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ワールドエンド・レメゲトン  作者: 五十鈴 りく


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12/45

*11

 フルーエティは場所を自在に行き来する『門』を作り出すことができる。当人が言うには、フルーエティの現在地から決まった範囲はあるらしいのだが、それはかなり広いようだ。広範囲の転移は上級悪魔だからこその力だろう。

 その力を使って訪れた場所――。



 小鳥がさえずり、その小屋を隠すようにして生える木々の隙間から木漏れ日が差し込む。薄く緑の透ける柔らかな光だった。蓮の葉が浮かぶ池のほとりに佇む小屋は、板の色がくすんでいて少し寂れて見えた。


 そこは、フルーエティが言うように人気(ひとけ)のない場所であった。穏やかで絵画的な、戦時下の大陸とは思えない静けさに、リュディガーは心が休まる気がした。

 そう考えてリュディガーはハッとした。


「もしかしてここは戦争が起こる前の地上なのか?」


 よく考えてみると、時間も合わない。さっきまでは夜だったのだ。いつの間にか朝になっている。

 すると、フルーエティは失笑した。


「いや。大陸の南部のプリーメル公国だ。ここは同じ大陸で戦争が起こっているというのにまるで危機感がないからな」

「そうか……」


 本来ならばファールン公国もこれくらいにはのどかな場所であったのだ。プリーメル公国はファールン公国から最も距離がある。確かにここならば少しは安全かもしれない。

 そんなやるせない気持ちと眠るティルデを腕に抱えながら、リュディガーはぼんやりと訊ねた。


「ここは誰の家なんだ?」

「きこりだな。ただ、年老いて息子夫婦と暮らすためにここを去った。そのきこりももうこの世にはいない。ここは空き家だ」


 フルーエティの瞳は様々な真実を見抜く。その正しさを、時が経つほどに知るのだ。

 ――母は。

 あまり考えぬようにしてきたけれど、フルーエティの言葉が真実だと今ならわかる。

 フルーエティは嘘をつかない。むき出しの言葉で真実を語るのだ。


「それなら使わせてもらっても構わないな。少しでもティルデが休まればいいけれど」


 小屋の扉には錆びついた錠前がかかっていた。けれど、フルーエティが触れた途端にそれは脆く崩れ去った。砂のようにして散る錠前を払うと、フルーエティは扉を開いた。その入り口でフルーエティはリュディガーを振り返る。


「この地帯に俺の力で結界を張れば、少なくとも俺よりも低級な悪魔や人間などは近づけなくなる。ただし、内側にいるこの娘に拘束力はないのでな、自分から出て行く分には自由だが。お前が命じるのならその結界を施そう」


 リュディガーは一も二もなく即答した。


「ああ、頼む」


 フルーエティの結界は強力だ。その護りがあればリュディガーも安心である。

 こくりとうなずき、フルーエティは小屋には入らずに少し離れた位置で右の手の平を左手の甲に当てた。そうして意識を集中しているのか瞳を閉じた。ぶわん、と耳鳴りのような音がして、小屋と池を囲む一帯に赤い魔法円が出現した。赤光の円の縁がゆっくりと動き始める。リュディガーの右手の印がかすかに熱くなった。


 淵から浮き上がる鏡文字。それが列を成して半円を描くようにその場所をなぞった。そうした時、リュディガーにもこの場所の空気が変わったと感じられた。

 妖精が棲んでいそうな澄みきった自然の清浄さが、どこか魔界の生ぬるさに近づいた。けれど、リュディガーはそれを不快だとは思わない。


「ありがとう、エティ」


 いちいち礼を言う主に、フルーエティはフン、と軽く笑って返した。そうして、不意に空を見上げると腕を伸ばした。その長い指に舞い降りたのは、一羽の鴉である。羽音もなく、ふわりとその場に現れたように見えた。その鴉をフルーエティは小屋の上に向けて放つ。


「俺の使い魔だ。何か異変があれば知らせる」


 使い魔はその言葉に答えるようにしてカァと鳴いた。フルーエティはさらに言う。


「お前たちの食い物を少し調達してくる。中で待て」

「うん、ありがとう」


 いつでもフルーエティは頼りになる。リュディガーは反発心も鳴りを潜めて自然に微笑んだ。




 フルーエティが去ってから、リュディガーは池のそばに腰を下ろし、ティルデの頭を膝に乗せてくつろいだ。狭い小屋の中よりもここの方がくつろげそうな気がしたのだ。


 リュディガーは昼も夜も区別のない魔界で過ごしていた。そのせいで生活リズムが地上にいた時とは少し違う。夜になれば寝て、朝になれば起きる。そういう生活は太陽あってのものである。だからリュディガーは、疲れれば休むといったふうに過ごすようになっていた。

 今はまだ眠らなくても大丈夫だと思えたから、眠るティルデが起きるまでこうして待とうと思った。


 そのままどれくらいの時が流れたのかわからないけれど、こんなにも長くフルーエティと離れていたのは久し振りだった。少し気になってはいたけれど、そのうちに戻るだろうと思って待つ。

 すると、ティルデがうぅ、と小さく呻いて目を覚ました。


「起きた?」


 リュディガーが声をかけるとティルデは驚いて体を起こした。そして、眠る前とはまるで違う場所にいるという事態にひどく混乱してしまった。


「え、あの、ここ、どこ? あたし、どうしちゃったの?」


 不安げなその顔に、リュディガーはにこりと微笑む。


「よく寝ていたから黙って連れてきてごめん。でも、ここは安全な場所だから、戦争が終わるまでここに隠れてやり過ごそう。そうしたら、私たちが外を歩いても平気な世の中が来るから……」


 すると、ティルデはその言葉を探るようにしてつぶやいた。


「あなたもここにいてくれるの?」


 リュディガーにはやるべきことがある。ずっと彼女についているというわけにはいかない。けれど、そんな答えで納得してくれるだろうか。


「私は戦わなければならない。だけど、時々はここへ来るよ。君に会いに来る」

「戦うの? 死んでしまうかもしれないのに。ねえ、一緒にここで戦争が終わるのを待ちましょうよ」


 ティルデはすがるようにしてリュディガーの服の裾をつかんだ。振り払うにはあまりにもひどく震える手だった。


「ごめん。私の家族も戦っているから助けたいんだ。私はそうそう簡単には死なないよ。……死ぬなら、とっくに死んでいる」


 フルーエティが手を差し伸べてくれなければ、もっと早くに死んだはずなのだ。それが生きて、生かされている。ならばそのことに意味があるはずなのだ。その意味を成すまでこの命は尽きないと思えた。

 彼女を安心させようと、リュディガーは優しい声音を意識して語りかける。


「でも、戦いに疲れたら君に会いに来るから、そうしたら歌ってくれるかな? 君の歌を聴いてみたい」


 ティルデはすくりと立ち上がると、空にまっすぐ顔を向け、高らかに祈りの歌を歌い始めた。その声は清らかで、至高の歌だとリュディガーは心を震わせた。

 彼女の歌声は天に愛され、その祈りは神へ届くのではないかと思わせるだけの力を持っていた。


 夢を追う彼女には、それだけの才能がそなわっている。この歌声を、少しでも早く大陸中に響かせたいとリュディガーは瞳を閉じて聴き入った。

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