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*12

 リュディガーは歌い終えたティルデに、思いつく限りの賛辞の言葉を述べた。ティルデは少しくすぐったそうだったけれど、それはリュディガーの正直な心であった。

 ティルデはそこで、キョロキョロと辺りを見回した。


「そういえば、あの人は?」


 今になってようやく、一人足りないことに気づいたらしい。


「エティなら食料の調達に行ってくれたよ」


 それを聞くと、ティルデはそう、とつぶやいてほっとしたように見えた。


「こんなこと言っちゃいけないんだろうけど、あたし、あの人のことちょっと苦手……」


 正直な娘である。苦手であって不思議はない。フルーエティは悪魔なのだから、まとう空気が人のそれとは違う。

 その上、フルーエティはティルデに少しも友好的な姿勢を見せなかった。彼にとって特別な人間は、主のリュディガーだけなのだろうか。


「彼は愛想がないから。無理もないね」


 そう言って笑うと、ティルデは小さくうなずいた。


「顔立ちも整い過ぎてて怖いわ。リュディガーも綺麗だけど、雰囲気が柔らかいから平気」

「そうか?」

「うん」


 どういうわけか、彼女にそう言ってもらえると嬉しかった。

 そうして二人で他愛のない語らいをしていると、フルーエティが戻ってきた。腕には大きな紙袋が抱えられている。いかにも買い物をしてきたかのようだが、実際は使い魔にでも調達させたのだろう。


「遅かったな?」


 リュディガーは思ったままのことを口にした。

 フルーエティならば食料の調達などすぐにできたはずだ。それがこんなにも時間がかかったのには、なんらかのわけがあるのだろう。周囲の偵察でもしていたのかと、リュディガーは思った。

 けれど、フルーエティは並んで座る二人に視線を落とすと、思わずリュディガーまでもがたじろぐような蔑みの目を向ける。


「な、なんだ?」


 答えるでもなく嘆息された。フルーエティはその食料を地面に下ろす。見える部分には日持ちのしそうな乾物が多かった。ティルデにこれでしばらく食い繋げというのだろう。


「あ、ありがとう、ございます」


 緊張した面持ちで、ティルデはぺこりと頭を下げる。それになんの反応も見せず、フルーエティは言った。


「そろそろ行くぞ」

「……ああ」


 ここでこうしていても戦争は続く。それを終わらせることがティルデのためにもなる。

 リュディガーがティルデに向き直ると、彼女の瞳は捨て犬のように悲しげに揺れた。


「行っちゃうの?」

「うん、やるべきことがあるからね。でも、また会いに来る。ここは安全だから、戦争が終わるまでここから離れちゃ駄目だよ」


 ティルデはこくりとうなずいた。うつむいたまま顔を上げなかったのは、涙が滲みそうだったからかもしれない。一人にしておくのはかわいそうだと思うけれど、自分は戦いに身を投じる。そんな自分のそばへは置けないから。

 仕方のないことだと思いながら、リュディガーはフルーエティと共にその小屋を離れた。

 結界を抜けて遠ざかると、フルーエティはポツリと言った。


「俺の使い魔をそばに置いている。あの娘に何かあればすぐに報告が来るだろう」

「ああ、それを聞いて安心した」


 表情を和らげたリュディガーの顔を、フルーエティはしげしげと見た。リュディガーは思わず小首をかしげる。


「どうした?」


 すると、フルーエティは言う。


「俺があんなに時間をかけてから戻ったのは何故か、まるでわかっていないようだな」

「え?」

「まさか、ずっと話し込んでいただけなのか?」


 リュディガーには彼の言わんとすることがわからず、眉根を寄せて少し考え込んだ。


「そうだけど、それがなんだ?」


 正直にそう答えると、フルーエティはプ、と小さく吹き出した。リュディガーは目を疑った。この鉄面皮の悪魔がこのように笑うところなど初めて目にする。


「何がそんなに可笑しいんだ?」


 思わず訊ねるけれど、フルーエティは次の瞬間には真顔に戻っていた。


「いや、別に」

「別にって、笑っただろう?」

「さあな」

「笑った!」

「うるさい」

「うるさ――っ」


 不機嫌なリュディガーをフルーエティは適当にあしらい、一度戻ると言って空間に大きな魔法円を描き出す。魔法円の中には黒い渦が(うごめ)く。フルーエティは、そこへリュディガーを突き飛ばして二人は魔界へ戻ったのだった。




 移動は一瞬のことである。

 いつもの屋敷近くの崖に着地し、バランスを崩してよろめたいリュディガーが自分を突き飛ばしたフルーエティを振り返って睨むと、フルーエティの容姿はもと通りだった。青みがかった銀髪、紫色の瞳に黒尽くめのシルエット。


「地上へは情報収集に向かったはずが、余計なことばかりして、本当にお前はいつまでも子供のままだな」


 神経を逆撫でする言い草だった。リュディガーはムッとした。


「ティルデは私の国の民だ。救うのは当然だろう?」

「それを言うなら、同じ目に遭っている人間はもっといるだろう。一人ずつ探し出す気か?」

「それは……」

「目についたからほうっておけなくなった。お前の動いた理由は単純だ。あれが他の国の者でもお前は同じように動いただろうよ」


 その言い分に反論などできそうもなかった。けれど、弱い者を助けたいと思う気持ちは人として当然のことだろうに。

 すると、フルーエティは嘆息した。


「それが悪いと言っているわけではない。ただお前は自分に抱えきれることかそうでないのかを見極める前に感情で動く。その癖を直せと言っているのだ」


 感情的になっていなかったかと言えば、間違いなくなっていた。あのままフルーエティが来なければ、リュディガーだけでティルデを安全な場所へ連れていけたとは思わない。

 冷静に、助けられない可能性をどう回避するのか、そこまで考えてから動いたなら、フルーエティはこんなことはいちいち言わなかっただろう。

 浅はかだと、悪魔は言うのだ。


「これから成そうとすることの大きさを考えろ。そうしたら、今回のように軽はずみな決断を正しいと思うか?」


 一時の正義感で周りを振り回す。それを戦場で行うのかと。

 フルーエティの言葉は、いつも厳しい。初めて会ったあの日から、現実をまっすぐに突き抜けて耳に届く。目を背けた現実に首を向けさせる。

 けれど、その厳しさこそが常にリュディガーを救ってくれていた。

 悪魔だというのに、フルーエティの言葉はリュディガーにとって正しいものだと感じられる。


「すまない、軽はずみだったことは認めるよ。もう少し考えて動くべきではあった」


 でもね、とリュディガーは言葉を切る。


「でも、ティルデを見殺しにしていたら、こんなふうに反省はできなかった。動いたからこそ今は反省できるんだ」


 目の前のたった一人。それはフルーエティにしてみれば価値を見出せないひと粒の砂のようなものなのかもしれない。けれど、その砂粒に過ぎないリュディガーに慈悲をかけたのは、フルーエティも同じだ。だから、この言葉をわかってくれると思うのだった。

 フルーエティは呆れた様子でつぶやく。


「まあいい。ただ、お前が女を囲うのは百年早いがな」

「――は?」


 きょとんと目を瞬かせたリュディガーに、フルーエティは答えるでもなくさっさと屋敷に戻るのだった。

 

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