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ワールドエンド・レメゲトン  作者: 五十鈴 りく


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32/45

*31

 休息を取った後、リュディガーはアケローン川へ向かうとフルーエティに告げた。

 フルーエティもリュディガーが今にそれを言い出すだろうと察していたらしく、屋敷の外に飛竜ライムントを従えたリゴールを待たせていた。


「リュディガー様、例の男はマルティが押えております」


 恭しく(こうべ)を垂れたリゴールに、リュディガーはうなずいた。


「そうか、ありがとう。では、そこまで連れていってくれ」

「はっ」


 返事をし、頭を上げたリゴールは、僅かに怪訝そうな顔をした。


「どうした?」

「い、いえ」


 かぶりを振り、リゴールはチラリとフルーエティを見た。フルーエティは無言のままだった。

 リゴールはライムントの背にリュディガーを乗せ、いつかのように飛び立った。風を受けながら、リュディガーもフルーエティのように自力で飛べたらいいと思った。



 アケローン川。そのほとりから罪人が消えることはない。

 それどころか、戦争のせいで罪人は溢れ返っている。圧倒的に男性が多いのがその証ではないだろうか。

 ライムントの黒い体が暗雲のように空を行き、旋回しながら川原に降り立つ。マルティの鮮烈な赤い髪は、色彩が乏しい川原でひと際目立って見えた。


「リュディガー様! フルーエティ様!」


 マルティは楽しげに大きく手を振る。ライムントの背から降りたリュディガーは、すぐさま彼に駆け寄った。マルティの足元には虚ろな罪人が一人いる。


「ちゃんと捕らえましたよー」

「ああ、ありがとう」


 と、リュディガーはマルティに笑顔を向ける。そうして、その罪人の前に立った。虚ろな瞳でリュディガーを見上げる男は、表情に覇気はなくともあの指揮官と顔立ちは同じだった。


「お前はナハト公国の武人でファールン公国へ攻め入った。覚えているな?」


 はっきりとした声でリュディガーが問うと、男はかぶりを振った。


「私は死んだ。生前のことなど、もう関わりがない。勘弁してくれ――」


 雄々しい軍人の面影もなく、倦み疲れたただの男。

 けれど、憐れになど思うはずもない。


「随分と都合のいいことを言うんだな」


 冷え冷えとした笑いが込み上げた。

 今から彼には、生前に犯した罪の清算が待っている。それは逃れられるものではない。


 リュディガーはなんの躊躇いもなく剣を引き抜いた。ヒュン、と軽く振るって男の喉元へ突きつける。そんな様子を、マルティはきょとんと見守っていた。

 罪人を管理する悪魔たちも少しざわついたけれど、リュディガーの背後にいるフルーエティが目で黙らせたようだった。


「さあ、今から私が訊ねることに答えてもらおう」

「……私は死人だ。このような脅しに意味はない」


 濁った目を向け、男はリュディガーの剣先を手の甲で払った。その瞬間に、リュディガーの中で(たが)が外れた。

 素早く剣を切り返し、耳朶の下へ滑り込ませるとそのまま剣を振り上げた。無機質な、まるで作り物のような耳が飛ぶ。それがポタリと砂利の上に落ちても、血は一滴も流れない。

 ただ、痛みは伴うのだから可笑しいと、苦悶する男を前にリュディガーは薄く笑った。


「もはや人ではないというのに痛みを感じるとは、いつまで生きているつもりでいるんだ?」


 そうして、もう片方の耳も撥ね飛ばす。


「さあ、次は指か? 鼻か? それ以上人からかけ離れた姿になりたくなければ素直に話すことだ」


 剣を光らせて言い放ったリュディガーに、マルティは不思議そうに首をかしげ続ける。そうして、背後のフルーエティに問うような目をした。けれど、リュディガーは今、この男を問い詰めることしか頭になかった。


