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【第一幕 袖振り合わぬ多生の縁】


 携帯電話の着信音が鳴り響き、退魔師の少年こと(かげ)(もり)(かず)()は目を覚ます。

「ん……今出ますよ……」

 何か変な夢を見ていた気もしたが、寝起きの悪い彼は直ぐにそれを忘れ、枕元の携帯電話に手を伸ばす。

 そして、上半身を起こしながら耳に当てると、何時も通りのスウィートボイスが響いてきた。

『私、メリーさん。今、貴方の後ろに居るの』

 聞き慣れた台詞と共に、和樹の背後に気配が現れ、ベッドが僅かに沈む。

 彼女は訳あって和樹と同居している、都市伝説の妖怪少女メリーさん。

 何時も通りのモーニングコールを送ってくれた彼女に、和樹は目蓋を擦りながら応じた。

「おはよう、メリーさん。今日は普通に起こしてくれたんだね」

 毎回突飛なネタを仕込んでは、彼を心底驚かせるのが彼女のライフワークなのだ。

 流石にネタが切れたの?――と笑って問う和樹に、電話口の少女は不敵な笑みを漏らす。

『私、メリーさん。ふっふっふっ、頑固な和樹も今日が年貢の納め時なの』

「昨日見てた時代劇の真似?」

『違うの、これを見るがいいの!』

 ジャーンと自分で効果音を言い、電話口の少女は一回転しながら宣言する。

『なんと今日の服装は、不思議の国のアリス仕様なの!』

 言葉通り、彼女はルイス・キャロルの児童文学に登場する、あの有名なヒロインと同じ格好をしていた。

 ふんわりとした青いドレスに、白く清楚なエプロン。

 彼女の長い金髪や、青い瞳も相まって、絵本からアリスが本当に出て来たのかと思うほど、もの凄く似合っていた。

 幼女趣味を持たない男でも、例え女性であっても、思わず見惚れてしまうような愛らしい少女に対し、和樹は――

「へー。さて、朝食の準備をしないと」

 特に関心を示さず、台所に向かおうと立ち上がった。

『私、メリーさん。頑張ってアリスの真似をしたっていうのに、その反応はあんまりなの!』

 せっかくのオシャレを無視され、電話口の少女は頬を膨らませて抗議する。

 それに対し、和樹は苦笑いしながら答えた。

「いや、可愛いんだろうなとは思うけど……そもそも、見られないし」

 そう、和樹は背後で金髪幼女がアリスのコスプレをしていたのに、振り返ってその姿を見ようとしなかったのだ。

 彼がロリコン趣味の欠片もない真人間だから――ではない。

 相手が都市伝説『メリーさんの電話』の妖怪であり、それに取り憑かれている彼は、振り返って彼女の姿を見てはいけないからだ。

「見てみたいとは思うけど、そのせいで死にたくはないよ」

 そう、和樹は彼女の姿を見たら、死んでしまうのだ。

 正確には、メリーさんが和樹を殺してしまう。

 例え本人が望まなくとも、妖怪としての特性が、殺す事を強要してしまうのだ。

 それは彼女の本質に関わる、呪いのように強固な束縛。

 故に、彼らは三年以上も一緒に暮らしていながら、一度も顔を合わせた事がないのだった。

『私、メリーさん。とっても残念なの……』

 和樹が振り返って自分を見てくれないと知り、電話口の少女は悲しそうな声を漏らす。

 もっとも、メリーさんも彼を殺す気はないので、本当に振り向いて欲しかった訳ではないのだが。

 ともあれ、せっかくのコスプレを見てあげられなくて、和樹は申し訳なく思って謝る。

「ごめんね、お詫びに朝食はメリーさんの好きな物を作ってあげるから」

『やったの! じゃあハンバーグとスパゲティーがいいの!』

「これまたガッツリとしたオーダーだね……」

 朝から手間の掛かる注文がきたが、和樹は苦笑一つで了解した。

 何だかんだで、彼は電話口の少女に甘いのだ。

 そうして、台所に向かう和樹の背中に、メリーさんは小躍りしながらついていく。

『朝からハンバーグが食べれるなんて、アリスの真似をした甲斐があったの』

「そういえば、その服ってどこから手に入れたの?」

『口裂けお姉さんが作ってくれたの』

