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異界を斬る  作者:
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 湯殿があった事は正直助かった。

勢いに任せてここまで来たが、今までの常識が悉く覆される状況の中でゆっくり考える時間など無かった。

 母の死から実家を抜け出して国抜けを行い、気が付けば何処とも知れぬ異国の地で冒険者などというモノになった。

 魔法に魔物に迷宮、そして魔に魅入られた者達の末路……。

 果たして此処は何処なのだろうか、これが神隠しというものか。いくら考えても答えは出ない。

 恐らく元の世界にはもう戻れないだろう。だが、元々国抜けを決意した時から故郷(くに)に戻るつもりはなかった。

“広い世界を見てみたい”

 坂本に語ったその想いに今も変わりはない。

 勿論母の想いは共にある。

 ならば何が違うというのか。見た事のない世界を巡るという目的は、すでにその一歩を踏み出している。

 ゆっくりと湯船に浸かりながら、桜田は改めて決意を固めた。



 久しぶりの風呂を堪能して旅の垢を落とした桜田は、用意された南蛮人の様な洋装の衣服に着替えて客間に戻った。

 案内してくれた女中に礼を言って一息ついた桜田は、(おもむろ)に備前長船兼光を手に取ると鞘から抜き放って目の前に(かざ)した。そして目釘を抜いて柄を外すとそのまま刀をバラしていく。

「ふむ」

 刀の手入れを始めた桜田が怪訝な声を上げた。

 盗賊を斬り捨てた後に懐紙で刀身を拭った時にも思ったのだが、やはり刀身には血糊や油脂は勿論の事、擦り傷ひとつ付いていない。

 如何な名刀とはいえ、五人の盗賊を切り捨てたのだから刃毀(はこぼ)れとはいかないまでも、刀身に油脂や細かな傷などはあってもおかしくない。

 どういう事かは分からなかったが、考えても答えが出ない桜田は、刀身に汚れや傷みがない事は決して悪い事ではないのだと諦めて備前長船兼光を元に戻した。

「サクラダ様、旦那様がお待ちです」

 桜田が丁度備前長船兼光を鞘に納めた時に部屋の外から声が掛かった。

 女中に付いて行った先では既にゼイノルドがテーブルについていて、そのテーブルの上には料理が並べてあった。

「サクラダ殿、良くお似合いですよ」

 笑顔のゼイノルドは桜田の後にでも湯浴みを終えたのか小奇麗になっており、桜田の洋装を一頻(ひとしき)り褒めると詳しい話は食事の後でとグラスを掲げた。

 テーブルに箸は無かったが、坂本に連れ回された中で洋食に嵌っていた御仁が居たお蔭で桜田にも多少はテーブルマナーの理解があった。

 若干難儀しながらも食事を終えた桜田は、ゼイノルドと杯を交わす。

「サクラダ殿、暫くはアースティルでゆっくりなされませ。その間に準備を整えられると良いでしょう、ギースを案内に付けますので何でもお申し付けください。なに、費用は心配ありません、全てお任せください。勿論アースティルに居る間は当家にご逗留ください」

 ゼイノルドは葡萄酒を(あお)りながら上機嫌で話す。

「ゼイノルド殿、何から何まで申し訳ありません」

 ゼイノルドの下にも置かない歓待ぶりに、(いささ)か申し訳なくなってきた桜田が頭を下げると、ゼイノルドが慌てて腰を上げる。

「何を仰いますか、サクラダ殿が居なければ私の命は無かったのです。どれだけ感謝をしてもしきれるものではありません」

 そう言って座り直したゼイノルドは言葉を続ける。

「お金はまた稼げば良いのです、命あっての物種と申しますから。なに、この店は私が一から作り上げたのです。白帯の冒険者一人ぐらい、装備を整えた程度で傾くような身代ではございません」

 それに、とゼイノルドは桜田を見据えてにやりと笑う。

「私の命はそんなに安くはありませんよ」

 桜田は礼を言うとゼイノルドの気遣いに感謝し深々と頭を下げた。

 翌日から桜田はゼイノルドが付けてくれたギースに案内を頼み、アースティルの街を歩きながら物価や世情などの常識を学んだ。十日もすると、大体の物価を把握し始めて、釣り銭の誤魔化しやぼったくりに会う事も無くなり、一月が過ぎる頃には大凡の世情を理解出来るようになってきた。

 そろそろ当初の予定通りトラハドへ向かうべきかと準備を始めた桜田に、ゼイノルドが声を掛けてきた。

「サクラダ殿、もうアースティルには慣れられましたかな」

「お蔭様で、大分こちらの様子も分かって参りました」

 桜田は姿勢を正すと頭を下げた。

「そろそろトラハドへ向かおうかと考えています」

「やはりそうですか。本当は護衛として専属契約していただけないかとも考えていたのですが……。それは言いますまい」

 ゼイノルドは頭を振ると笑顔を向ける。

「サクラダ殿、旅立つ前に一度神殿にお寄りください。サクラダ殿に適性があれば魔法を買うことが出来ます」

「なんと、それは本当ですか」

 魔法という言葉に反応して目を輝かせる桜田に、ただし、とゼイノルドは付け加える。

「実際に魔法を使える者は少ないのです。適性があるかどうかは神殿で確認してもらわなければ分かりませんが、その適性者が現れる確率は非常に少なく千人に一人とも二千人に一人とも言われています。実際に私も魔法の適性はありませんでした」

 ゼイノルドの言葉に、やはり自分も魔法は使えないかもしれないと眉を(しか)める桜田。

「ともかく、一度神殿を訪ねてみてください。魔法についての詳しい話は神殿で確認なさると良いでしょう」

 そう言ってゼイノルドは笑った。


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