グレイトジャーニー
僕は、これからおこさねばならない。
たった一人の博士として、偉大なる奇跡を。
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『以上で、歴史の授業も終わりです』
電子音声が告げた。
相変わらず無機質で、親しみにくい声だった。
電子音声は続ける。
『基礎課程は終了し、明日からは実践科目の学習へと移行します』
これで一応の一区切りは付いた。
でもまだ、ほんの入り口に立ったばかり。
長い長い道のりの、それでもようやく到達した第一歩。
ほんの3年で詰め込まれた僕の知識は、それでも博士号クラスに到達しているらしい。
その3年間の月日は僕を、妙に大人びた人間に作り変えてしまった。
長かった孤独な日々。
これからも続くであろう、同じような毎日。
子どもっぽい感性なんて捨て去らずにはいられなかった。
だけど、まだ、やっと第一段階を終えたばかり。
まだまだ、長い道のりは続くはずだ。
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長い眠りにつく前、そうあれはまだ5歳の時だった。
「大丈夫だからね、ママ達も一緒だからね。起きたらすぐに会えるから」
そうなだめられて、半べそをかきながら冷凍カプセルに納まった。
結局、後からママが嘘を付いていたことを知った。
でもママを恨んではいない。それくらい冷静に物事を考えられるだけの教育は受けた。
そりゃあ、始めは悲しくて、泣いてばかりだったけど。
この船にある対人型のインターフェースはそもそも、子ども相手に出来ていない。
怒られこそはしなかったけど、ずいぶん迷惑をかけたと思う。
だって、子どもなんだから。しょうがないじゃない。
僕が、5年間を過ごした地球。
物心付いた時には既に、人類は終焉を迎えようとしていた。
太陽で起こった異変に発端を為す、異常気象。
食糧不足。降り注ぐ放射線による被害。
そんな中、滅亡までのカウントダウンとともに僕は幼い人生を過ごしていた。
人々はみな、自暴自棄になるか、諦めて無気力になるか。
そういう人が大半だったんだと思う。その時はそれが普通だと思っていたけど。
だけど、人類もただ、運命に振り回されるばかりではなかった。
――箱舟プロジェクト
人類が生き残っていくための最後の希望。悪く言えば悪あがき。
地球上での生存を諦めて、人類を宇宙へと解き放つ。
何隻もの宇宙船が作られた。
そのコンセプトは様々だ。
太陽系内で、太陽エネルギーを糧に、船内で自給自足を行い、少しでも長く生存することを目指すコロニータイプ。
いくら、太陽に異変が起こったとはいえ、地球から切り離された宇宙空間での話に限れば、まだまだ太陽というのは、重要で、利用価値がある。
太陽が無くなるまでは、まだまだ数億年。
それまで生き残こるのは無理だとしても、とりあえず宇宙に避難する。
地球の環境が、ましになれば即座に地球に帰って生活できるだろう。
また、ある宇宙船は太陽系を飛び出し、新たなる生活環境を求めて、つまりは人類の生存に適した星を目指して、延々と旅を続けるための船。
地球と似た環境の惑星がどこかにあるかも知れない。
そんな奇跡を求めた長い長い旅にでるのだ。
当然、そんなに長い間人間は生きれ居られない。また、搭載できる食料や酸素等の問題もある。
その為、それに乗る人間のほとんどは冷凍睡眠状態での旅立ちとなる。
起きたままで、旅をするのは必要最小限のごく一部の、メカニックや技術者などだけだ。それだって、何ヶ月かに一回、点検などのために眠りから覚める以外は、他の乗員同様に冷凍睡眠状態での旅となる。
すべては、後で、つまりは宇宙船の中で目覚めさせられてから、コンピュータの学習用ソフトで得た知識だ。
当時の僕は、大人たちが悲しみ、慌てふためいているのをぼんやりと意識していただけで、何が起こっているかを理解できていなかった。
僕が乗るこの宇宙船はまさしく、後者の第二の地球を探して旅をする船だった。
これも、その時は知らなかったが、乗員になるためには若くて健康な体であるということと、優秀な遺伝子を持つという条件が必要だったらしい。
僕はたまたま選ばれた。研究者、技術者としての適正があるということで。
主な乗組員は20代や30代の人たちだが、10代から下は5歳くらいまで幅広い年齢層が、満遍なく乗せられている。
要は空白の世代を作らないための配慮だというけど、それが僕みたいな子どもに過酷な運命を強いることになった。
そんなこんなで眠らされ、宇宙船に一人乗せられた僕。
目覚めた時は、新たな母星の大地で……というわけには行かなかった。
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『お目覚めください。緊急時パターンマニュアルDの第378項によりあなたの知性が必要とされています』
ぼんやりとした頭で、ゆっくりと起き上がりながら周囲を見渡した。
――着いたのかな?
