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ワールドエンド・レメゲトン  作者: 五十鈴 りく


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24/45

*23

 戦いの火蓋は切って落とされた。

 ここへ来て部隊の陣形を組んではいない。悪魔兵が先に動くという取り決めをしただけだ。それで決着は着く。

 先のことを考え、ファールン兵の体力を消耗させずに突破したかった。


「フリードハイム卿は大事な御身、どうぞお下がりください」


 叫びと嘶き、剣戟の音が平野に響く中、リュディガーは父を気遣った。

 公爵でありつつ、自身も宗主国に認められた騎士として叙勲されている。父の武勇を疑うわけではない。けれど、血に酔った悪魔たちの戦いに巻き込まれてほしくないのだ。

 リュディガーは父の返事を待たずに馬上から降りた。手綱を握る父の表情が硬くなる。


「ルトガー殿……」

「私ならば大丈夫です」


 リュディガーは騎馬で戦うことに慣れていない。降りて戦った方がまだ動けた。


「エティ、この軍馬はリゴールに貸そう。ライムントほどの機動力はないけれど、リゴールなら乗りこなせるだろう?」


 手綱を握るフルーエティは苦笑した。


「わかった」


 フルーエティは思念でリゴールを呼び寄せ、軍馬を託す。リュディガーは、外衣の内側から剣を抜き払った。

 これは祖国を取り戻す戦いである。

 公子として、自らの責務としてこの戦地に立つ。冬の寒さの中、淡く降り注ぐ光を剣が照り返す。

 踏み躙られた枯れた草、土の匂い。風の音、叫喚の声。血が溢れ、戦旗がはためく。


 魔法を禁じられているマルティは、それでも常人離れした身の軽さで敵の攻撃をかわしていた。

 槍が宙を切り、騎馬兵は眼前にいたはずのマルティを見失っていた。マルティは瞬時に騎馬兵の後ろ――馬上の鞍の縁に片足で立ち、その騎馬兵が振り返った瞬間に蹴りを放つ。騎馬兵の首はあり得ない角度に曲がり、その体は鞍上から吹き飛んだ。


 少年兵に見えるピュルサーも、顔色ひとつ変えずに突進してきた騎兵を馬ごと素手で横転させた。ピュルサーの本性は獅子であり、その目だけで周りの馬を震え上がらせる。鍛え抜かれた軍馬であるはずが、騎手を振り落として逃げ去った。


 リゴールは、借り受けた軍馬を見事に操り、巧みな槍術で敵を薙ぎ払う。地上の武具など彼の槍と技にかかれば玩具のようなものであったのか、五合と渡り合える猛者はいなかった。

 三将の働きは大きく、他の悪魔はそのおこぼれに預かっている程度だ。リュディガーも剣を抜いてはみたものの、手持ち無沙汰である。背後に立ったフルーエティが言った。


「ここはあいつらに任せておけばいいだろう。砦を落とすぞ」

「あ、うん……」


 その声が聞こえたらしく、父もそばへやってきた。


「私も行こう」


 リュディガーは思わずフルーエティを見上げたけれど、フルーエティは真顔でうなずく。


「外も中も大差ない。大丈夫だ」


 フルーエティがそう言うならば――。

 リュディガーたちは外を悪魔兵に託し、ファールン兵とルイーネ砦の制圧に走った。

 外壁から矢が雨のように降り注ぐけれど、門まで一気に駆け抜ける。門に内側から掛けられていただろう(かんぬき)は、意味をなさなかった。フルーエティが拳を叩きつけた瞬間に、閂は不自然なほど真っ二つに折れたのだ。


「続け!!」


 開いた大門を、父が抜き身の剣を手に指し示す。その猛々しさにリュディガーは身震いした。

 砦の中へ騎乗したまま踏み入る父。側近たちもそれに続く。その時、砦の窓でキラリと光る何かにリュディガーは素早く反応した。


「と――っ」


 その光は、矢尻だった。窓から父に狙いを定める弓兵が潜んでいたのだ。その放たれた矢に、リュディガーは必死の思いで追いすがり、剣で叩き折った。カラン、と矢が石畳の上に落ちる。指先から心臓までが痺れるほどの安堵を味わった。


 はあはあと肩で息をしていると、どこからともなく弓を取り出して(つが)えたフルーエティが潜伏していた弓兵を射落とした。その矢は魔法の力を帯びていて、きっと外れることはない。

 心臓を射抜かれ、窓から転落した弓兵はそのまま動かなかった。二度と目覚めることはないだろう。


「ルトガー殿、フルーエティ殿、助かった。恩に着る」


 ほぅ、と息をつきながら礼を述べた父。手袋の甲で冷や汗を拭っている。

 リュディガーは、父を護れた自分を誇らしく思った。高揚する気分を落ち着けつつうなずく。


「いえ、ご無事で何よりです」

「では、指揮官を捕縛してしまわねばな。最上階だろう」

「はい、お供します」


 馬を乗り捨てて家臣に託すと、父はリュディガーたちと共に砦の内部へと到達した。鎧を鳴らし、剣の鞘が擦れる音が足音と交互にする。屋内戦は、小回りの利くリュディガーには有利であった。

 階段を一気に駆け上ると、通路にいた敵兵に旋風さながらに斬り込んだ。父が見ている、そう思うだけでリュディガーは臆病な自分を忘れて勇敢に振舞えた。


 いつもよりも深く相手の懐に踏み込み、敵兵の手から剣を払う。手元が狂って、剣を握る指を同時に切り落とした。

 相手はまだ若い青年兵である。自らの指を失った叫びの中、指が血の筋を残してバラリと飛んだ。

 グッ、とリュディガーは歯を食いしばりながら血の霧雨をすり抜ける。

 けれど――。


 リュディガーが奪わなかった命は、その後始末をするかのようにフルーエティが刈るのだった。今、彼が手にしているのは弓ではなく、細身の短剣であった。氷で作り出したのか、血の跡は少しも残らない。


「手負いのヤツほど侮れぬからな」


 そんなことを言う。

 父の安全を確保しようと思うなら、フルーエティのやり方が正しい。この場で、この戦場で、命を奪わぬようになどと生ぬるいことを考えていたのはリュディガーただ一人だろう。


「……指揮官は?」

「屋上だ」


 気配を読んだのか、フルーエティはそう断言した。

 リュディガーはところ狭しと戦闘が繰り広げられる中で階段を探し出し、屋上へ急いだ。

 パッと視界が広がり、その明るさに目が眩む。外の戦いを援護していた弓兵たちがいっせいに矢尻をリュディガーに向けた。その矢は放たれたけれど、リュディガーの前に氷の壁が出現し、すべての矢は一瞬で凍てついて砕けた。


「エティ」


 魔法は使うななどと言ってみせても、この期に及んでは意味もない。目撃者はナハト軍のみ。

 彼らの口がこの戦いを語ることはない。


 (ごう)、と火の手が上がった。弓兵たちは燃え盛る火に巻かれ、指揮官らしき男だけが残された。

 軍人にしては細身である。鋭い目元が恐怖に歪んだ。小動物のように忙しなく周囲を見ても、配下は炎の塊と化している。

 吼え猛り、そうして指揮官の男は砦の頂上から身を投げた。得体の知れぬ力に殺されるよりも自死を選んだのか、錯乱状態で冷静な判断が下せなかったのかはすでにわからない。


 勝利は、清々しさなどどこにもない血腥いものである。

 ファールン兵士たちから上がる(とき)の声に、リュディガーは寂寥を感じながら風に吹かれた。

 南に広がる平野は、それでもただすべてを受け入れるようであった。

 

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