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ワールドエンド・レメゲトン  作者: 五十鈴 りく


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20/45

*19

 おぼろかな夜空の下。

 山岳の砦を囲む軍勢の灯が夜気を侵す。ここまで追い詰めた獲物の首級を上げるまであとひと息、兵たちの士気は高かった。


 そんな中、翼を持つ者たちが夜空に浮かび上がった。けれど、その羽音が兵たちの耳に届くには距離があり過ぎた。遠目では、空を飛ぶ飛竜も渡り鳥のようにしか見えない。もっとも、この暗い空を飛ぶ渡り鳥に不自然さを感じたものはごく少数であっただろう。


 この侵略の時に、自然界に生息する動物の奇妙な動きに目を留めた者がいたとすれば、それは間違いなく名将である。

 残念ながらそうした人物はナハト軍には不在のようであった。

 灯は砦を包囲するばかりである。


 リュディガーは、遥か上空で飛竜ライムントの背からその光景を見下ろしていた。リュディガーが望むようにリゴールはライムントを操ってくれる。フルーエティはそのそばを難なく浮遊していた。


 ピュルサーやマルティ、飛行能力を持たない悪魔たちは飛竜の背に乗り、翼を持つ悪魔は槍や弓を手に指示を待つ。今回はフルーエティの軍勢の中から飛行能力のある者を特に選んで地上へ連れてきたのだ。

 トゥルム砦の外壁の中も覗けるけれど、そこに配置されている兵は少ない。


 リュディガーは逸る胸を押さえ、フルーエティに告げた。


「私の心は決まった。さあ、開戦だ――」


 そのひと言を皮切りに、悪魔たちは声を上げた。メキメキと体を変態させる悪魔たちもいる。人型でありながらも、腕が多く生えたり、皮膚が爬虫類のように硬くなったり、ピュルサーのように獣になったり。

 降下を始めるライムントの背にフルーエティは接近したかと思うと、そこにつかまるリュディガーに言った。


「お前がここにいるとリゴールの動きが鈍る。来い」


 返答を待たず、フルーエティはリュディガーを軽々と小脇に抱えた。その途端、リゴールは少しだけ苦笑すると髪をなびかせてさらなる急降下をする。

 それを見送りながら、上空で宙吊り状態のリュディガーはそれでも不安を感じていなかった。フルーエティを信じているからだろう。


 ナハト軍へ最初に攻撃をしたのはマルティだった。兵たちが持つ松明の炎をまるで蛇のようにつなげてみせ、それをのたうち回らせる。

 あまりのことに戦地は騒然となった。道幅も狭く、荒れ狂う炎の蛇からのがれようとするあまり、足を踏み外して転落する兵士もいた。

 色々なものが焼け焦げる匂いが夜気に混ざる。兵士たちの叫びを凌駕して、マルティの楽しげな高笑いが響いた。


 彼に続いて、混乱を極めた山道に降下したライムントの逞しい翼が兵士をなぎ払う。耐えかねて吹き飛ばされた兵が木や岩肌に叩きつけられた。リゴールの槍に貫かれた兵士たちもいる。鎖帷子も鎧も、まるで紙でできているかのように意味を成さなかった。叫びが、こだまする。


 次々と、崖を越えてやってくる異形の軍勢。ナハト軍には限りない恐怖であるだろう。

 その恐慌状態の中、身を震わせて上空から眺めていたリュディガーに、フルーエティは短く言う。


「行くぞ」


 立ち昇る煙もフルーエティが一瞬で振り払った。冷たい風を頬に感じながら、リュディガーは空から地上へ向かう。

 フルーエティがリュディガーを連れて降り立ったのは、トゥルム砦の頂上である。弓兵がまばらに縁から悪魔の軍勢に襲われる敵兵を見下ろしていた。


 その石造りの塀に二人が立つと、砦のファールン兵士は息を呑んで下がった。リュディガーの背面にはパチパチと火の粉が舞う。リュディガーは意識して自分を落ち着けると、砦の兵士を見回した。


 兵士たちはリュディガーにとって自国の民である。化物を見る目つきでこちらを見ていても、リュディガーにはどこか懐かしさがあった。


「私たちはあなた方の敵ではない。それだけは誓って言う」


 誠実に、心を込めてそれだけを言った。フードを目深に被り、顔もさらさないままで信じてほしいとは虫がよいかもしれないけど。


 砦の下で繰り広げられる戦の声がファールン兵のざわめきをかき消す。リュディガーの隣に立つフルーエティの威圧的な瞳に、兵士たちからも怯えの色が見える。

 リュディガーはそんな兵士たちに向かって再び口を開く。


「まずはナハト公国の軍勢を退けることが先決だ。私たちはその助けとなるべくやってきた」


 すると、砦の中へと続く階段から慌しい複数の足音がして、数人が駆け上がってきた。

 その兵士たちの中央に、彼らに護られるようにして控える人物こそ、ファールン公――レミアス・フリードハイム。リュディガーの父である。


 漆黒の髪にまだ青年と呼べる若々しい精悍な顔。長身でほどよく筋肉のついた体を胸当て等で武装し、高貴な立場を誇示するように藍色の外衣を羽織っている。くっきりとした輪郭の鳶色の目は、リュディガーとフルーエティに向けられていた。


 篭城を続けていたのだ。少しやつれては見えるものの、別れた時とそう変わらぬ父の姿にリュディガーは体が震えた。感情が内から内から溢れて声にならない。けれど、リュディガーのすべてを黒いフードが覆い隠す。

 父は警戒を前面に声を張り上げた。


「お前たちは人ではないだろう。人の世に介入するのはどういうわけだ? 何を根拠に信じろと言う?」


 厳しい眼光にはありありと、悪魔を忌み嫌う清い精神が表れていた。幼き日のリュディガーもそうであった。

 フルーエティはそんな父をまっすぐ射抜くように見据えると、静かに、それでも喧騒にかき消されない不思議な声で言う。


「人か、そうでないか、それはこの局面でそれほど大切なことではなかろう。同じ人であるはずの兵士がお前たちを攻め立て、その命を刈ろうとする。我ら悪魔が救いとなることも、そう不可解なことではあるまい」


 すると、父は言葉に詰まりながらも答えた。


「悪魔は信仰を妨げ、堕落を促す悪しき存在だ。その手を借りるなどと――」


 苦しげな父の声を、フルーエティは失笑でかき消した。


「ああ、すまない。『どこかの誰か』と同じようなことを言うから、思わず、な」


 リュディガーはフードの下からキッとフルーエティを睨むけれど、彼は見向きもしない。

 リュディガーは父に向けて言う。


「このまま篭城を続けていては先がありません。ナハト軍の包囲を解き、戦況が落ち着いたら私たちのこともお話致しましょう。今はただ、この国を護ることだけを考えて頂ければよろしいかと」


 黒尽くめのリュディガーを、父は探るようにじっと見つめた。そうしてポツリと言った。


「そのためには手段を選ぶなと?」

「……生きてさえいれば、どうとでもなります。まずは生き延びてください」


 生きて。

 それがどんなに難しいことか知りつつ、(こいねが)う。

 リュディガーの願いの一端でも感じ取ってくれたのだろうか。父は、渋々ながらに歯を食いしばってうなずいた。


「わかった。我が臣と民を救えるのならば、その力を借りたい」


 高潔な父が、悪魔の助力を跳ね除けることができないのは、他に手がないからだ。ほっとした反面、その心中を思うとリュディガーもまた切なくなった。

 

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