だけど、周囲のカプセルはまだ、閉じられたまま。少なくともこの区画では、起きているのは僕だけだった。
「ねえ、ママは? パパは? 他の人は? 君は誰?」
『私はこの船の対人汎用インターフェースです。これより、あなたのお世話をすることになります』
「ねえ、ママは? どうしていないの?」
徐々に僕の目には涙が溢れ、ひっくひっくと半べそをかきそうになる。
『あなたには一人で任務をこなしていただけねばなりません。もちろん、更なるトラブルが発生した時には、新たなマニュアルに乗っ取って、新しい候補者を目覚めさせる可能性もあります。しかし現状況では、あなた一人を目覚めさせることが最適であると判断されました』
「僕……ひとり……」
何百年も眠っていたとはいえ、正味5歳の僕には酷な話だ。
「に、任務って?」
『あなたには、これから勉強をしていただき、宇宙船の操縦や、各機器の仕組みを覚えていただきます。コンピュータでは解決できない問題が生じた時に、その対策を行うためにです』
「他の人はどうしたの? だって、この宇宙船にはいっぱい乗ってるんでしょ?」
『長い長い旅でした。出来る限りは自動での運行を目指していました。
なんらかのトラブルが発生しない限りは、オペレータを必要としないシステムであったはずなのです。
また、技術者は不測の事態に備えて、十分な人数を確保していたつもりです』
インターフェースは語る。すべては彼の言葉ではなく、計画者たちの代弁だ。
大丈夫のはず、大丈夫なつもり。
計画に携わった大人たちを責めても仕方ないだろう。
ましてや、事実を語るコンピュータは、現実に起こった出来事を報告しているだけで、何の責任もない。
入念に検討された計画だとは言い難い。何故なら、掛けられる時間に限りがあったから。
どれだけ慎重に進めても、全ての問題をクリアすることは出来ないだろう。
だって、それだけ長い時間を旅してきたのだから。
目覚めた僕は5歳でも、生まれてからは何百年という月日が流れていたらしい。
その間、僕は冷凍睡眠の状態で、新しい居住地を目指して旅していた。
高機能なコンピュータが制御する、当時の最新技術を駆使して作られた外宇宙航行船。最初の頃は、順調で、技術者が定期点検のために何ヶ月かに一回ずつ交代で、冷凍睡眠から目覚めて、確認作業を終えたら再び眠りに付くという予定通りのサイクルが繰り広げられていたらしい。
しかし、そう順調な旅は続かなかった。
次第に、技術者の作業は増え、トラブルが起き、解決してはまたトラブル。
あるものは、トラブルと向き合っている最中に、病に倒れ。
またあるものは、トラブルに備え、孤独な監視を何十年と続けた後、老化によって。
徐々に、技術者は少なくなっていった。
それと同時に、備蓄していた食糧も減少していく。
そして、ついに最後の技術者の命が失われた。
幸い、その技術者はシステムを正常な状態に戻してから亡くなったのだが、次のトラブルに対処できる人材はもういないらしい。
そこで、目覚めさせられたのが僕だった。僕は遺伝子的にも脳の構造的にも、記憶力や判断力に優れ、学習方法次第で優秀な学者にでもなれるだけの才能を持っているらしいという僕。
それに、現在は船の状況、システムは安定している。
そこで、ひとつの策として、僕を技術者の予備要員として、時間をかけて育て上げる計画が発動されたのだった。
うまく僕がその役割をこなせば、船の寿命は何十年と延びる。
それでも僕は、文句のひとつも言いたくなった。
「なんで、僕なんだよ……」
