旅は続けど故郷は懐かしく
◇
「それで、次はどこに行くの?」
「順番的に、バイオでしょうか?」
関所を出て。グラたちは街道を南下していた。この先にあるのは、軍事都市バイオ。兵士の訓練や外国からの防衛を主目的とした町だ。
「そうだな……頼んでいた件もあるし、一度足を運んでおきたい」
「頼んでいた件って、なんのことだよ?」
「そういえば言ってなかったか。俺は前にもバイオに行ったことがあってな。そのとき、ナッタの捜索を依頼してた奴がいるんだ」
「そういえば、グラたんってバイオには行ってたのよね」
首を傾げるオクサに、グラはそう説明した。……確か、魔神がバイオに現れた連続殺人犯を捕らえたという噂が流れていたな。あれはやはりグラなのだろう。
「俺にとっては二回目だが、お前らは初めてだろ? 観光には丁度いいんじゃないか?」
「観光って……軍事都市なんて見て回るものじゃないでしょ?」
グラの言葉に、エーテルは呆れたようにそう返した。……軍事都市であれば、観光向きの場所などほぼないだろうし、寧ろ立ち入り禁止の施設のほうが多そうだ。
「兵士たちに武器を供給する関係上、ギア工房が多い。今まで見てきた中だと、スチレの次くらいだな。他にも、訓練場のいくつかは見学自由だし、意外と楽しめると思うぞ」
「そうなんですか?」
だが、グラは彼女たちにそう説明した。ギア工房であればエーテルやハイドラは興味があるだろうし、訓練場はオクサが好きそうだ。
「まあ、細かいことは向こうで話したほうが分かりやすいだろうな」
そんな感じで、彼らはバイオへ向けて、僅かながらに足を速めるのだった。
◇
「……ここが、バイオ」
「凄い、です……」
「ああ……」
追い剥ぎに遭遇することもなく宿場町まで着き、一泊した後も順調に歩いて、翌日の昼過ぎにはバイオへと辿り着いた。そして、初めて見るバイオに、エーテルのみならずハイドラやオクサも気圧されていた。
「な? 俺も初めて見たときはそうなったが、やっぱり驚くよな」
ただ一人、グラだけは、彼女たちをそんな風に笑って眺めていた。……エーテルたちが驚くのも無理はない。バイオを囲う塀は、他の町とは明らかに作りが違うのだ。王城の城壁より高いであろうその塀は、下部には有刺鉄線が張り巡らされ、中ほどには見張り窓や大砲が取り付けられており、上部には更に有刺鉄線が張られていた。この過剰なまでの防衛姿勢は、この町が一つの要塞であることを意味していた。
「王城より警備が厳重って……この国、何か間違ってない?」
「確かに、ここは防衛の要ですから、強固な守りが必要なのでしょうけれど……」
「にしたって限度ってもんがあんだろ……」
その後も彼女たちは圧倒されていたが、やがて立ち直ると、全員で入り口にある検問所へと向かう。
「でも、こんだけごついんだし、警備も厳重よね」
「まあな。とはいえ、別に出入りが制限されてるわけでもない。堂々としていれば大丈夫だろう」
一度は(不法侵入ではあるが)入ったことがあるからなのか、グラは気軽そうだった。今回は(偽造とはいえ)ちゃんとしたギアがあるので、その点も大きい。
「ん? 君たち、旅行者か?」
やがて門が近づいてくると、警備の兵士に呼び止められた。
「ああ」
「では、こちらに来てもらおうか。入場の手続きを行う」
そうして彼らは、門の中に連れられ、それぞれ別室に通された。ここで個別に審査を行うのだ。
「それではまず、ギアを提示してもらおうか」
兵士に言われて、グラはギアを取り出した。今までにも、町に出入りするときにはこれを見せている。
「ふむ……確かに」
そして兵士はギアを確かめると、それをグラに返却した。……実際にはエーテルが偽造したものなのだが、それが見抜かれたことなど一度もない。それほどまでに、このギアは精巧だった。
「それでは、バイオに来た理由は?」
「友人に会いに」
「名前は?」
「武器商人のアセターだ」
来訪の理由を問われて、グラはそう返した。……アセターというのが、妹の捜索を依頼している人物のようだな。
「なるほど。……今から照会する。少々待っていろ」
そう言って、兵士は退室した。……因みに、エーテルたちにもそう言うように伝えてある。口裏合わせは完璧だ。
「……ふぅ。何度やっても慣れないな」
兵士がいなくなって、グラは思わず溜息を漏らした。魔神というアウトローの存在である彼には、この検問ですら相当なプレッシャーなのだ。
「……待たせたな」
程なくして、兵士が戻ってきた。
「照会が済んだ。お仲間のほうもすぐに終わるだろう。外で待っているといい」
「ああ」
手続きもあっさりと終わり、グラは安堵しながら部屋を出た。関所の出口まで来ると、そこには一人の少女がいた。
「グラ様……?」
「ハイドラが一番乗りか」
そこにいたのはハイドラだった。彼女が一番早く終わったようだ。
「はい。ギアの登録名が未だにエタール姓だったのが功を奏しました」
「貴族の名前があると審査が早くていいよな」
ハイドラの場合、勘当された身とはいえ、ギアの登録は貴族扱いのままだ。勘当されてすぐに旅に出たので、更新がされていないのだった。そのお陰で、警備が厳重なバイオでも手続きが早く終わったのだろう。
「ですが、その分、厄介なことも多いです。貴族が何故旅をしているのか、しつこく聞かれることも多いですから」
「なるほどな。貴族扱いも一長一短ってわけか」
けれども、ハイドラは辟易したようにそう言った。……恐らくは、今回も色々と聞かれたのだろう。グラも同情しているようだった。
「はい。そういう意味では、今の身分は複雑です。……またセルロに戻ることがあれば、ギアの登録名を変更しなければなりませんね」
「ハイドラ……」
なんでもない風に言うハイドラだったが、彼女の瞳に郷愁の念が映ったのを、グラは見逃さなかった。……今の生活も気に入っているようだが、未だにセルロでの暮らしに未練があるのだろうか。
「大丈夫です、グラ様。セルロでの暮らしは懐かしいですが、もう戻りたいとは思っていませんから」
「そうか」
彼の視線に気づいたのか、ハイドラはそう言って微笑んだ。強がっている様子もなく、グラは安堵する。
「待たせたな」
「私たちが最後だったみたいね」
やがて、エーテルとオクサもやって来た。彼女たちも手続きが済んだようだな。
「揃ったな。よし、行くか」
「ええ」
「はい」
「ああ」
そうして、彼らはバイオの町へと入るのだった。