「あぁ、あの痴女妖怪が……」

『お姉さん、服飾デザイナーだから器用なの』

「全裸を見せるのが好きなくせにっ!? 明らかに職業選択を間違えてるよ!」

 驚愕の事実にツッコミつつ、和樹は冷蔵庫に手をかける。

 その時、電話口からこんな呟きが響いてきた。

『それにしても、ニーソックスって太股が締め付けられて窮屈なの』

「…………何だって?」

 数秒硬直してから、和樹はこれ以上ない真剣な声で尋ねた。

「メリーさん、もしかしてニーソックスを穿いてるの?」

『う、うん、口裂けお姉さんがエプロンドレスと一緒にくれたの……』

 和樹のただならぬ様子に、メリーさんは少し怯えながら、細い太股を覆う薄布を指で摘んだ。

『青と白の縞々ニーソックスなの』

 その説明を聞き、和樹は――

「分かった、振り向く」

 刹那も迷わず覚悟を決めた。

『か、和樹、いきなりどうしたの!?』

 三年間、何があっても振り向くまいと堪え続け、鋼の精神を見せてきた彼の豹変ぶりに、電話口の少女は取り乱して大声を上げる。

 だが当の和樹は、薙いだ海のように安らか声で、彼女の問いに答えた。

「僕はね、君と一緒に暮らすって決めた時から、何時でも死ぬ覚悟は出来てたんだよ」

『う、嬉しい台詞だけど、もうちょっと別の時に言って欲しかったの……』

「メリーさんの縞々ニーソ姿を見られないくらいなら、死んだ方がマシだよ!」

『和樹が壊れちゃったの!』

 もう我慢ならんと咆吼を上げる和樹に、電話口の少女はドン引きしながらツッコム。

 それに怯む事もなく、少年は(おとこ)となって、命のカウントダウンを始めた。

「いくよ、十、九――」

『ちょ、和樹、落ち着くの!』

「――二、一、〇ッ!」

『いきなり飛んだのっ!?』

 驚愕の声を電話口から受けながら、勢いよく背後を振り返る和樹。

 そこには、アリスのコスプレをした金髪の美しい幼女が――居ない。

 彼が振り向く寸前、電話口の少女はその特殊能力で、何処かに瞬間移動して逃げていたのだ。

「……勝った」

 何時もからかわれてばかりのメリーさんに、初めて一矢を報いる事が出来て、和樹は勝利の余韻に酔う。

 ただ、人間としては大きく敗北していた気もしたが、そこは深く考えない事にした。

『私、メリーさん。和樹がどんどん変態さんになっていくの……』

「やめてよ、僕はどっかの紳士達とは違うんだからね!」

 携帯電話から悲しそうな声が響いてきて、和樹は大声で反論する。

 説得力がまるでなかったのは、誰が聞いても明らかだったが。

 そんな騒がしい一幕もありつつ、和樹は朝食の準備を始めた。

 中学生になって一人暮らしをする前から、家事をこなしてきた彼の料理の腕は、並々ならぬ域に達してる。

 ハンバーグとミートスパゲティー、ついでにサラダの二人前を、ものの三十分で仕上げてしまう。

「はいどうぞ、召し上がれ」

『私、メリーさん。頂きますなの』

 折りたたみの机に料理が並べられ、それに背を向ける形で和樹がテーブルに着くと、メリーさんも戻って来てフォークを手に取った。

『ん~♪ 和樹が作ってくれるチーズ入りハンバーグは、やっぱり最高なの!』

「ありがとう。ところで、ちゃんとサラダも食べなよ」

『私、メリーさん。生の野菜を食べるのは衛生的に危険があるって、偉い人が言ってたの』

「そう、じゃあ晩ご飯はピーマンの肉詰めに、タマネギとニンニクの油炒めね」

『た、食べるから、奴らだけは勘弁してなの……』

 怪しいうんちくで逃げようとしたら、脅迫の言葉が返ってきて、メリーさんはシクシクと泣きながら、まだ食べられる部類である、トマトとレタスにフォークを向けた。

 同じテーブルを囲む事が出来なくても、楽しく食事を進める二人。

 その姿は誰が見ても、仲の良い家族の団欒風景だった。

「ごちそうさまでした」

『私、メリーさん。ごちそうさまなの。ところで和樹、ちょっとお願いがあるの』

 食後の礼をした所で、電話口の少女がそう切り出してきて、和樹は食器を片づけながら聞き返す。