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たったの3年で、プロフェッサー、博士号クラスの知識を詰め込まれ、その後もひたすら宇宙船の異常に備えた演習。
映像ライブラリなどで、年相応の子どもが見るアニメなどの息抜きは与えられたが、たった一人で、味気ない食事をしながら、ほとんど対人インターフェースの電子音声とのみ語り合う日々が続いた。
次のトラブルを乗り切るための最後の砦。
遺伝子のパターンやCT画像などの情報を元に、適正者として選ばれてしまった僕。
始めの頃はそのうちママにもパパにも会えるという、ほのかな希望を抱いていたけど、次第に現実を理解していった。
コンピュータやデータベースの使い方を覚えた僕は、乗員名簿の中から、ママやパパを探してみた。
でも、居なかった。仲の良い友達も探してみた。でも、それすらも居なかった。
要は、少しでも生存確率をあげるため、僕だけでも生き残らそうと、パパとママが決めたんだろう。
僕一人でも、この船に乗せようと。
ママもパパも与えられなかったんだろう。箱舟に乗る資格を。
たった一人……。
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『対象惑星の大気は、地球の組成とほぼ変わらず、適応可能です。
植物状の物体も観測されているため、自活できる可能性があります』
10歳になり、すでに幾つかのトラブルにも対処してきた僕に対して唐突に電子音声が告げた。
ついに辿り着いた。新たな母星。
しかし、コンピュータは残酷な事実を告げる。
『姿勢制御用の推進器の損傷度は90%。対象惑星の大きさや、大気層の厚みなどを考慮すると、自動着陸用のシステムは利用できません』
せっかく目の前に、新しい大地があるのに着陸できない?
『現状で、可能な着陸起動を計算し、手動で機体制御を行う必要があります。
それでも成功率は1%を切っています』
「じゃあ、無理ってことじゃないか!」
ここまで来て、別の惑星を探しにまた、旅にでるの?
『新たな恒星系までの距離を考えると、それも難しい現状です』
じゃあどうすればいいんだよ!
『あなたには、元々乗っていた技術者達以上の知識、経験、技術があります。
あなたの力を全て発揮すれば、着陸の成功確率を飛躍的に上げられるはずです』
コンピュータが気休めを言っているのか。それとも事実なのか。
判断する根拠は僕には無い。
でも選択肢はどうやらひとつのようだ。
まさに想定外の出来事だったのだろう。
目の前に新たな安住の地を見つけながらも、そこへ辿り着けずにいる。
コンピュータにはどうしようも無い事態。
ここまで見越した上で、僕が目覚めさせらたのか?
それとも単に偶然が重なっただけなのか……。
正常に動かない推進器のことも考慮に入れ、着陸起動を計算し、さらに途中で何らかのアクシデントが発生した場合に即座に対応する。
たった、それだけのことだ。
僕が学んできたこと。10年分の人生のうち半分を占める努力の日々。
その全てを出し切れば、不可能ではないはずだ。
その日から、僕は、不可能ともいえる惑星への着陸へ向けて、全ての力を出し切るべく努力を始めた。
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最後のチェックを終えて、着陸シーケンスを起動する。
これから、僕はおこさねばならない。
たった一人の博士として、偉大なる奇跡を。