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異界を斬る  作者:
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「結局私も魔法の適性はありませんでした」

 神殿での出来事を思い出して落ち込む桜田をゼイノルドが慰める。

「サクラダ殿、そう落ち込む事はありませんよ。元々魔法は扱えない者の方が圧倒的に多いのです」

 勿論私も、と笑うゼイノルドに桜田も笑顔を見せる。

「それにサクラダ殿程の腕があれば魔法など必要ないでしょう。我々の様な凡人からすれば羨ましい限りですな」

 桜田と出会ったあの時、五人の盗賊を一瞬で斬り伏せた桜田のその技量は、ゼイノルドが今まで見てきた数多の冒険者の中でも抜きん出ていた。

 ゼイノルド自身、若い頃には冒険者を夢見た事もあった。

 だが、魔法の適性も無く腕に自信もなかったゼイノルドは、冒険者を諦め商人の道を歩んだ。

 もし自分に桜田程の技量があれば、今とはまったく違った人生を歩んでいただろうと考えながら、ゼイノルドは一つの鞄を取り出した。

「これは“旅人の鞄”と呼ばれるものです。見た目と違い沢山の荷物を収納する事が出来ます。我々商人は勿論多くの冒険者が重宝している鞄です。どうぞ桜田殿の旅に役立ててください」

 不可思議な出来事には大分慣れたと思っていた桜田だったが、受け取った旅人の鞄を触るにつれてその表情が強張っていく。

「ゼイノルド殿、これは」

 鞄の中に手を入れても“底が見えない”その不思議な鞄は、如何にこの世界に疎い桜田にも決して安価な物ではないだろうと想像に難くなかった。

「それは旅立たれるサクラダ殿に元々お渡ししようと思っていた物です、どうぞお納めください」

 ゼイノルドの気遣いに、桜田は黙って頭を下げた。



「サクラダ殿、アースティルにお越しの際には必ずウチにお寄りください。これは少ないですが路銀の足しに」

 アースティルから旅立つ日、桜田は街の城門まで見送りに来てくれたゼイノルドに小袋を渡された。

「ゼイノルド殿、有難うございます。アースティルに戻ってきた際には必ず」

 アースティルに滞在中は元より、旅の準備や装備、果ては路銀にまで気遣いをしてくれたゼイノルドに、桜田は彼の手を取ると心から感謝を述べて深々と頭を下げた。

 ゼイノルドと何時かの門番に見送られてアースティルを後にした桜田は、延々と続く街道の(わだち)を辿りながらトラハドを目指す。

 ゼイノルドからはトラハドまでの護衛依頼を請け負えばいいと言われたが、世界を巡る最初の旅を仕事ではなく気ままに歩いてみたかった桜田は結局一人旅を選んだ。

 時に商人や冒険者などの旅人とすれ違いながらのんびりとした旅を続ける桜田は、やがてゼイノルドと出会った場所へと差し掛かる。

 たしかこの辺りであったとその場所を見遣るがやはりそこには山はなく、奥の見通せない林はどれ程広がっているのかさえ分からなかった。

 ほんの一月(ひとつき)ほど前の出来事が、随分昔の事の様に感じられる。

 暫くその場所に佇み目を閉じていた桜田は、僅かに残っていた未練を断ち切るかの如く勢いよく振り返ると天を仰ぐ。

「よし」

 一声上げた桜田は笑顔を浮かべて歩き始めた。

 トラハドの城壁が見えてきたのはそれから二日後の事だった。

 迷宮のお蔭か街の規模はアースティルよりも幾分大きく、ぐるりと街を囲む城壁もアースティルのそれよりも高く見える。

 いよいよ迷宮かと期待に胸を膨らませて辿りついた城門では、一人の若い男が門番と揉めていた。

「だから必ず持って来るって」

「あんたも分からん奴だな。仮証の発行費用の後払いなんて認められないって言ってるだろうが」

「頼むよ。帝都からわざわざトラハドくんだりまで来たんだぜ」

「あんたが冒険者証を失くすからだろう。普通失くすか、そんな大事な物」

「確かに此処のポケットに入れてたんだよ」

「なんでポケットなんかに入れるんだよ、普通は首から下げるもんだろ。とにかく規則は規則だ、諦めるんだな」

 身分証も無く、仮証の発行費用も無ければ街に入れないのは道理である。

 タイラジットの各国では安易な移民や流民を防ぐため、身分証を持たない市民の街の出入りには仮証を発行している。仮証を返却すれば発行費用は戻ってくるのだが、街毎に決められる発行費用は決して安い値段ではない。

 若い男は諦められないのか尚も食い下がろうとするが、門番は取り合わない。

「申し訳ない。待たせたな」

 桜田に気付いた門番が、若い男を押しのけて手招きする。

「いいんですか」

 桜田は、首から下げた冒険者証を取り出しながら若い男を見遣る。

「いいんだ。あんな奴に何時までも付き合っていられないからな。たまに居るんだよ、身分証や仮証の発行費用を持たずにトラハド(ここ)に来る奴が」

 門番は桜田の冒険者証を確認しながら苦笑いを浮かべた。

「白帯か。迷宮に潜りに来たんだろうが気を付けろよ、ここ暫く踏破した奴が居ないからな。武器(えもの)はあるようだが、最低限の装備は揃えないと命に関わるぞ」

 その殆どが迷宮から取れる魔晶石は、街にとっての大きな財源にもなっている。その為魔晶石を獲得してくれる冒険者は、余程の荒くれ者でもない限り基本的にどの街でも歓迎していた。

 特にトラハドのような浅層迷宮の街には、近隣から新人冒険者達が集まってくる。

 だが、如何に浅層迷宮とはいえ、ある程度の実力が無ければ踏破する事は難しい。

 そしてトラハド(ここ)の様に、一度踏破されて“魔晶核”を取り出された迷宮はそれ以上“成長”する事はないが、迷宮の最下層で魔晶核の影響を受けて変質した鉱石が、瘴気を取り込んで結晶化する“魔晶鉱石”は、定期的に取り除かなければ魔晶核同様、より手強く凶暴な魔物を生み出してしまう。

 元々迷宮内に溜まった瘴気から生み出される魔物は、その階層の瘴気が濃い程に強力になる。しかし、迷宮の“(ぬし)”とも呼ばれるその手強く凶暴な魔物は、魔晶核や魔晶鉱石からまるで自身の護衛のように生み出されてくる。更に新しい主が生まれれば、それまでの主は上の階層へと住処を追われてしまう。

 その為、トラハドの様な五層しかない踏破済みの浅層迷宮であっても、出来れば一年、精々二年以内には最下層の魔晶鉱石を取り除かなければ迷宮の“魔物の質”が大きく変わってしまう。

 下位の冒険者が対応できなくなれば、当然高位の冒険者を呼ばなければならなくなり、そうなればおのずと費用も時間も掛かる。その間は魔晶石の獲得量も減り、街の経済に与える影響も少なくはない。

 それ故、特に浅層迷宮の街では新人冒険者を育てようという気風が強かった。

トラハド(ここ)で揃えようと思っていたんです」

 先程の若い男と違って、装備の心配までしてくれる門番に少々戸惑いながらも礼を言って門を抜けようとする桜田に、先程の若い男が縋り付いてきた。

「そこのお方、お願いします。お金を貸してください」


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