「何? デザートのアイスなら、今は切らしているけど」

『それも大問題だけど、別の超大問題があるの』

 前置きもなしにそう言われ、思わず身構える和樹に、電話口の少女は重々しく告げた。

『靴が小さくなったから、買い換えて欲しいの』

「何だ、そんな事なら構わないよ」

 どんな無理難題かと思えば、数千円の出費で済むおねだりだと知り、和樹は胸を撫で下ろす。

 しかし、そのお願いにはまだ続きがあった。

『それで、靴屋さんまで一緒に来て欲しいの』

「別に構わないけど、何で?」

 わざわざ和樹が買い物に付き合わなくても、メリーさんにお金を渡せば済む話である。

 そう問うと、モジモジと恥ずかしそうな声が返ってきた。

『靴屋さんとか服屋さんって、店員さんが話し掛けてくるから苦手なの……』

「あぁ、そうだったね」

 和樹は納得して頷き、思わず微笑する。

 メリーさんに取り憑かれている彼は、彼女を見る事が出来ないのだが、それ意外の者は特に問題もなく、その姿を見る事が出来る。

 ただし、彼女は人見知りで恥ずかしがり屋な上に、電話でしか話さないので、店員と一対一の会話になるような店が苦手だったのだ。

『私、メリーさん。みんなコンビニの店員くらい、静かにレジだけして欲しいの……』

「そうだね。でも、おでんを頼む時とかはどうしてるの?」

『そんな時はスケッチブックの出番なの』

「筆談はOKなんだ」

 金髪の美しい少女が口をきかず、静かに注文を書いた紙を差し出す姿を見て、何を勘違いしたのか同情し、オマケをするコンビニ店員が続出している事を彼は知らない。

「ともかく、そういう事なら買い物に行こうか」

 今日は休日で学校もなく、退魔師の仕事も入ってないので時間は有る。

 日用品や食料品も買い足したかったので、和樹は早速出掛ける準備を始めた。

『和樹と一緒にお出かけ、久しぶりで楽しみなの』

「二ヶ月ぶりくらいだっけ? あっ、そうだメリーさん」

 部屋着から外出用の服に着替えようとした所で、和樹はふと気付いて言った。

「外に出るなら、そのアリス服は着替えてね」

『どうしてなの?』

「いや、特に理由はないけど……」

 不思議そうに問われて、和樹は言葉を濁す。

(僕は見られないのに、他の人に見られるっていうのはな……)

 そのモヤモヤした感情は、いったい何と呼ばれるものだったのか。

 これじゃあ本当にロリコンみたいだな――と、慌てて頭を振る和樹を、電話口の少女は不思議そうに見詰めながら、自分の部屋に向かう。

『私、メリーさん。分かったの、いつもの白いワンピースにしておくの』

「お願いね。あと、パンツは絶対に穿いてね」

『私のお腹がパンツのゴムで圧迫されて、爆発しちゃってもいいの?』

「あの痴女にどんなホラを吹き込まれたのか知らないけど、パンツを穿くのは人としての常識だよ」

 彼の妹がこの場に居たら、「……つまり、妖怪はノーパンでもOK?」と揚げ足を取りそうだったが、メリーさんは大人しく和樹の言葉に従って着替える。

 そうして支度を終えた二人は、揃ってアパートを出た。

 携帯電話を耳に当てたまま歩く少年の後ろを、これまた片手に携帯電話を持ち、反対の手でウサギのぬいぐるみを抱えた金髪幼女がついていく姿は、実に珍妙で道行く人の視線を引く。

「奥さん、あれ、警察に通報した方がいいんじゃないの?」

 井戸端会議を開いていた若奥様の一人が、和樹が変態性犯罪者なのかと疑い、隣の奥様達に告げ口する。

 しかし、それを聞いたベテランの奥様達は、苦い顔で首を横に振る。

「貴方は引っ越してきたばかりだから、見るの初めてなのね。あの子達の事はそっとしておきなさい」

「子供が二人だけで暮らしてる、複雑な家庭なのよ。ご両親に問題があったんでしょうね……」

「よく警察を訪れているっていうし、私達は関わらない方がいいわよ」

 とある粗暴な男が妻に産ませた子(和樹)と、妾の金髪美女に産ませた子(メリーさん)が、両親からの虐待に耐えかね、兄妹二人だけで暮らしている――という説が、奥様達の間ではもっぱら信じられていた。

