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第6話 問題児の日常

通わせて貰っている身分で言うのも何だが、学校という組織は楽しくもなんともないところだった。

授業はいつも退屈で、授業内容などろくに聞いてはいなかった。当然、定期的にある学校の試験はいつも赤点。実技はまだマシなほうであったが、簡易魔法を使えるぐらいであり、試験の結果は学年のいつも最下位を保持した。その頃からであろうか、猫を被るのにも飽きて学校でも邸でもやりたい放題となったのは。

教師の頭の上から泥水を被せたり、殴り合いの喧嘩は日常茶飯事となった。いわゆる問題児として注目を浴びるのに、時間はかからなかった。


ある日、あまりの暴れように、一人の教師が保護者のシリウスに苦情を申し出た。

これで、あのくだらない学校から出れる。

そう、内心喜んでいたデイビッドの目の前で、シリウスはニヤリと教師を笑い飛ばした。


『良いことじゃないか!男の子は、そのくらい元気がなくてどうする?うち(カインド)の弟子ならば、そうでなくてはな。それに、そんなわんぱく坊主を指導するのが、あんたがたの仕事だろうに』


最小限の礼儀は作法は教えたと言うシリウスに、教師はすごすごと退散して行った。

そんなシリウス、(さすがにデイビッドが重要書類を渡り鳥に変えた時は激怒した)デイビッドの悪戯に心を開いてくれたと大喜びだった。


『面白そうだね、僕も仲間に入れてよ』


ルビウスさえも目を輝かせて仲間入りを希望し、宰相の息子をも引き入れた時には、さすがに拍子抜けしたデイビッドだった。

アレックスとは顔を会わす度に喧嘩に発展し、なにかと相手をしていればいつの間にか名前で呼び合う仲になったのには、驚いたものだ。

そのうち、補習も受けない問題児は、本人も知らぬ間に単位を落とし、シリウスは頭を悩ました。


『…とにかく、義務教育はきちんと終えなさい』


珍しく師らしいことを言うシリウスの言葉を上の空で聞き、ぼんやりと窓から華やかな中庭を眺めていた。


『どうしたんだい?デイビッド』


『あぁ、ルビウスか』


そんなとき、声をかけてきたのはルビウスで、単位を落としたと告げれば、いつもは冷ややかな漆黒の瞳を丸くさせて、しまいに腹を抱えて笑い出した。


『そんなに笑うなよ』


『…いや、ごめん。さすが、デイビッドだと思って。義務教育で単位を落としたの、君が初めてじゃないか?』


ひいひいと涙を拭きながらそう言った彼に、そうかもなと返す。


『明日から補習だ。…くそ面倒くせー』


『はは。面倒でも学校はちゃんとでないとね』


『でもよ、魔法省なんかに務めない俺はあの学校に通ってても意味なくないか?』


『…誰かに何か言われた?』


隣に並んだルビウスが、表情を伺いみるように見やった。それに、ゆるゆると首を横に振って答えた。


『…つまんないんだ。授業を受けるより、知らない街や国に行って知識を学びたい』


世界は広いのだと、教えてくれたのは師や兄弟子達だ。その話を聞いて、憧れがその存在を占めるようになった。

叶うならば、人生を楽しむことも出来るかもしれない。


『そうか…。それなら、爺様に言ってごらんよ。きっと理解を示してくれるさ』


『…本当に?』


遠くを見やりながら、デイビッドに微笑んだルビウスの表情は、少し寂しさを含んでいた。


『世界を見ておいでよ、デイビッド。僕には自由がないけれど、君にはあるから。世界を学んで、感じて』


僕には出来ないことを。


寂しさを隠して背中を押してくれた友人の隠された言葉に、静かに頷いたデイビッドだった。

シリウスに直談判した時には、デイビッドは十歳となっていた。後々にも語られる事となる、ウルーエッド戦の開戦の兆しを見せていた頃であった。


進級に必要な単位を落とし、実技ではルビウスの封じの術で助けてもらわなければ、もう一つの性が出て来てしまうデイビッドにとって、学校ては苦痛を強いられるものだった。


二年連続単位を落した頃に、学校を退学することをシリウスも納得してくれた。


『…元気で』


小さな荷物一つ。それしか持たないデイビッドに、邸の門前まで見送りに出てくれたルビウスは、言葉少なげにそう言った。



『あぁ、ルビウスもな。…あんまり無理するなよ?』


『大丈夫さ。…僕には書かなくていいけど、親御さんには手紙を一つぐらい書いたほうがいいよ』


