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ワールドエンド・レメゲトン  作者: 五十鈴 りく


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25/45

*24

 その日は制圧したルイーネ砦で夜を明かす。

 敵兵の亡骸は指揮官の首級を残し、あとはフルーエティが焼き払った。砦の内部には血痕も血臭も染みついていたけれど、まだ寒さの厳しいこの季節、野宿をするよりははるかにマシである。


 兵士たちの宿舎や指揮官の私室では戦闘がなかったため、その辺りは幾分まともに過ごせる。この戦いで軍馬も数多く手に入れた。今後の進軍は以前より楽なものになるだろう。


 リュディガーはぼうっと砦の頂上で星を眺めていた。寒い外気が星を美しく輝かせる。無骨な要塞において美しいものなど他にはない。

 見上げた星のひとつひとつに、リュディガーは消えた命を重ねた。人死に心が慣れていく、そんな不安が胸のどこかにあったのだ。

 ほぅ、と息を吐くと、熱を持った息は白く残った。そんな後ろ姿に声がかかる。


「ルトガー殿」


 ハッとして振り返ると、そこには父がいた。側近も連れず、ただ一人で。

 武装を解き、くつろいだ軽装の父は、表情もどこか柔らかであった。

 黒い外衣を脱がぬリュディガーは闇に溶け込んでいただろうに、よく見つけられたものだと思う。


「どうされました? 戦いの後ですから、眠れませんか?」


 そっと気遣いつつ声をかけると、父は苦笑した。


「ここで辱めを受けていた側近の(しるし)を手厚く弔ってやりたいと思ったのだが、すでに見当たらなかった。獣に持ち去られたか、戦いのどさくさでナハト軍の遺骸に紛れたか……。最後まで情けない主君だな、私は」


 キルステンは父を裏切った逆臣だ。そんなことに父が心を痛める必要は微塵もないというのに。


「そんなことはございません! 貴方様は間違いなくご立派なお方です!」


 喉から声を絞り出す。残酷な真実は、この清廉な父には必要ない。キルステンの裏切りを告げるつもりはないが、心を痛めてほしくもなかった。


「このような戦いを回避できなかった私が立派であるはずもない。けれど、ルトガー殿にそう言ってもらえると心が軽くなるようだ。ありがとう」


 そう言って父は笑った。その笑顔はどこか痛々しい。

 この戦いは父が引き起こしたものではない。父は私利私欲なく宗主国に仕え、ファールン公国を穏やかに治めてきた。それを見ていたリュディガーは、父が自分の落ち度だと感じることが悔しかった。


 悪いのは父ではない。

 けれど、それをどう伝えればいいのかがわからなかった。言葉を探すリュディガーに、父はポツリと言った。


「少し、訊ねてもいいだろうか?」

「え?」

「君は――人間だな?」


 それを問う父の目は真剣そのものだった。


「フルーエティ殿のように不思議な力を使うでもない。だから、そうではないかと思ってな」


 リュディガーは躊躇いつつもうなずいた。


「ええ、私は人間です。私はフルーエティの(あるじ)となっただけのただの人間なのです」


 すると、父はほっと息をついた。


「そうか、やはり……。しかし、悪魔との契約は禁忌だ。君は声や仕草から察するに、まだ若い。助けてもらっておきながらこんなことを言うのもなんだが、その……何も禁忌に手を染めずともよかったのではないか?」


 その言葉に、リュディガーの方が苦笑した。


「私がフルーエティと契約したのは九つの時でした。そうせねば私は死んでいたでしょう。生きるか死ぬか、選択肢はそのふたつだったのです」


 九つ、と父はつぶやいた。


「私の息子と同じ年頃だ。その幼さでつらい決断を迫られたのだな。……わかった、もう何も訊かぬ。すまなかった」


 優しい父は、『ルトガー』の過去に思いを馳せ、その心を痛めた。それがリュディガーにも伝わるのだった。

 この時、決意した。

 公都を取り戻した暁にはこの外衣を取り払い、真実の名と姿で父と語ろう、と。




 ファールン公国公都『フォルト』。

 大陸の公都の多くは城郭である。全体を囲む市壁が町を護るのだ。だから、城館を目指すには城下町を通過せねばならない。なるべく町に被害を出さずに城を押えたいと考えるのは当然だった。


「なるべく市街戦は避けたいのだが、どうしたものか……」


 と、ルイーネ砦を抜けた先の公都へ向かう道で、馬上の父が言った。リュディガーは隣で別の馬に騎乗するフルーエティに首を向ける。寒さなど感じないのか、フルーエティたちはあまり厚着を好まない。季節感のない装いのままのフルーエティは短く嘆息した。


「直接城内に兵を送り込めば可能だが、それをすれば後で民衆への説明が厄介だろう」


 確かにその方法では後が面倒なことになる。民衆のことを考えて、悪魔兵も異形の者を避けたのだ。


「やはりここは市街で、家の外に出ないよう通告しながら行くしかないか」


 リュディガーがつぶやくと、父もうなずいた。


「そうだな、やはりそうすべきか」


 言葉は短いけれど、公都が近づくにつれ、父の感情も昂ってきていると感じた。自分の城に帰るのだ、それも当然のことだろう。


「ええ、公都の民も卿の帰還を信じ、耐えているはずです。公都解放は目前です。必ず成し遂げましょう」


 そう言葉をかけると、父は力強くもう一度うなずいてみせた。


「ようやくだ。ようやく……っ」


 手綱を握る拳に力がこもる。リュディガーも感慨深くそれを眺めた。公都の城はリュディガーにとっても生まれ育った我が家なのである。そこには美しい思い出が溢れているけれど、その思い出をくれた母はもう戻らない――。


 こうして語り合い、正体がわからないながらにも親しみを込めて接してくれる父。その父を支え、仕えている側近の兵たちは時折不安げにこちらに目を向けていた。

 助けられたという事実がある。悪魔たちの助力なくしてこの国を奪還することはできない。


 それがわかっていても、どうしても頭の中には悪魔を否定する思いもあるのだろう。禁忌は禁忌である、と父が深入りしすぎることを危険視する。

 そうした視線を感じると、父がそれだけ大切に思われているのだと実感した。彼らはこの先も父を守り立て、国を動かしていく。


 リュディガーはもう、父の息子として、公国の跡取りとしては生きられないかもしれない。フルーエティと契約し、魔界で過ごし、あまりにも正常とは呼べない道を進んでしまったから。


 それでも、父を救う道は他になかった。だから、後悔はない。

 すべてを告げたら、二度と父には会わずに去る。それからはひっそりと過ごせばいい。

 この国から戦がなくなり、ティルデと過ごせる場所ができたら、それがささやかな褒美だと思うから。


 公都までの道のりは二日。

 フルーエティの力を使えば、侵攻するまでの道のりを端折ることも可能だけれど、こうして真っ当に道を行くのは、少しでも長く父と時間を共有していたいとどこかで感じていたからだろうか。


 小高い丘陵、白い市壁に護られた公都。

 辿り着いた軍勢は、その市壁を見上げて懐かしさに胸を焦がすのだった。

 

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