 淫魔な実妹が聞いたら激怒しそうな話だったが、和樹としては余計な詮索をされなくて助かるので、誤解を晴らそうとは思わなかったのだが。

「メリーさん、どんな靴を買うかは決めてあるの?」

『私、メリーさん。お散歩しやすいようにスポーツシューズがいいの』

「そっか、ローファーとかの方が似合いそうだけどな」

 見た事がないので想像でしかないが、そんな感想を口にしながら和樹は歩き続ける。

 その際、視線は斜め下に向け、道路の反射鏡や家々の窓ガラスを見ないよう注意を払う。

 例え鏡やガラスに映った姿であろうと、背後のメリーさんを見てしまったら、『メリーさんの電話』の条件が整ってしまい、殺されてしまうかもしれないからだ。

 直接見ない限りはセーフの可能性もあるのだが、アウトだった時の事を考えると、流石に試してみる気にはならなかった。

 それと同じ理由で、和樹は彼女の姿を写真で見る事もしていない。

「でもメリーさんって、普段はどんな所を散歩――うん?」

 会話の途中で、ふと背後の足音が途絶えた事に気付き、和樹は立ち止まる。

「メリーさん、どうかしたの?」

 心配になって振り向きたくなる衝動を堪え、和樹は携帯電話に向かって呼び掛ける。

 すると、僅かな沈黙の後に、切ない嘆きの声が響いてきた。

『(ガチャガチャ、ポン)……あぁ、また雑魚キャラのインプが出たの! 次こそ、次こそはシークレットが出る筈なの』

「あの、メリーさん?」

『もう百円がないの!? 両替機はどこなの!』

「だから何やってるの!」

 だいたい想像は付いていたが、和樹は大声を上げて問い詰める。

 すると、電話口の少女はビクリと震え、弱々しくも正直に告げた。

『私、メリーさん。玩具屋さんでマグマテのガチャガチャをしてたの……』

 予想通りの答えが返ってきて、和樹は主婦モードになって叱り付ける。

「無駄遣いしちゃ駄目だって、何時も言ってるでしょ! だいたい、マグナマテルのガチャガチャなら、家に沢山あるでしょうが!」

『む、無駄じゃないの! 家にあるのは第一弾で、今やってるのは新作の第二弾なの!』

「同じ様なものでしょうが! 第一、どこにそんなお金が――」

 言っている途中で、和樹は気付く。

 彼は生活費から毎月一万円を、メリーさんに渡している。

 ただし、それはお小遣いではなく、お昼代としてである。

 寝起きが悪い彼は、早起きして弁当を作る気力がないので、平日のお昼は学生食堂で済まし、申し訳ないが同居人にも、コンビニ弁当などで済まして貰っているのだ。

 一ヶ月を三十日、土日を抜いて平日二十日として、一万円を二十で割ると、一日辺り五百円となる。

 メリーさんは某妹と違って小食な方だが、ジュースやお菓子が好きなので、一日五百円では少し足りないくらいだろう。

 だからこそ、服や靴などが欲しいと頼まれた時は、和樹も景気良く買ってあげているのだ。

 よって、彼女はガチャガチャに費やせるほど、財布に余裕はない筈なのだが――

「最近、朝食と夕食をやたらいっぱい食べていたけど、お昼はいったい何を食べていたのかな?」

『そ、それは……』

 和樹の有無を言わせぬ迫力に満ちた声に、電話口の少女は思わず語尾に『の』を付けるのも忘れ、声を震わせる。

 しかし、このまま黙っていたら、明日から野菜地獄にされると悟り、観念して告げた。

『私、メリーさん。最近、お昼は食べてなかったの……』

「やっぱりか。体に悪いからそんな事しちゃ駄目でしょ!」

 本気で心配しているからこそ、和樹は容赦なく叱る。

「ただでさえ、野菜嫌いでビタミンとか不足しがちなのに、お昼を抜いたりしたらもっと不健康になっちゃうでしょ!」

『で、でも、マグマテのガチャガチャやりたかったの……』

「気持ちは分からないでもないけどさ」

 随分と所帯じみているとはいえ、和樹もまだ高校一年生の少年なのだ。食事も捨てて趣味に費やす気持ちは理解出来る。

 だからといって、家族同然の大切な子が、健康を害するのを見過ごす事は出来ない。

「お昼ご飯、何日抜いたの?」

『……四日なの』

 叱られて涙混じりになった声を聞き、和樹は黙ってポケットから財布を取り出す。

 そして、千円札を二枚掴むと、振り返らないように気を付けながら、背後に差し出した。

「少しなら趣味に費やしてもいいけど、パンと牛乳だけでもいいから、お昼はちゃんと食べる事。それが守れないなら、お昼代をなしにして野菜ばっかりの弁当にするからね!」

 怒ったようにそう言いながらも、浪費した分の補填とばかりに、お小遣いを与える。

 そんなどこまでも甘く優しい和樹に、電話口の少女は叱られていた時とは反対の感情で、また少しだけ涙を浮かべた。

『私、メリーさん。ちゃんと大切に使わせて貰うの』

 その声と共に、後ろに差し出した和樹の手に小さな指が触れて、とても大事そうにお札を受け取った。

『でも、和樹がお弁当を作ってくれた方が、お小遣いをくれるより嬉しいの』

「……やだよ、朝は少しでも寝たいから」

 甘えるような電話口の声に、和樹は照れてぶっきらぼうに言い返す。

 従姉が見たら「このロリア充が爆破してやる!」と襲いかかってきそうなやりとりをしてから、また歩き出す二人。

