表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ワールドエンド・レメゲトン  作者: 五十鈴 りく


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

42/45

*41

 リュディガーは、フルーエティや三将たちと共にファールン公国の城館へ戻った。

 こざっぱりと片づいた当主の部屋にて、氷漬けで横たわる父に語りかける。


「父様、苦しいですか? 父様をこのような目に遭わせてしまい、本当に申し訳ありません。けれど、今しばらくお待ちください。災厄がやってくるのです……」


 ルイーズの母に酷似した容姿は、父にとっても悪夢でしかない。このまま眠っていてもらった方がいくらかマシなような気がした。

 ベッドに腰かけ、父のそばに在る、そんなリュディガーをフルーエティたちは少し離れて見守った。

 リュディガーはそこで天井を仰ぐ。美しい蔦模様を意味もなく視線でなぞった。


「父様――私はこの城で産まれ、優しい人々に(はぐく)まれ、あの時までは本当に幸せに過ごしました。この場所で最期を迎えるのだとしたら、それは私にとってそう不幸なことではないのかもしれません」


 ルイーズは、そんなぬくもりを何ひとつ知らないままに育った。リュディガーに憐れまれたくなどないだろうけれど、ルイーズの歪みは当人のせいばかりとも言えない。

 同じ腹から生まれたリュディガーには、その憂さを受け止める覚悟が必要なのだろうか。


「……一番受け止めねばならぬのは『あの女』だろうに。メルクーアから引きずり出し、戦火の只中に置き去りにでもしてやればいいものを」


 そういうことを言うとリュディガーが嫌がるとわかっていても、フルーエティは口に出さずにいられなかったのかもしれない。

 リュディガーはそれに答えるでもなく苦笑して、三将の名を呼んだ。


「リゴール、ピュルサー、マルティ」

「はい」


 皆がそれぞれに姿勢を正し、返事をする。

 彼らにもよくしてもらった。そう思うから、リュディガーは言葉をかけたかった。


「三人にはとても世話になったね。魔界に来てすぐの頃、フルーエティはにこりともしてくれなかったから、三人が気さくに話しかけてくれて、私はすごく嬉しかったんだよ」


 すると三人は顔を見合わせた。

 フルーエティはバツが悪そうである。それが少し可笑しかった。


「リュディガー様はフルーエティ様がお選びになった(あるじ)です。我らが尊ぶのは当然のこと」


 リゴールが委縮しながらそう言ってくれた。


「そうか。私を選んでくれたフルーエティの気まぐれに感謝しないとな。フルーエティが選んでくれたからこそ、私は救われたんだ」

「……お前は、救われたと思うのか」


 フルーエティがそう訊ねるのは、今の現状があるからだろう。この現状をどうにもできない自分に苛立ったような声だった。

 今になってフルーエティとこんな会話をしていることがくすぐったくなる。リュディガーは穏やかに微笑んだ。


「もちろんだ。お前がいなければ、私はこうして父と再会することも叶わなかったし、ティルデと出会うこともなかったんだから」


 フルーエティは何かを言おうとして止めたような形で唇を引き結んだ。


「そう遠くないうちに、この城にも敵兵が来るだろう。その前に市街が蹂躙される。お前はどこで戦うつもりだ?」

「まず一番最初に攻め入ってくるのはどこの国だろう?」

「メルクーアとナハト公国の両方からだな。ただ、ナハト公国の兵力は激減している。他の公国の兵を集めつつ、支度が整えば一気に畳みかけてくるだろう」

「それならここから動くことはできないね」


 この城館を落とされてしまえば終わりだ。父のためにここにいるべきだろう。


「そうなるな」


 フルーエティはうなずいた。

 領地の町のすべては救えない。一箇所を救いに走ったところで別のどこかが潰される。


「ルイーズはどのルートで来るだろう?」


 せめてそれがわかれば、少しでも多くの民衆をこの城壁の中へ逃れさせることができる。ルイーズがいなければ、三将たちなら軍を相手取って戦えるかもしれない。


「あいつのことは読めん」


 フルーエティはかぶりを振った。

 足掻いても足掻いても、結局のところは何ひとつ変わらない。

 大事なものを護れる自分に、リュディガーはついぞなれなかったのか――。


「リュディガー様」


 足元にピュルサーがひざまずく。


「敵わぬ敵との戦だとしても、私は敵の手があなたに迫る時を少しでも遅らせてみせます」

「僕も、これほどの高揚感を味わえる戦はそうそうないですから。命を燃やし尽くしても悔いはないですよ」


 マルティも笑っていた。強がりではなく、それは本心なのだろう。


「私も同じ気持ちです」


 言葉少なにリゴールも告げた。


「ありがとう」


 静かに答えたリュディガーは、嬉しさと同じほどの悲しみを感じた。

 彼らには生きてほしいと。

 けれどそれを口にしては、彼らの誇りに傷をつけるようで言えなかった。



 