「お前が属したナハト公国はファールン公国を攻めた。悪魔の国とは何をもってそう言うのだ? ことの発端はなんなのか、指揮官であったお前が知らぬはずはないだろう」


 リュディガーの剣先が男の鼻に迫ると、男は虚ろな目の嵌った顔を恐怖で歪ませ、嗄れた喉をヒュウヒュウと鳴らしながら言葉らしきものを紡いだ。


「そ、宗主国からの勅命ゆえに……っ」

「宗主国がなんだと?」

「彼の国には悪魔が棲まう、と」


 神にも等しい宗主国の皇王の言葉は絶対である。この男もナハト公も疑うことをしなかったのだろう。


「た、大陸に芽吹く悪の芽を摘み取るのだとお命じに――」


 そのような神託でも降ったというのだろうか。

 リュディガーはギリ、と奥歯を噛み締めた。言いようのない悔しさが口の中に広がる。


「それならば何故、メルクーア公国も同時にファールン公国へ攻め入らなかった? 何故ナハト公国だけに進撃を命じたのか、それでは意味がわからない」


 両国で挟み撃てばもっと呆気なく戦は終わりを迎えたのではないだろうか。ナハト公国にはその他の公国の援護があるふうではなかった。

 ナハト公国だけに攻めさせた意味がどこかにあるはずなのだ。

 男は、何故、と鸚鵡(おうむ)返しにつぶやいた。その様子はまるで廃人のようだった。両耳のない姿に、リュディガーは嫌悪感しか覚えない。


「命じられれば従う。お前たちはただの道具だな。……悪魔がどうしたというのだ。戦を起こし、人死にを出したお前たちは悪ではないというつもりか? 恥を知れ」


 罪を犯したからこそ、この地(アケローン川)にいるのだ。正義のために戦ったというのなら、それに殉じればいい。永久に罪を抱えて苦しみ続ければいい。


 リュディガーの剣が男の肩をえぐる。それはほとんど衝動的な動きだった。

 痛みに叫ぶ男の肩にねじ込んだ剣を貫通させると、リュディガーは鎖骨に靴底を当てて男を蹴り倒した。肩から抜けた剣を今度はどこに刺してやろうか、どこを切り取ってやろうか、そんなことを思った。

 剣を振りかぶった時、リュディガーの腕をフルーエティが止めた。


「その男はそれ以上何も知らぬのだろう。そろそろ行くぞ」


 リュディガーはキッとフルーエティを睨む。けれど、フルーエティの力は強く、リュディガーが振り払えるものではなかった。


「どこへ行くんだ? 私はまだこの男に用がある」


 すると、フルーエティは嘆息した。表情から感情が読み取れないのはいつものことだ。


「あの娘を殺した相手のことはいいのか?」


 そのひと言に、リュディガーは息を呑んだ。頭に上っていた血が静かに流れていく。リュディガーは大人しく剣を下げた。


「ああ、そうだった。こんな男に構っている場合じゃなかったね。ありがとう、エティ」


 微笑むと、フルーエティのさらに後ろに控えたリゴールがうつむいていた。

 マルティは管理者の悪魔にひと言ふた言告げると、男を託した。リュディガーの関心は最早あの男にはない。


「では、戻ろう」


 リュディガーが言うと、いつもは陽気なマルティが少しだけ困ったような顔をした。


「リュディガー様、何か心境の変化があったのですか?」

「どうしてそう思うんだい?」


 訊ね返すと、マルティは珍しく口ごもる。


「……いえ、余計なことを申しました。忘れてください」


 心境の変化――。

 すべての人間に優しくする必要などないのだと気づかされた。それは事実だ。


 ()()()には相応の、毅然とした態度で接するべきなのだ。甘く見られては、大切なものがすべて奪われてしまう。

 リュディガーに残されたものはそう多くもない。せめて祖国の地は護ろう。

 宗主国であろうと相手取って戦い抜いてみせるのだ。

 

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