 その姿を見て、彼らの関係を正しく見抜ける者は、きっと一人も居なかった。


               ◇


『赤い靴~、履いてた~、女の子なの~』

 買ったばかりの赤いローファーを履いて、メリーさんは和樹の背後でご機嫌そうにクルクルと回り続ける。

『ロリコンさんに連れられ~、行っちゃったの~』

「聞かれたら僕が逮捕されそうな歌はやめてくれない!」

 ツッコミを入れる和樹は、彼女がスポーツシューズをやめてローファーを選んだのが、自分のせいである事に気付いていない。

 そんなふうに靴屋を出て、スーパーで食料品を買った後、彼らは帰路に着いた。

『私、メリーさん。今ならターボ婆ちゃんにも勝てそうな気が――全くしないの』

「瞬間移動を駆使すれば……いや、無理か」

 宇宙へと走り去った妖怪老婆は、今頃何処に居るのやら。

 彦星アルタイルの辺りかな――などと思っていると、不意にシャツの裾を掴まれる。

『和樹、あれを見るの!』

「いや、指を差されても分からないからね」

 妙に興奮したメリーさんの声に、何かと思って辺りを見回すと、近くの公園に一台のワゴン車が停まっていた。

 それは移動販売のクレープ屋で、数名の女子高生が嬉々とした顔で並んでいる。

「あのクレープ屋さん、もしかして……」

『食べたい、凄く食べたいの!』

「はいはい、分かったよ」

 古い記憶を刺激され、考え込んでいた和樹だが、ハイテンションな電話口の声に急かされ、移動クレープ屋に歩み寄った。

 ファンシーなピンク色の車体に反し、店員はごつい中年の男性で、新たなお客の姿を見て、魚屋のように威勢のいい声を上げた。

「へい、いらっしゃい! おっと、久しぶりにお兄ちゃんも来てくれたのかい、嬉しいねぇ」

「やっぱり三年前の――って、僕の事を覚えているんですか?」

 驚く和樹の前で、店員は分厚い胸板を叩いて誇る。

「一度でも来てくれたお客さんの顔は、全部覚えているのが俺の自慢よ!」

「完全記憶能力でも持っているんですか?」

「昔は探偵として――おっと、男に過去なんて必要ねえのさ。で、何にするんだい?」

 気になる呟きを漏らしたかと思えば、急に注文を聞いてきた男に、和樹は苦笑しながらメニューに目を向けた。

「え~と、僕はこの抹茶白玉あずきで。メリーさんは?」

 電話でしか喋らない彼女に代わり、注文を告げようと思って、和樹はそう問い掛けた。

 しかし、そう気遣う彼の前で、店員は慣れた手付きで携帯電話を取り出し耳に当てた。

「お嬢ちゃんはいつものかい?」

『OKなの!』

「あいよ。抹茶白玉あずき一つに、生苺ダブルクリームね!」

 一言で注文を終えるメリーさんと、素早く携帯電話を横に置き、調理にかかる店員の男性。

 その滑らかなやりとりに、和樹の目が静かに細まる。

「……メリーさん?」

『あ、あくまでお昼ご飯なの』

 またも無駄づかいの一端がバレて、苦しい言い訳をするメリーさんに、和樹は深い溜息を吐く。

 やっぱり、野菜弁当を作らないと駄目かな――と、同居人の変食ぶりを心配していると、店員がそんな二人を見てニヤニヤと笑った。

「それにしてもお兄ちゃん、こんな可愛い恋人が居るんだから、もっと一緒に食べに来なよ」

「恋人じゃないって、前にも言いませんでした?」

『そうなの、週三回は来るべきなの!』

「デブって靴が入らなくなっても、もう買ってあげないからね」

 勘違いをする店員と、食欲丸出しの幼女に、和樹は冷静にツッコミ続ける。

 そうしている内に、まずメリーさんの分が出来上がった。

「生苺ダブルクリーム、お待ち!」

『私、メリーさん。お待ちしてましたの♪』

 歓声を上げ、背後に居た少女が右横に出てくる気配を感じ、和樹は彼女の姿を見てしまわないよう、左側に顔を逸らす。

 そして、メリーさんがクレープを受け取り、背後に戻るのに合わせて、また顔を正面に戻す。

 合図もなしで行われたその見事なコンビネーションは、出会ってからの三年間で培われた、彼らの信頼そのものと言えた。

『はふはふ、やっぱりおじちゃんのクレープは最高なの♪』

「ありがとうよ、お兄ちゃんの方はもうちょっと待ってくんな」

 本当に嬉しそうな顔で食べる幼女の姿に、店員は目を細めながら和樹の分の調理にかかる。

 彼は鉄板でクレープの生地を焼きながら、何気ない顔で目の前の少年に話し掛けた。

「しかし、お兄ちゃんの方は随分な男前に成長したな。その様子だと、色んな女の子を泣かせてるんじゃないかい?」

「人をあくどいナンパ男みたいに言わないで下さい」

 和樹は即座に否定したが、今この場にクラスの男子達が居たら「黙れこの三股野郎が!」と一斉に激怒した事だろう。

 そんな自分の事を分かっていない少年に、店員は苦笑しながら、視線をほんの一瞬、彼の背後に立つ金髪の幼女に向ける。

「まぁ、色々と世間様から誤解されるだろうが、気楽に頑張りな。へいお待ち!」

「だから、そういう関係じゃないんですって」

 出来上がったクレープを受け取りながら、和樹は否定し疲れて肩を落とす。

 だが、そんな態度とは裏腹に、店員の真意が何だったのかは、彼も十分理解していた。

(妖怪だって事は知らず、病気か何かだと思っているのだろうけど……)

