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【序幕 鶏群の一鴉】



 真っ暗闇の中で、小さな男の子が膝を抱えて蹲っていた。

 それが幼い頃の自分だと気付いて、彼はこれが夢だと理解する。

 ぼんやりとした意識で、ただ過去の自分を見下ろしていると、闇の中に幾つもの人影が湧き出て、次々と罵声を上げた。

『霊力のない出来損ない』

『退魔師の恥さらし』

『一般人以下の役立たずめ』

 ただひたすら『霊力がない』、『退魔師になれない』という事だけを、繰り返し口汚く責める声は、かつて実際に浴びせられてきたもの。

 今の彼ならば、人の価値は霊力の有無だけで決まるものではないと、毅然と言い返す事が出来ただろう。

 けれど、目の前で蹲る幼い自分は、両手で耳を塞ぎ耐える事しか出来なかった。

 何故なら、あの頃の彼は生まれ故郷である、退魔師しか居ない狭い村しか知らなかったから。

 人と違う能力を持ち、それを誇りとし、それ故に慢心した退魔師という人種にとって、霊力の強弱だけが全てだった。

 そんな退魔師達の世界で、霊力のない事は罪であり、だからこそ彼は決して許されなかった。

 あまりにも強すぎ、誰も足下に及ばない彼の母親に対する、ぶつけ所のない嫉妬を、彼に吐き出していたというのもあったのだろう。

 男も女も、子供も大人も、誰もが公然と、己が正しいと信じ、彼を罵倒し続けた。

 涙を流し震え続けるしかない、幼い頃の自分。

 その前方に温かな光が灯り、数人の人影が現れる。

 一番前に立っているのは、堂々と胸を張って、明るく笑うお団子頭の少女。

 彼の従妹であり、幼馴染みでもある、一番大切な親友。

 その横に、従姉や母親が立ち、同じように優しい微笑みを浮かべていた。

 自分を退魔師になれない出来損ないとしか見ない凍えきった世界で、彼女達だけは一人の人間として、家族として彼を温めてくれる。

 幼い彼は、闇に灯った救いの光に手を伸ばし、けれど直ぐに引っ込める。

 人々の悪意を受け続けた彼の体は、いつの間にか泥のように黒く濁っていた。

 その手で触れれば、彼女達まで汚してしまう。

 躊躇する彼に、先頭の少女が一歩前に出て、そんな事は気にするなというように、笑って手を差し伸べてくる。

 だがそれに、彼は微笑み返し、頬を涙で濡らしながらも首を横に振る。

 彼女は彼のヒーローだから、焦がれ続けた太陽だから。

 自分が触れたり、ましてや想いを寄せたりして、その輝きを曇らせてはならない。

 悲しい拒絶を示す彼の前で、彼女達という光はどんどん遠ざかっていき、いつしか消えて世界は闇に戻る。

 そして罵る声も消え、幼い自分の姿も消えて、静寂の中に彼一人が取り残される。

 気が付けば足下も消え、海の底に落ちていくような、恐ろしくも心地よい墜落感が身を包む。

 このまま身を任せていれば、自分の意識は虚無に落ちて、欠片も残らず消えるのだろうか?

 そんな事を考えながら目蓋を閉じると、不意に落下が止まった。

 驚いて目を開けると、幼い小さな手が彼の腰を抱き締めていた。

 誰かが背中から支えてくれたのだと理解するのと同時に、世界を覆う闇が少しずつ薄れていく。

 夜明け前の空を彷彿とさせる、白と黒の入り交じった世界で、彼は救ってくれた人の姿が見たくて、後ろを振り向く。

 そこに立っていたのは、眩しい光を背にし、黄金色の長い髪を輝かせた――



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