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ワールドエンド・レメゲトン  作者: 五十鈴 りく


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33/45

*32

 一度フルーエティの屋敷へと戻った。返り血など浴びてもいないけれど、まとわりつくようなアケローン川の空気を洗い流したくなった。

 時間をかけて湯浴みをしてから、リュディガーは濡れ髪のままフルーエティの前に立った。リュディガーが席を外した隙に、その身起こった出来事をマルティとリゴールに語っていたのだろう。神妙な表情の二人がそばに控えている。

 ソファーから見上げてくる、フルーエティの紫色の瞳にリュディガーは言う。


「父様のことが気がかりだ。ピュルサーたちを残したままだけれど、肝心の父様があの状態では指揮ができない。朝になって父様が姿を現さなければ、臣たちが不審に思うだろう」

「あの氷を溶かせば済むが、その後、お前の父は二度と悪魔の力など借りぬだろうし、またお前の命を奪おうとするだろう。もう少し状況が落ち着くまではあのままの方がいい。それでも、家臣たちを黙らせる方法はなくもないからな」


 フルーエティがそう言うのならばあるのだろう。父には申し訳ないけれど、もう大丈夫だと思えるのその時まで、あの状態でいてもらうよりない。

 苦しくはないだろうかと心配になっても、これもファールン公国を平和な地とするために必要なことなのだ。

 リュディガーは小さく嘆息した。


「そうか、わかった。……それで、ティルデを殺したヤツのところへ行こうと言いたいところなんだが」


 そのひと言に、フルーエティはかすかに身じろぎした。そんな彼にリュディガーはにこりと笑った。


「その前にやることを思いついたんだ」


 隠す気などないのに、そうした時に限ってフルーエティはリュディガーの心を読まない。言葉で訊ねてくるのだ。


「それはなんだ?」

「……マルティ」

「は、はい?」


 突然呼ばれたマルティは焦っていた。クスクスと笑いながらリュディガーは言う。


「前に君は、私には魔法の才があるのではないかと言ったね。自分が指南するとも。それを頼めるかな?」

「へ? あ、はい。僕は構いませんが……」


 ちらりとマルティはフルーエティを見遣る。けれど、フルーエティから言えることなどなかったのかもしれない。


「よろしく頼むよ」


 リュディガーが微笑むと、マルティとリゴールは一度だけ顔を見合わせた。

 避けていたはずの魔法にあえて手を染めるのは、覚悟の表れである。打てる手はすべて打つ。有効な手段ならばどんなものでも使えばいい。今はそう思うだけだ。

 そして――。


「楽に殺してなんてやらないんだ。ティルデが感じた以上の恐怖を与えてやらなければな」


 薄暗い声だと、自分でも感じた。けれど、それが紛れもない本心だった。

 微かなその声をフルーエティは拾い取って、それでも無言を貫いた。




 人間には魔を伏する力を持つ者がいる。それは生まれ持った力と後天的に手に入れた知識によるという。

 リュディガーは知識なくしてフルーエティのあるじになったが、それは悪魔自身が望んだ異例のことである。


 本来は手順を踏み、悪魔を呼び出し、縛りつけて服従させるのだ。そうして、その力を使役する。この術を喚起魔法と呼ぶ。

 この応用で、元素の精霊の力を借り、炎や水を操ることができるのだそうだ。

 マルティは屋敷の外の崖の上でリュディガーにそう説明してくれた。


「リュディガー様はフルーエティ様の主であらせられます。今さら低級精霊との契約など不要でしょう。ただ、命じて操ることを思い描かれてください。そうですね、まずは炎から試しましょう」


 意識を集中するリュディガーに、マルティの声が浸透する。


()()のではありません。服従させるおつもりでかかってください。呼ばれた精霊たちはフルーエティ様との契約の絆を感じ取り、リュディガー様にひれ伏すことでしょう」


 リュディガーはフルーエティやマルティが炎を操る様を思い浮かべ、そうして自分がそれを行うことをイメージした。


 我が力となれ、と。

 この心を読むといい。


 愛する者を失った悲しみを。

 救えなかった悔恨を。

 奪った者への憎しみを。


 この心は力を欲している。

 制裁する力を――。


 ゴウ、と炎がリュディガーの感情に呼応する。激情が炎を保つ燃料であるかのように燃え盛る。


「そうです、さすがですね!」


 と、マルティはにこやかに軽い拍手を送る。

 リュディガー自身の手の平に炎があるというのに、まるで熱いとは思わない。リュディガーは拳を握り締め、腕を横に振るってみせた。炎は帯状に揺れ、リュディガーの拳に従う。


「ありがとう、マルティ。まだまだ練習が必要だろうけれど」


 リュディガーも穏やかに笑って返した。フッと手の炎を消し去る。


「ただ、ここは魔界ですから、地上では精霊の気も薄いので、ここで扱うほどの力は出し難いのですが。まあ、フルーエティ様のような上級悪魔がおそばにおいでですから、まったく無の状態とは違いますが」

「そうなのか?」

「ええ。でも、戦地などでは松明(たいまつ)篝火(かがりび)など、火には事欠きませんから、炎ならば十分にお力を発揮できるのではないかと思います」


 糧秣を奪うために襲った駐屯地で、マルティは存分に魔法を使っていたことを思い出した。


「なるほどね」


 マルティははい、とうなずく。


「でも、僕では炎や熱しか従えられませんので、それ以外をと思われるのならフルーエティ様に――」

「いいや、十分だよ」


 リュディガーははっきりとそう言った。

 炎が扱えれば十分だ。

 炎はすべてを焼いてくれる。跡形もなく、憎い相手を。

 生きた痕跡を何も残さずに焼き尽くしてやろう。



 そうして、リュディガーはマルティほどとは言えないけれど、炎を操ることを覚えた。剣の稽古と同等、それ以上に魔法の訓練もした。

 動けば体力を消耗するように、魔法を使えば精気が磨り減る感覚がした。一度、無理をしすぎて立てないほどになった。食べ物も受けつけず、まるで病人のように床に伏した。


 そんなこともあって、加減を覚えた。便利なようだが、使いすぎは術者の負担になるのだ。

 今の自分は、魔法使い(ソーサラー)と呼ばれる者に属するのかもしれない。けれど、フルーエティと契約を交わした時点でそのようなものであったのだ。それを、愚かな意地で否定していただけだ。

 もっと早くに覚えておけばよかったのに。



 ヒュウヒュウと風が鳴る。

 リュディガーは崖の際に立ち、魔界の風景を見下ろしていた。

 風が、リュディガーの心を後押ししてくれる。

 曖昧な色の空を見上げ、リュディガーは後ろに控える悪魔たちに告げた。


「さあ、そろそろ地上へ行こうか」


 そうして、ゆっくりと振り返る。

 風に乱された髪の下から覗く瞳の光に、悪魔たちは息を飲んだ。


「彼女を殺した者に鉄槌を下さなければ」


 リュディガーの中で、時が経てば経つほどに憎しみは増幅された。

 ティルデを殺し、逃げたからこそ、より惨い死が与えられるのだ。その場にいたのなら、もっと楽に死ねただろうに。


 フルーエティはリュディガーの中に渦巻く憎悪をどう感じているのだろう。

 少なくとも、止めるつもりはないようだ。好きにすればいいと思うのだろうか。

 フルーエティにとって、ティルデを殺した人間の一人二人でリュディガーの気が晴れるのならそれでよいのだろう。

 

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