 そう考えながら、和樹は店員に礼を告げて、クレープ屋の前から立ち去った。

 携帯電話を左手に、クレープとスーパーの袋を右手に持ちながら、公園の並木道を歩いていく。

「今年は花見をするの忘れたな……」

 もう夏に入り、薄紅色の花は全て落ち、青々と茂った桜の木を眺めながら呟く。

 そうしていると、和樹は不意に強い視線を後頭部に感じた。

「メリーさん、僕の頭にゴミでも付いてた?」

 両手が塞がっているので触って確かめる事も出来ず、そう尋ねると、数秒の沈黙を置いて、憐憫を押し隠した声が響いた。

『和樹、出会った頃に比べて、随分と大きくなったの』

「そりゃあ、三年も経てばね」

 和樹は努めて明るい声でそう言い返し、胸に生まれた痛みを隠す。

 中学校の三年間で、和樹の背は三十㎝ほど伸びた。

 第二次成長期まっさかりの少年にとっては、別段おかしな話ではない。

 けれど、都市伝説『メリーさんの電話』である事に、車に轢き殺された『少女』である事に縛られた彼女は――

『私、メリーさん。口裂けお姉さんが私の事を《合法ロリ》って言ってたけど、何が合法なの?』

「あの変態が言う事は、何一つ覚えなくていいよ」

 急に話を変えた電話口の少女に、和樹は呆れながらそう告げ、クレープを一口かじる。

 彼女が背負ったモノの重さなんて、三年も前に知っていた事だ。

 そして、それを分かち合う覚悟だって、同じ三年前に済ませてあるのだ。

 だから和樹は、今更野暮な事など口にしない。

「安売りしてたのを買ったから、お昼は冷やしそうめんにするね」

『やったの、私のにはピンクの麺をいっぱい入れて欲しいの!』

「いいけど、あれって彩りとか素麺と冷麦の区別用であって、味は同じだよ?」

 子供らしく喜ぶメリーさんに、和樹はうんちくを語りながら頬を緩める。

 例え自分と彼女が、父親と子や、祖父と孫に見られるような日がこうようとも、共に居るのだと信じて。


               ◇


 クレープも食べ終え、アパートに帰り着いた和樹達は、階段を上って四階を目指す。

 ここシュトロハイツは新築アパートだけあり、当然エレベーターも設置されている。

 だが、メリーさんが居る時は振り返れないので、狭いエレベーターの個室に入ると、降りる時が面倒なのだ。

 嫌な記憶を思い出しつつ、四階に上がった所で、和樹は硬直した。

 四〇四号室という、普通は不吉なので避けられる番号が、何故か使われている彼の部屋。

 その前に、三人の少女が立っていたのだ。

「……お兄ちゃん」

 無表情だが美しい少女は、彼の妹であり淫魔・サキュバスでもある()()()・K・サトクリフ。

「何処に行ってたの、遅いわよ」

 全身元気印といったお団子頭の少女は、彼の従姉で幼馴染みの(ふつ)()ヒカリ。

 この二人が居るのは別に良い。問題は最後の一人。

「お久しぶりやね、影森君」

 左手に白い箱を持ち、二つにまとめた茶色い髪を揺らし、関西弁で喋る少女。

 退魔師の卵、ヒカリの親友、そして彼女を愛しすぎる危険な変態。その名は――

(けつ)(じょう)()()()おぉぉぉ―――っ!?」

「何やの、いきなり呼び捨てなんて、恥ずかしいやん」

 思わずさん付けも忘れて絶叫する和樹の前で、ヤンデレズこと小杜子は、恥ずかしそうに頬を染めた。

 その内心が見た目と直結していない事を、和樹は痛いほどこの身で知っている。

 だからこそ彼は、静かに膝を付き、汚れるのも構わず通路に額を押し付けた。

「命だけは、どうか勘弁して下さい……」

「何でいきなり土下座しとんのっ!?」

 小杜子が焦った声を出し、土下座をやめるように言ってきたが、和樹は恐ろしく顔を上げる事が出来なかった。

 そんな従兄の姿を見かねて、ヒカリは呆れ顔で告げる。

「安心しなさい、小杜子は私やあんたに謝るために来たんだってさ」

「へっ?」

 またヒカリとの関係を誤解して、命を奪いに来たのだとばかり思っていた和樹は、間抜けな声を漏らしながら顔を上げる。

 するとそこには、本当に申し訳なさそうな小杜子の顔があった。

「頭に血が上ってたからって、この前はあんな事してホンマにごめんなさい」

 そう言って深々と頭を下げる姿は、嘘を吐いてるようには見えない。

 だが、相手が相手だけあって和樹は警戒し、急に刃物で刺されない程度の距離を保ちつつ、訝しげに尋ねた。

「本当に、もう怒ってないの?」

「悪かったのはウチの方やん、むしろ怒るべきなのは影森君の方やろ。気が済むまで罵るなり叩くなり、え、エッチな事とかしてもエエんよ?」

「いや、それはしないから」

 恥じらいながらも告げた小杜子の提案を、和樹は即座に断る。

 前方の実妹と従妹、後方の同居人から同時に殺気が吹き付けてくるなか、そんな事を実行すれば彼の命がない。

 まさか、それが目的なのでは――と勘ぐりそうな気持ちを抑え、和樹は立ち上がって正面から小杜子と向き合う。

「あの時の事は驚いたし、ちょっと(どころじゃなく)怖かったけど、別に怒ってはいないよ。結城さんの事は今でも、その……友達だと、思っているからさ」

 親類縁者を除いて、人間の友達がずっと居なかった和樹は、照れて躊躇しながらもそう言い切った。

 ヒカリへの叶わぬ恋と、妖怪ストーカーに付け狙われていたストレスのせいで、あんな大暴走をした小杜子だが、それを除けば普通の女の子だし、彼の事を友達として好きだと告げた言葉も、決して嘘ではなかったのだ。

