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ワールドエンド・レメゲトン  作者: 五十鈴 りく


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*25

「自らの領地を取り戻すのに遠慮は要らぬ。皆、存分に戦い抜いてくれ」


 総大将である父の声に、ファールン兵は呼応する。その猛々しい声に市壁から弓兵がいっせいに顔を覗かせた。市壁に囲まれた公都は、護りに堅い場所なのだ。

 その公都が何故奪われたのかといえば、それは騙し討ちに遭ったからである。軍勢が公都を囲み、父が公都の外まで出向き交渉に応じるのならば、攻撃はしないと言い放っておきながら、騙した。


 戦において敵の言葉を信じるなど、愚かなことだとでも言うのか。

 けれど、あの時の父には攻め入られる理由も見当たらなかった。どこかで誤解が解けるはずだという考えがあったに違いない。

 公都に攻め入られた後、民衆に紛れてリュディガーと母が逃げきれたことは僥倖であった。その後に起こったことを思えば皮肉ではあるけれど。


 今にして思えば、母の動きは早かった。母は結局のところ、誰も信じていなかったのではないだろうか。夫も兵も、敵の言葉も。

 自分を護るのは、最後まで自分だけなのだと。

 母は、悲しい人なのかもしれない。




 ナハト軍は、市壁の外へ一兵も出さずに撃退する戦法を選んだようだ。仮にリュディガーであったとしてもそうしただろう。

 降り注ぐ矢を盾でもって打ち払う。神速のマルティは丸腰で矢の雨をかい潜り、門の下まで駆け抜けた。

 魔法を禁じている以上、炎で門を焼いたりはしないはずだ。しかし、マルティは戦地とは思えない上機嫌の笑顔である。


 ふと、手元に鉄の鉤爪を出現させると、それを使って市壁を単独で登り始めた。どれほど至近距離から矢を放ったところでマルティは素早く避ける。片手だけで市壁にぶら下がっていても怯えた様子はない。

 軽々と市壁の天辺に上り詰めると、そこから回し蹴りを放って数人の弓兵を市壁の外へ落とした。その末路を見届けることもなく、マルティは城壁の中へと消える。


「門が開く! 急げ!!」


 リュディガーの声に呼応し、兵士たちは市壁の切れ目に殺到した。ギチギチと門が開いていく音がして、その少しの隙間にピュルサーも飛び込んだ。

 騎兵が抜けられるほどに門が開ききるのを待てず、リュディガーもその隙間に身を滑り込ませた。気づけばフルーエティもそばにいる。

 出た先は短いトンネルになっていた。ここを抜けた先に城下町が広がる。


 トンネルの中にマルティはおらず、ピュルサーだけがナハト軍人を相手取って戦っていた。彼は本来自らの爪や牙で戦う。人が扱う鉄の武器は好まないのだ。

 鍛え抜かれた兵士を相手に丸腰で戦う少年がいるなど、彼らにとっては信じ難いものだっただろう。それでも、ピュルサーの膂力は並の少年とは桁違いである。

 殴られた兵士は折れた歯を撒き散らしてのた打ち回っていた。トンネルの薄暗さと音響がより不気味に感じられる。


「ピュルサー、マルティは?」


 リュディガーが訊ねると、ピュルサーは戦の最中とは思えぬ澄まし顔で口を開く。その金色の瞳は獣のようにうっすらと光った。


「門が締まらないように向こうで妨害しています」

「そうか、ありがとう」


 そうこうしているうちに門は大きく開き、軍馬に跨ったリゴールも駆けつけた。


「リゴール、道を開いてくれ」


 リュディガーがそう声をかけると、リゴールは喜々として答えた。


「お任せを!」


 馬の腹を蹴り手綱を捌く。リゴールは勇ましく槍を旋回させて馬を走らせる。父が行く道を、リゴールならば風通しのよいものにしてくれるだろう。


「私たちも行こう」


 リュディガーはフルーエティを振り返った。フルーエティは静かにうなずく。


 

