お城の地下って大体こんな用途という偏見
「……声?」
エーテルは、城の地下で声を聞いた。それは悲鳴で、しかも女性のものだった。……いよいよ、エーテルの予想通りになってきた。
「嫌……! 止めて……!」
「あ、これ、急がないとやばい系?」
甲高い悲鳴は何かを拒絶するようで、エーテルは慌てて奥へと走った。彼女の勘が、まさにその寸前だと告げているのだ。
「嫌ぁ……!」
「騒ぐな。今更どうなるってわけじゃねぇんだ」
「そうそう。「当たり」ならそれで人生終了。「外れ」でも、適当なところに売り飛ばされるだけだ。どの道、真っ当な人生なんて残されてねぇんだよ」
エーテルが駆けつけると、蝋燭の光に照らされて、女性が男たちに囲まれているのが見えた。女性は全裸で縮こまっていて、六人の男たちに、今にも襲われそうである。いや、現在進行形で襲われているのだ。男たちに組み敷かれ、最早抵抗も意味を成していない。
「……ったく、男って、ほんとに自分勝手」
「ぐはっ……!」
その光景を目にして、エーテルは怒りと共に、男の頭を工具で殴りつけた。……どうやら、侵入の際に持ってきたようだな。
「女は、あんたらの、おもちゃじゃないっての……!」
「がはっ……!」
その怒りの根本にあるのは、彼女の流儀だ。女の貞操には価値があり、男はそれなりの対価を支払わなければならない。それもなく無理矢理行為に及ぶなど、エーテルが嫌いな物扱いでしかないのだ。
「……まあ、この場合は殴っても合法だし、ストレス解消ストレス解消」
「ぶっ……!」
「ぐふっ……!」
しかし、怒りに身を任せるのではなく、あくまで冷静に、その怒りを発散していく。頭を殴打された男たちが次々と倒れていき、あっという間に全員気絶してしまった。
「ふぅ……もう大丈夫よ」
一仕事終えて、エーテルは襲われていた女性にそう言った。……が、女性は怯えるだけで、エーテルの言葉が聞こえていない様子だった。
「……あ。隠形使ってるから分からないのか」
その理由は簡単。エーテルが使う隠形は、使用者の姿や気配を隠す。当然彼女の言葉は聞こえていないし、女性には男たちが突然気絶したようにしか見えていないだろう。
「隠形解除、っと」
「ひぃっ……!」
エーテルが隠形を解くと、女性が悲鳴を上げた。彼女からすれば、何もないところからエーテルが現れたように見えたのだから、当然の反応だろう。
「ごめんごめん、驚かせちゃった? ちょっと胸糞悪かったから、ついつい助けちゃった」
「あ、ありがとう……」
そんな女性を落ち着かせるために、エーテルは微笑みながらそう言った。そんな彼女に絆されたのか、女性のほうも警戒を解く。
「それにしても、災難だったわね。そんな格好にされて……服、着たら?」
「で、でも、服を破かれて……」
女性を見てそう促すエーテルだったが、女性は部屋の隅を指差しながらそう答えた。そこには、女性が元々身に着けていたと思われる衣服が散乱していた。シャツはボタンが引き千切られているし、スカートも破れているから、もうまともに着れないだろう。
「あー……じゃあ、私の服を貸すわね」
すると、エーテルは何の躊躇もなく脱いだ。自分の上着を脱いで、女性に着せてやる。少々丈が足らないが、全裸よりはずっとマシだろう。
「はい、これで大丈夫よね」
「だ、だけど、あなたが……」
「あーうん、大丈夫よ」
服を貸して、上半身が下着姿になったエーテルは、破かれたシャツを拾い上げた。もうまともに着れないそれに袖を通すと、裾のところを結んで、強引に服の体裁を整える。下着が隠れきっていないが、何もないよりはマシと割り切れるのがエーテルだった。
「さてと……ここ、出口とかないのかしら? お城の中に出てもややこしくなるだけだろうし」
「えっと、この人たちは向こうから来てたけど……」
女性を脱出させようと思案するエーテルに、女性はそう言った。彼女が指差している方向は、エーテルが入ってきたのとは逆だ。男たちは、そちらから入っていたようだ。
「じゃあ、ちょっと行ってみよっか」
「は、はい……」
エーテルは女性を連れて、そちらのほうまで歩いていく。幸いにもここら辺は蝋燭が照らしているし、他には誰もいないようで、進むのは容易だった。
「そ、そういえば、あなたはどうしてこんなところに……?」
「んー? まあ、色々と事情があるのよ。そっちこそ、どうしてこんなところに?」
「え、えっと……突然、王様の側室になれってお城まで連れて来られたんだけど、お城に来たらこんなところに入れられて、暫くしたらあの人たちが……」
「あー……それは災難だったわね」
女性から聞いた話に、エーテルは彼女に同情を禁じえなかった。……地下へ入ったときにエーテルが想像していた通り、ここは女性を陵辱する場所だったようだ。王が何故そんなことをさせているのかは分からないが、ろくな理由ではないだろう。
「まあ、こんな狂った王政も、そんなに長くは持たないわよ」
「そう、かな……?」
「保障するわ。とりあえず、あなたをここから出して、家に帰してあげないとね。……あ」
話しているうちに、彼女たちは何かを見つけた。壁に掛かった鉄の梯子で、その上は吹き抜けになっている。どうやら、地上に繋がっているようだ。
「ここを登れば出られるかもしれないわね」
「ほ、本当に……?」
「多分。位置的に、お城の外かもしれないけど」
言いながら、エーテルは梯子に手を掛けた。そしてそのまま、梯子を上っていく。女性もその後に続いた。
「大丈夫? この距離登るのは結構きつそうだけど」
「へ、平気……あなたこそ、大丈夫なの?」
「これくらい、鍛えてるし」
何で鍛えてるのかは言えないけど、という言葉は飲み込んで、エーテルは上を目指す。途中、蝋燭の光が届かなくなってきたので、発光の魔法で視界を確保した。
「止まって。……どうにか、辿り着いたみたいね」
そして、最上部までやって来た。天井は鉄の板で塞がれているが、最近動かしたのか、隙間が出来ていて、どかすのは簡単だろう。男たちはここから入ってきたのだと思われる。
「うんしょ、っと……開いたわ。出るわよ」
「う、うん……」
蓋を押し退けて、二人は地上に出る。……そこは、町の裏通りだった。どうやら、城と地下で繋がっているらしい。秘密の地下通路といったところか。
「さ、行って。城の外まで出たんだし、自分の家まで帰れるでしょ? 巡回の兵士に見つからないようにね」
「あなたは……?」
「私は戻らないと。まだまだやることがあるし」
そう言って、エーテルは再び地下に潜った。……これで大分時間を使った。グラを探すなら、急いだほうがいいだろう。