 だから、仲直りしようと手を差し出した和樹を見て、小杜子は目尻を濡らして微笑んだ。

「影森君……ホンマ、女ったらしなんやから」

「それは褒めてないよね?」

 苦笑する和樹の手に、少女の細い手が重なり、強く握り合う。

 そうしてから、小杜子は彼の耳元に口を寄せ、周りに聞こえないよう小さく呟いた。

「せやけど、ヒカリちゃんの事はそう簡単に譲らんから、覚悟しててな」

「いや、だから僕は――」

「ちょっと和樹、何時までもだべってないで、さっさと部屋に入れなさいよ!」

 小杜子からの宣戦布告を、和樹が否定するのよりも早く、嫉妬したヒカリが四〇四号室の玄関扉を指差して怒鳴る。

「あっ、ごめん――って、そもそもヒカリと亜璃沙は何でここに居るの?」

 謝罪に来ただけなら、別に小杜子一人だけで良い筈である。

 そう首を傾げる和樹に、ヒカリと亜璃沙が揃って説明する。

「最初に私、次に妹の所へ謝りに来たのよ。それで、最後にあんたの所へ行くけど、心細いから付いてきて欲しいって頼まれたの」

「……という名目の元に、お兄ちゃんの家、遊びに行きたかった」

「本音を隠そうともしない亜璃沙ちゃん、ウチは好きやで」

 苦笑する小杜子を横に、変態妹は早く兄のアパートに入りたいと、無表情のまま鼻息を荒くする。

「そういえば、ちゃんと招待した事はなかったね」

 亜璃沙が転校してきてから、既に一ヶ月が経っていたが、あれこれと妖怪退治の仕事に追われていて、アパートに招く暇がなかったのだ。

(ユニコーンの時に一度来てるけど、直ぐに帰しちゃったし、メリーさんの事もキチンと紹介した事はなかったんだよな)

 それも考えると、彼女達を家に招くはやぶさかではない。ただ一点、不安があるとすれば――

「…………(ジーッ)」

「何やの影森君、そんなにウチの顔を見詰めて」

「いや、友達だって言ったそばから、こんな事を疑うのは申し訳ないんだけど――」

「影森君の家に盗聴器を仕掛けようとか、考えてへんよ?」

「考えてるじゃん!」

 人が恐れていた通りの事を、笑顔でサラリと宣う小杜子に、和樹は全力でツッコミを入れた。

 いくら可愛らしい少女で、友人として握手を交わそうとも、このヤンデレズを相手に一瞬でも油断を見せる事は許されないのだ。

 そう改めて恐怖する和樹の前で、小杜子はあくまで朗らかに笑い続ける。

「大丈夫やって、ウチの居る退魔師学校と影森君のアパートじゃ距離が有りすぎて、盗聴器の電波が届かへんから設置するだけ無駄やし」

「詳しく解説された事で、逆に不安が増したんだけど」

 実際問題、機械的な盗聴にせよ、霊力による盗聴にせよ、県を跨ぐほどの距離があっては、未熟な学生退魔師にすぎない小杜子には、金銭的にも実力的にも不可能だろう。

 しかし、一抹の不安を拭えず、躊躇している和樹を見て、小杜子は標的を彼の後ろで縮こまっている少女に移す。

「はじめまして、メリーちゃん。ウチは結城小杜子、よろしゅうな――って、ケータイで話さんとあかんのやったか、ごめんごめん」

 小杜子が謝りながらポケットを探り、携帯電話を取り出すと、番号も教えていないのに、目の前の金髪幼女から非通知で電話が掛かってくる。

『私、メリーさん。はじめましてなの……』

「うん、はじめましてな」

 小杜子はニッコリと優しく微笑むが、それを受けた人見知りの妖怪少女は、不安そうな顔で一歩下がってしまう。

 それを見ても、小杜子は決して笑顔を崩さず、ずっと左手に持っていた、切り札という名の白い箱を掲げて見せた。

「今日はお詫びもかねて、ケーキを用意してきたんよ。お昼ご飯代わりにしようと思うて、沢山買うてきたから、お腹いっぱい食べれるで?」

『ようこそいらっしゃいませなの!』

 甘味にあっさり釣られた電話口の少女は、即座に警戒を解いて丁重にお招きした。

『和樹、早く、早くお客様を招くがいいの!』

 メリーさんに背中を押して急かされ、振り返って逃げる事も封じられた和樹は、もはや大人しく小杜子達をアパートに招くしかない。

 そう観念して鍵を取り出しながらも、彼は問わずにいられなかった。

「こうなる事、全部予想してたの?」

「メリーちゃんの事は、ヒカリちゃんから聞いてたしな」

 将を射んと欲すればまず馬を射よ。和樹が同居人の妖怪少女に激甘な事を、ヒカリの口から愚痴と共に聞かされていた小杜子にとって、この程度の策略など朝飯前。

 そう微笑み肯定する少女の、隠そうともしない腹黒さに、和樹は戦慄を超えてもはや呆れ果て、深く深く溜息を吐いた。

「仙気や修羅なんて力があろうとも、結城さんなら簡単に僕を殺せるんだろうな……」

「どんな達人超人も、寝込みに毒でも盛れば一発やしな」

 圧倒的な暴力を振るう怪物を殺すのは、何時だって人間の悪知恵なのだ。

 そんな事を考え、また溜息を吐きながら、和樹は大人しく玄関の鍵を開けた。


               ◇


「……お兄ちゃんの妹、亜璃沙・K・サトクリフ。今後とも()()()()

「何で不良喋りなんっ!?」

『私、メリーさん。よろしくなの亜璃沙()(ねえ)ちゃん』

「……今、とても不愉快な発音が」

「気にしすぎよ、(いも)(うと)