 懐かしい城下。白く洗練された町並み。いつもは馬車の窓から眺めるだけの風景だった。

 徒歩で抜けたことは一度もなかったけれど、それでも地に足をつけているだけで占拠された町の悲惨さはすぐに感じた。

 民間人が見当たらないせいか活気はまるでなく、町もどこか薄汚れて見える。戦いの気とはそうしたものだ。


 そんな中、先を行くリゴールに破れた兵士の骸が点々と転がっていた。虚ろな目を開き、仰向けに倒れたまま果てた身体。苦しむこともなかっただろうが、彷徨う魂は自分が死したことを理解するまでに時を要するだろう。リゴールの手並みはそれほどに鮮やかだった。


 城へ続く大通りの坂を一気に駆ける。リュディガーたちを途中で騎兵が何騎も抜いて先へ行った。馬上の父も一度だけリュディガーを振り返りながら先を目指した。

 リュディガーがふと上った道を振り返ると、ファールン兵が城下町へと入り込み、敵の骸を市壁の外へと運び出していた。埋葬されることもない骸は鳥に啄ばまれるに任せるのだろう。

 戦いは、物悲しい。今、それを感じている場合ではないけれど。



 ひと際小高い場所に建つ白亜の城館。それこそがリュディガーが生まれ育った場所である。

 春の中庭には優しい花が咲き、夏には青々と繁る木々の間から木漏れ日が降り注ぐ。穏やかな日常のあった場所。

 それは侵略者に与えるにはあまりにも口惜しい、大切なものである。フルーエティたちの助力がある以上、奪還はすでに約束されたも同然であった。


 先に斬り込み道を開いてくれたリゴールが脇へ逸れる。リュディガーは感謝を込めてうなずいた。

 リュディガーは弾む息を整えながら、同じように城館を見上げる馬上の父に向けて言った。


「指揮官は生け捕りに致しましょう。聞きたいことがたくさんありますから」


 父も表情を引き締めてうなずく。


「ああ。まずは何故我が国に侵略したのか、それを訊かねばな」


 どんな手を使っても聞き出す。例え拷問だろうと手段を選ばず、必ずだとリュディガーは心に決めた。

 そうして、リュディガーたちは勝手知ったる自らの城館へと踏み入るのだった。思い出に浸るのはもう少し後のことでいい。


 ここまで辿り着いてしまえば、城館の中での抵抗などあまり意味もない。リュディガーは父と足並みをそろえて城館の中へ踏み入った。調度品や装飾は搾取されたのか殺風景なものであったけれど、そんなことはどうでもよかった。

 城内で迫りくる兵を剣でやり過ごす。リゴールに鍛えられたリュディガーの剣技は、軍人相手に十分通用するものになっている。


 父が家臣と共に階段を駆け上がった。手すりを越えてナハト軍人が数人落ちてくる。嫌な音を立て、首がおかしな方向へ曲がり、泡を噴いて果てた。

 リュディガーとフルーエティも父に続いた。


 廊下を急ぎ、父の書斎へと向かう。指揮官がいるとすればそこではないかとあたりをつけたのだろう。

 重厚な扉には鍵がかかっていなかった。最期を覚悟した指揮官が開けておいたのだろうか。

 バン、と大きな音を立てて扉は開く。父の家臣が開いた扉の中央に父は立つ。


 父の書斎の机の前に一人の壮年の武人がいた。黒いナハト軍の軍服にいくつかの勲章を光らせる。角ばった浅黒い顔、炯々と底光る眼が父を見据えた。


「フリードハイム卿……。あなた様は大人しく散るべきであった。あなた様はもはやこの大陸に巣食う害虫なのです」

「貴様!!」


 家臣の一人が憤怒の声を上げた。けれど、剣を握り締めながらも、それ以上踏み込むことをためらった。指揮官の男自身が短剣を喉にあてがったからである。


「……何故だ? 私がこの大陸の何を害したと?」


 父の声が少し震えた。その瞬間、指揮官の男はカッと目を見開いた。


「この――悪魔めが!!」


 ザシュ、と喉をかき切る音、血が噴射する音が自らの血潮のように生々しく聞こえる。

 藍色をした父の書斎は、彼の血の赤が染みて黒く染まっていく。指揮官の大きな体が倒れた時、ひと回りは縮んだように感じられた。


「あく、ま……」


 父は蒼白になってそうつぶやいた。

 リュディガーは、ナハト公国のラーゼンの町で得た情報を思い出していた。

 

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