 その晩、夢を見た。

 繰り返し見ている夢だ。


 幼いあの日、フルーエティが見せた幻。

 忠実な青年軍人がリュディガーのために戦死するその光景。

 そんな未来は嫌だと、それを回避するべくフルーエティの手を取った。


 けれど現実は。

 その時を僅かに遅らせただけではないだろうか。


 馬上で槍に貫かれ、鞍から滑り落ちる青年。

 手を伸ばしたところでリュディガーが支えきれるはずもない。

 彼の体が落ちてくる。それを下から見上げるリュディガーは、あの頃のように幼い子供であった。降った骸がのしかかり、リュディガーの意識は暗転した。




 ――そうして、悪夢は形を変えてやって来る。


 今にして思えば、あれは現実ではない。フルーエティが見通すのはいつも()()である。

 契約の決断を促すため、こうした未来が来る可能性がある、とリュディガーに見せた幻でしかないのだ。


 悪夢はリュディガーが目覚めることを許さず、両の(かいな)に抱くようにして絡め取る。逃れることもできぬまま、リュディガーは夢に沈んだ。



 視覚的にも寒さを感じさせる鉛色の曇天の下。

 抵抗らしい抵抗もできぬまま、ただ骸だけが積み重なる。腕や首が離れた場所に散乱し、破れた臓物が汁を垂らす。放り出された骸には剣も鎧も必要ないとばかりに敵兵に奪われた。

 鴉の群れは死肉が腐るのを待たず飛び交い始める。制圧された砦の門前で、その凄惨な光景は繰り広げられた。


 目を覆いたくなる戦の跡に、穢れのない皇王が重厚な外衣を羽織って佇んでいる。白銀に輝く鎧も完璧に磨き上げられ、一点の曇りもない。


「――宗主国が何故、我が公国を滅ぼすと仰るのです」


 砂塵舞う中、縄目に遭いながらも毅然とした様子で顔を上げた青年軍人。身体のあちこちに傷を負い、それでも眼前の威厳ある皇王に怯む様子を見せなかった。

 本来ならば神にも等しい皇王は、彼が直視できるような存在ではない。けれど、このように理不尽な状況において崇敬の念は湧かぬものと見えた。

 その背に、将校らしき男の手でハルバードの柄頭が強かに打ちつけられる。


「この悪魔兵めが! 誰が陛下の御前で発言を許したか!!」


 骨が砕けるほどの衝撃に、青年軍人ハークはくぐもった呻きを漏らした。それでも醜態をさらさずに耐える。彼は誇り高き武人である。

 冷ややかな侮蔑を込めてハークを見下ろす皇王の傍らに、美々しい少女が近づいた。足音もなく、滑るような足取りでやってくる。


 その少女の中にとある貴人の(おもかげ)を見たのか、ハークはハッと息を飲んだ。

 けれどその様子は、少女の美しさに魅入られたようでもあった。皇王は不愉快そうに眉を動かした。それを感じつつも少女は見て見ぬ振りをする。


「あなたから感じ取れるわ。あの子との繋がりを」


 どこか媚を含んだ声。けれど、ハークは表情を険しくした。

 そんな彼に少女ルイーズは歩み寄る。その指がハークの鼻先に伸びた。


「あの子、とは……?」

「私の大事な大事なあの子よ」


 うっとりと微笑むルイーズに、ハークは白い吐息と共にかすれた声を漏らした。


「……ルーツィ、エ様?」


 あまりに酷似した美しき微笑。

 けれどその名は、口にしてはならぬものであった。

 美しい(かんばせ)の目はカッと見開かれ、憤怒の形相にハークが驚いたのも束の間である。

 耳鳴りのような音がしたのも刹那のこと。

 逞しい首が胴と離れた。体から噴射する血潮は、まるで彼女を穢すことを恐れて避けたかのようだった。コロリと地に落ちた彼の首は驚きのままに固まっている。


 ルイーズは繊手を振るっただけである。すでに人とは思えぬ力を見せつけていても、兵たちが騒ぐことはない。熱に浮かされた目をしてそこにいる。


「あら、私をあんな女と間違えるから悪いのよ。まあいいわ。あの子にいいお土産ができたみたい」


 フフ、と笑ってルイーズはハークの首を胸に抱く。その首から滴る紅は、ルイーズをいっそう美しく彩る。


「あなたの主君、ファールン公の首も一緒に並べてあげるわ。父親が首だけになったら、あの子はどうするかしら。それでも愛せるのかしら?」


 夢と呼ぶにはあまりに生々しい光景であった。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