルが頷く。彼らが把握しているだけで、キレートは三回も事件を起こしている。用心に越したことはないだろう。
「さてと……情報交換も終わったことだし、ここは昔話に花を咲かせるべきかねぇ。とはいえ、昔って程でもないけれども」
「それってつまり、グラたんが前にバイオに来たときの話?」
「そうさ。あんたらからしたら、興味があるんじゃないのかい?」
「はい、是非聞きたいです」
「グラの話か。興味あるな」
アセターの提案に、少女たちは目を輝かせた。彼女たちからすれば、グラの過去というのは知りたくて仕方がないものなのだろう。
「おい、話すのかよ」
「いいじゃないか。お嬢さんたちはあんたのことが好きなんだろうさ。好きな男の過去ってのは、どうしても気になるもんさ」
「ったく……まあいいか。聞かれて困るもんでもないしな」
唐突な展開に戸惑うグラだったが、アセターに言われて渋々納得した。……まあ、突然自分の話をされれば、恥ずかしくもなるが。
「じゃあ、どこから話したもんかねぇ。どうせなら、あんたがバイオに入ったときのことからがいいと思うんだけれども」
「おいおい、自分から言い出して、俺に話させるのかよ」
「まあまあ、いいじゃないか。そのほうが話としては盛り上がるって揉んだよ」
だが、アセターは最初の語り手をグラに任せてきた。……確かに、バイオの外壁は他の町よりずっと厳重だ。それをどうやって突破したのか、そこから聞かせてくれたほうがいいだろう。
「……分かった。毒を食らわばなんとやらだ」
少女たちが無言で視線を向けてくるので、グラは溜息混じりに応じるしかなかったのだった。
◆
「……ここがバイオか」
遡ること数ヶ月前、バイオ外周にて。グラは、バイオの外壁を眺めて呆然としていた。……有刺鉄線と大砲で守られた外壁と、大勢の兵士たち。前に立ち寄った金融都市ミトコと比べれば、その厳重さは一目瞭然だ。
「……さて、どうしたものか」
この厳重さを見れば、普通は侵入などしようとは思わない。だが、グラはそれでも入るつもりだ。この先に妹がいる可能性があるし、そうでなくても彼には目的があった。
「バイオに入らなければ、武器を調達できないからな……」
グラは魔神だ。魔神は魔法が使えない。当然、ギア内臓型の武器も一切使用できない。となれば、普通の武器を用意するしかない。……ミトコでの一件で、グラは武器の重要性を実感していた。今の彼には武器がなく、また魔神の身で妹を探すのならば荒事は避けられない。その際に素手のまま立ち回るのは困難なのだ。
「他の町じゃあ、普通の武器はないっていうし……」
武器なんてものは、当たり前だが簡単には手に入らない。まして、兵士ならばギア内蔵型のものを所有するので、手に入るのもそれらだけで、しかもそれすら入手困難だ。しかし、軍事都市バイオでは、訓練用の非ギア型武器もある程度流通していると聞き及んで、遥々やって来たのだ。
「こうしてても仕方ない……行くか」
そんな事情もあり、引くわけにも行かないグラ。バイオから距離を取ったまま、その周りを観察するように進んでいく。正門付近に兵士が多いのは当然なのだが、もしかしたら警備が手薄なポイントがあるかもしれない。そうであれば、そこから侵入することができる。
「あれは……」
そして、丁度いいポイントを見つけた。下水を流す用水路が、町の外に流れ出ていたのだ。
「見張りもいるが……これなら」
無論、ここも侵入経路になりうるため、見張りの兵士はいる。だが、用水路は深く、水は濁っている。潜ってならば、侵入も不可能ではない。
「行くか……」
町までの距離を目で測り、見張りから気づかれず、かつ息が持つところから潜り始める。
「ふぅ……なんとか抜けたか」
用水路を進んで、グラは無事にバイオへと侵入した。……彼は気づいていないが、用水路にも侵入者を察知する索敵ギアが設置されていた。だが、魔神の特性によってセンサーを擦り抜けたのだ。
「ここは……路地裏かどこかか?」
彼が今いるのは、建物の隙間のような場所だ。道はなく、また当然ながら人もいない。不法侵入している身としては、人気がないのはありがたかった。
「……とりあえず、服を乾かさないとな」
呟きながら、グラは用水路の縁に登るのだった。




