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ワールドエンド・レメゲトン  作者: 五十鈴 りく


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11/45

*10

 薄闇の中で三人は行動した。検問をどのように回避したのかというと――()()()()見回りの兵士がいない場所で、()()()()外壁に人が通れるほどの隙間があった。外壁の角のレンガが外れ、周りに割れた欠片が散乱している。人の力で可能とは思えない状態である。ティルデは驚きつつもここから逃れることが最優先と考えたのか、深く追求しようとはしなかった。

 もちろん、フルーエティの仕業である。


 リュディガーは女性のティルデを気遣いながら進んだけれど、フルーエティは彼女などいないかのような扱いだった。その分、リュディガーは余計に彼女に優しく接しようと思った。


「大丈夫?」

「うん、平気」


 気丈に笑うその朗らかさにほっと気分が軽くなる。寒さと運動で染まった薔薇色の頬が微笑ましかった。

 そうして進むと、フルーエティが言ったように、小さな水車小屋が川沿いにあった。


「足元、気をつけて」


 と、リュディガーはティルデの手を取りながら歩いた。雪解けの水で川の水かさが増している。川音が騒々しく感じられた。


 フルーエティが木造の小屋の扉に手をかける。鍵はかかっていなかったのか、フルーエティが開錠したのか、扉はすんなりと開いた。

 中は薄暗かった。けれど、次第に目も慣れた。小屋の中はこれといって何もない、殺風景な板の床が広がっているだけだ。三人はそれぞれに座り込む。ティルデは寂しそうに膝を抱えた。


「あたし、歌い手になりたくて家を飛び出したから、連れ戻されたくなくて、楽団の皆にはあたしの出身は内緒にしてたの。急にこんなことになってびっくりしたかもしれないけど、歌い手は何もあたしだけじゃないから――あたしが駄目ならちゃんと代わりを探して……」


 ずっと、年頃の女の子にしては強いと思っていた。けれど、それは強がりでもあった。

 今になって気が抜けたのか、弱音が零れる。暗がりの中、彼女が泣いているとリュディガーには感じ取れた。だから、何かをできるというわけではないのに彼女のそばへ寄った。


「……きっといつか、こんな馬鹿げたことは終わって、君が自由に歌える日が来るから。それを信じよう」


 この戦争を終わらせる。そうすれば、ティルデのように謂われない思いをする人間がいなくなるはず。

 リュディガーは改めて決意を強くした。


「いつか、か」


 ポツリ、とティルデがつぶやく。

 いつかでは遅いのだろうか。リュディガーは少し言葉に詰まると、それでも何かを言わねばと思って口を開いた。


「それまでは私が君の歌を聴くよ。それでは駄目だろうか?」


 苦し紛れに言った言葉を、ティルデは涙の滲む顔で嬉しそうに受け止めた。その顔を見た瞬間に、リュディガーは自分が少しでも彼女の心を支えられたような気がした。それが嬉しかった。


 その間フルーエティは、まるで闇に溶け込んだかのようにしてひと言も口を利かなかった。




 ティルデはリュディガーの肩に寄り添って、いつしか眠っていた。無防備な寝顔は年相応の少女であどけない。肩にかかるかすかな重みと熱を感じつつ、リュディガーはティルデの寝顔を眺める。

 すると、ずっと押し黙っていたフルーエティが突然口を開いた。


「それで、これからどうするつもりだ?」


 あまりに静かなので存在を忘れていた。リュディガーはビクリと体を強張らせてしまい、その振動でティルデを起こしてしまわなかったかと心配した。けれど、彼女はそれくらいでは起きなかった。


「……どうって、色々と情報は手に入ったから、ここへ来た意味はあったよ。やはり、宗主国が絡んでいるんだろう。ナハト公国だけの問題じゃない」

「だったら次は宗主国へ行って探るのか?」


 宗主国は神の国である。公国にとっては親にも等しい。

 その宗主国の中枢など、簡単に探れるような場所ではない。少なくとも、リュディガーにはそうしたことを畏れ多いという気持ちが未だに胸のどこかにあった。

 長くこの地から離れていたリュディガーでも、幼少期に植えつけられた価値観がある。悪魔のフルーエティからすれば馬鹿らしい限りかもしれないけれど。


「まずはファールンの戦況を変えたい。父様と合流して、それからだ」


 父に会って、この姿や力の理由をまず理解してもらわなければならない。それは困難なことだとは思う。

 けれど、民を救う術が他にないのだとしたら、父ならばわかってくれるのではないだろうか。そんな希望が残されている。今後のことも父に相談することができれば、と思う。


 するとそこで、フルーエティはふと冷たい瞳を向けた。闇の中でも確かに輝く紫色の光――。

 その冷めた眼差しにリュディガーはドキリとしたけれど、フルーエティが見据えるのは無防備に眠るティルデであった。

 つらい目に遭って疲れ果てて眠る少女に慈悲の欠片もない表情であった。そのことにリュディガーは嫌な気持ちになった。

 そんな主の心を読んだのか、フルーエティは面倒くさそうにつぶやく。


「その女をどうするつもりだ?」

「どうって……安全なところへ逃がしてやりたい」

「安全なところとはどこだ?」


 そのひと言に、リュディガーは思わず言葉に詰まった。

 祖国ファールンは今、戦時下である。連れ帰っても危険なだけだ。かと言って、他の公国へ連れていっても、宗主国自体がファールンの民を迫害するのならば、ナハト公国にいるのと同じ目に遭う恐れがある。


「言っておくが、魔界は論外だ。契約した悪魔も持たぬただの人の娘など、悪魔どもの餌食だ。この娘に安住の地などない。あるとするなら、お前がこれから創り出すしかないだろう」

「私が創り出す……」


 ティルデが自由に歌い、夢を追うことができる国を。


 何の咎もない娘だ。幸せになってほしいと思う。

 そのために、自分にできることをしなければ。

 リュディガーは眠るティルデの顔を眺め、そうして護りたいと思う心を確かめた。そうしてフルーエティの瞳を見据える。


「戦争の只中には連れていけない。せめてその少しの間だけでも彼女を匿える場所はないだろうか? エティの力でもどうにもならないのか?」


 すると、フルーエティは嘆息した。きっと呆れたのだろう。


「そんなにその娘が気に入ったのか? 魔界には人の娘なんぞいないからな。思えば、成長したお前に女を与えてやる機会もなかったな」

「何を言って……」

「まあいい。お前がそう望むのなら、この娘の身を極力護れるような場所へ移そう」


 それができるくせに勿体ぶっていたのだ。リュディガーはフルーエティにおちょくられているような心境だったけれど、それは今に始まったことでもない。


「魔界か?」

「いいや。それでは喰ってくれと言っているようなものだ」


 平然と恐ろしいことを言う。


「地上の――そうだな、空き家のひとつくらいはどうとでもなる」


 その家に匿わせてもらうということらしい。


「その娘が目を覚ますと面倒だ。寝ているうちに移動するぞ」

「わかった」


 リュディガーは小さくうなずくと、自分に寄りかかっているティルデの頭をそっと退かし、その柔らかな体の下に手を滑らせ、ティルデを抱きながら立ち上がった。その重みがどこか心地よく感じる。

 すぅすぅと寝息を立て、規則正しく上下する胸。彼女が目覚めそうにないことを確認しつつ、リュディガーは再びフルーエティに向かってうなずいた。


 フルーエティは闇の中で空間を歪ませる。彼の気配をそばで感じた。

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