「……決着を付けようか、チキン」

「あんたの死をもってね」

「二人とも、人の家で暴れたらあかんよ」

 居間でテーブルを囲み、ケーキと紅茶を口にしながら、時に殺伐としつつも楽しそうにお喋りをする四人の少女達。

 華やかな彼女達に背を向け、和樹は一人で体育座りをしながらマロンケーキを食べていた。

「美味しい、これ駅前のお店で買ったのかな……」

 ブツブツと独り言を呟き、寂しさを紛らわすその姿は、あまりにも哀れであった。

 しかし、メリーさんの姿を見てはならない以上、彼は家主でありながら、ガールズトークに参加する事は不可能なのであった。

「そうか、掃除と洗濯はメリーちゃんがやっとるんか、偉いなー」

『私、メリーさん。褒められると照れくさいの』

「……私も、お兄ちゃんのパンツ、洗いたい(ギリッ)」

「べ、別にそんなの羨ましくないしー、私なんて一緒にお風呂に入った事もあるしー」

「……私だって、お兄ちゃんの巨乳を揉みしだいた事がある」

「巨乳? えっ、影森君は男やんか?」

『私、メリーさん。和樹はこの前、お馬さんのせいで女の――』

「ちょっとみんな、本人の前でそういう話はやめて!」

 過去の恥が暴露されそうになって、和樹は背中を見せたまま悲鳴を上げる。

 それを聞いたメリーさんは口をつぐみ、ケーキを食べ終えた事もあって席を立った。

『私、メリーさん。小杜子、ごちそう様でしたの』

「はい、おそまつ様でした」

『じゃあ、ちょっと遊びに行ってくるの』

 輪に入れず寂しい思いをしていた和樹に気を使ったのか、電話口の少女はそう言って玄関に向かい、新品の靴を履くと、何処かへ瞬間移動し姿を消した。

 それを気配で察し、ようやく顔をこちらへ向けた和樹に、小杜子は頬を緩ませて告げる。

「いやー、メリーちゃんは可愛くてエエ子やね。影森君の教育の賜物なんかな?」

「変食家だし無駄遣いだってする、普通の子だよ」

 否定を口にしながらも、和樹の頬は愛娘を褒められた父親のように優しく緩む。

 それが面白くない亜璃沙とヒカリは、顔を見合わせ小声で愚痴りあう。

「……やっぱり、ロリを放置しておくのは、危険」

「えぇ、和樹が手を出さないよう、何か手を打たないと」

「……エナジードレインで、不能になるまで、搾り取る?」

「そうね、あの子に奪われるくらいなら、いっそ……」

「そこの二人、物騒な目でこっちを見ない」

 相変わらず電話口の少女が絡んだ途端、急に仲良くなる実妹と従妹に、和樹は寒気を覚えつつツッコンだ。

 そんな三人のやり取りに笑いながら、小杜子は前から抱いていた疑問を告げる。

「ところで、影森君とメリーちゃんて、どうして一緒に暮らす事になったん?」

 霊力がないとは言え退魔師である和樹が、敵とも言える妖怪の少女と暮らしている。

 それを不思議に思うのは当然であり、この場に集まった少女達の中に、その答えを知っている者は一人も居なかった。

「そうよ、どうしてあんたロリコンになったのよ!」

「……巨乳、嫌いなの?」

「だから、僕が幼女趣味だって前提で話さないでよ」

 憤慨するヒカリと悲しげな亜璃沙に、和樹は呆れて溜息を吐く。

 それを見てまた笑いながら、小杜子がもう一度話を促した。

「影森君が貧乳好きの変態ペドフィリアなのは別に構わんけど、二人の馴れ初めは聞きたいな」

「いや、そこは構うからね!」

 もうどんなに足掻こうと、自分に押されたロリコンの烙印は消せないのだろうか。

 そう絶望する和樹に、亜璃沙とヒカリも全てを話してと迫る。

「……三年前、何があったの?」

「何度か姉貴に聞いたけど、『人のプライバシーに関わるし~』ってはぐらかすのよ。だからいい加減、あんたの口から白状しなさい!」

 最大のライバルである妖怪少女と和樹が、いったいどんな出会いを遂げたのか。

 知りたくないという臆病な心を、嫉妬と対抗心で押し隠し、恋する二人の少女は少年に詰め寄った。

 その真剣な顔を前にしては、和樹も流石に断れない。

 だがそれでも、彼は複雑な表情で口を濁した。

「話すのは構わないけど、聞いて楽しい話ではないよ?」

「あははっ、人の惚気話を聞くのって辛いもんなー」

 どんな甘々な出会いだったのかは知らないが、自分はともかくヒカリと亜璃沙にとっては、最凶の拷問に違いあるまい。

 小杜子はそう思って笑ったのだが、聞いた和樹の方は、表情をさらに苦いものへ変えた。

「いや、そういう意味じゃなくて、本当に聞いて楽しい話じゃないんだよ」

 そう前置きし、彼は静かに語り出す。


「だってこれは――人が死ぬ、話だから」


 そう、これは普段の彼らとはかけ離れたお話。

 笑える変態妖怪は出て来ない、残酷な人間達の事件。

 心が死にかけた少年と、死んで妖怪に成り果てた少女の物語。



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