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盗賊に囲まれてもう駄目だと思ったその時に、目の前の林から一人の男が出てきた。
不思議な服装をしていたその男は、決して強そうには見えなかったが咄嗟に助けを求めた。
最初は何が起こったのか分からなかった。
男の剣はよく見れば細いサーベルの様だったが、何時抜いたのかまったく分からなかった。
気が付けば、絡んでいった盗賊が両手首を斬り落とされてのた打ち回っている。
仲間を斬られて逆上した盗賊達が罵声を浴びせながら男に飛び掛かって行ったが、二人が一瞬で斬り伏せられた。
男は残りの盗賊に駆け寄ると、これまた呆気無い程に一瞬で斬り伏せる。
先程まで馬車を取り囲んで自分を威嚇し下卑た笑い声を上げていた盗賊達が、あっと言う間に全て地に伏していた。
暫く呆気に取られていたが、男が剣を納めた所で我に返った。
「アースティルの商人でゼイノルドと申します。有難うございました、お蔭で助かりました」
ゼイノルドは深々と頭を下げると、如何にもほっとした様子で手にした槍を馬車の荷台に立て掛けた。
「本当に助かりました、もう駄目だと思っていたので」
「桜田と申します。間に合って良かった」
ゼイノルドの丁寧な礼に、やはり商人だったのかと思いながらも、桜田は名乗ると同時に頭を下げた。
「しかし、サクラダ殿はお強いですな。さぞや高位の冒険者でいらっしゃるのでしょう。まったくこのような場所で貴方に巡り合えた幸運を神に感謝致します」
両手を握り神に祈りを捧げたゼイノルドは、戸惑う桜田を余所に大きく息を吐いて向き直る。
「サクラダ殿、是非お礼を差し上げたいのですが、私はトラハドでの商談を終えてアースティルへ戻る途中でして」
そこで言葉を区切ったゼイノルドは、申し訳なさそうにもう一度頭を下げる。
「厚かましいのは重々承知しております。ですが、もしお急ぎでなければアースティルまでの護衛をお願い出来ませんでしょうか」
話に付いていけない桜田を余所に、ゼイノルドは言葉を続ける。
「実は先程、盗賊共に襲われた時に護衛に雇っていた冒険者が逃げてしまいまして、そのような冒険者を雇った事自体が面目次第も無いのですが……」
そこまで言って逃げ出した冒険者の事を思い出したのか、急に顔付きが険しくなると語調が強くなる。
「あぁ勿論アースティルに戻ったら冒険者協会に苦情を申し立てます。なにせ冒険者が護衛依頼を放棄したのですから、冒険者協会も黙ってないでしょう。えぇこのままでは絶対に済ませません、この落とし前は必ず付けさせます」
興奮して捲し立てるゼイノルドは拳を握り締める。
色々と聞きたい事は有ったが、桜田はゼイノルドの勢いに圧倒されていた。
「あぁ、申し訳ありません。逃げ出した冒険者の事を思い出して、つい」
我に返ったゼイノルドが恥ずかしそうに頭を掻くと、何かに気付いて桜田の後ろを指差した。
「おっ魔晶石が出ますね」
ゼイノルドの声に促されて振り向くと、既に倒れて息を引き取っていた盗賊達の体から黒い靄が立ち昇っていた。
黒い靄は見る間に盗賊達の体に纏わりつき始め、次第に体全体を包み込んでいく。
何事が起こっているのか、理解を超える出来事に桜田はただ茫然と立ち尽くす。
そしてその靄が晴れた後には盗賊の体はなくなり、粗末な装備と仄かに光る小さな淡紅の球が転がっていた。
有り得ない事態を目の当たりにした桜田は、呆気に取られながらも眩暈を堪えて漸く言葉を絞り出す。
「ゼイノルド殿、ここは一体何処なのでしょうか?」