カインド邸で世話になって数年。頻繁に送られてくる両親からの手紙の封を切ったことは一度も無く。シリウスに度々促されるも、返事など書いたことはなかった。

そのことをよくわかっているのに、何故ルビウスがぽつりと言ったのかは、そのときはわからなかった。


『気が向いたらな』


何か言い足りなさそうに佇むルビウスに背を向け、足を踏み出した。


その一年後、魔力が弱い父がウルーエッド戦に就き戦死したとの悲報が、実家から届いた。その手紙を読んでも、彼の葬儀に顔を出す気持ちにはなぜかならなかった。

南の果てとなる砂漠で商人達の旅について行っていた頃に届いた手紙には、シリウスのうるさいほどの小言と催促の文字が連なり、仕方なく実家に出向いたのは、デイビッドが十六歳になった秋の終わり。その頃には、魔法省が提示している卒業試験にようやく合格し、贈り名をもらって魔法師と名乗れた頃であった。


何年ぶりだろうか。賑やかだった寂れた屋敷は、誰も居ないような寂しさでデイビッドが出て行った頃のまま、静かに佇んでいた。


錆びた柵が屋敷を囲み、今にも崩れ落ちそうな木製の屋敷は老化が酷く目立って見えた。

玄関には向かわず、屋敷を迂回して裏庭へと足を向けた。


荒れた裏庭には、三つの墓石が横一列に並んでいる。その墓石の前に一つずつ、少しの花を置いていく。


「…デイビッド?」


最後の墓石に花を置こうとしたところで、背後から懐かしい声が聞こえた。


「…母さん?」


屋敷の角で花束を抱えて立ち尽くすのは、幾分か痩せた彼の母親だった。抱えていた花束を足元に落とし、デイビッドへと駆け出した。


「デイビッド!」


泣きながらすがりついて来た母に戸惑いながら、デイビッドは母を受け止めた。長く美しかった栗色の髪はばっさりと短く切られ、別人のようであった。そんな母を見ながら聞いた。


「なんで、母さんがここに?」


「カインド公爵に聞いたのよ」


「…ルビウスに?」


眉間に皺を寄せて見下ろしたデイビッドは、母からの視線を逸らしてあいつめ、と忌々しそうに吐き捨てた。


「…ロウ侯爵も戦で亡くなったと言うし。でも、シリウス様の計らいで隣村にお屋敷を手配してくださったの。男手を亡くした私達には、この屋敷の維持費まで到底無理だから…」


「え、ロウ侯爵も亡くなった?」


「あら、聞いてないの?」


驚くデイビッドに、母であるセイラは首を傾げた。


「クロムウェル様は医師として。メアリー様は勿論、魔女の中で一番戦力になる方だったもの。あの人も、大した戦力にならないのに駆り出されて。うちで残ったのは、あなたと娘たちだけ…。あなたが戻ってくれるなら、こんな嬉しいことはないのだけど」


「ごめん…」


俯いてそう言った彼に、セイラは悲しそうに顔を曇らせて笑った。


「分かってるわ。あなたはうちに戻ってくる気はないのね」


ポンポンとデイビッドの肩を叩いてセイラはそばを離れた。その隙に、デイビッドは近くに待機させていたファールスという、翼の生えた馬のような生き物を呼び寄せた。


「あら、どこに行くの?せめて、今日ぐらいはみんなで食事でも…」


「悪い、人に会う予定が出来たから」


淡い黄色を交えた白の柔らかな毛色と優しげな赤い瞳を持つ彼女に飛び乗ったデイビッドは、引き留めようとする母にそう言って空に舞い上がった。


「デイビッド!」


咎めるような母の声を背に受けて、冷たくなった秋風が吹く夕暮れの空を駆けて行った。


いつも賑やかな王都の街並み。けれど、そんな街並みから距離を置くように、ひっそりと佇む墓地の一角で、まだ若い青年が背を向けて一人で佇んでいる。ひんやりと肌寒い風が、時折、彼の黒い外套の裾を舞い上げていく。

石像のようにその場に佇む彼の後方で、デイビッドの乗った大きなファールスが音も立てずに舞い降りた。


「…やぁ、デイビッド。母君には会えたか?」


「久しぶりだな、ルビウス。やっぱりお前の仕業か…。おかげさまで。感動の再会を果たしたさ」


後ろを向いたまま、デイビッドに彼はそう問い掛けた。デイビッドは、地面に降り立つと皮肉を込めて肩を竦めるとファールスに右肘を立てて頭を乗せ、重心を傾けて彼を眺めた。


「…それは良かった。で、王都にやってきたのはその礼を言うためかな?」


いくつか並ぶ墓石の内の一つを眺めていた彼は、にっこり笑って背後を振り返った。


「礼?言って欲しいなら言ってやるさ。余計なことをしてくれてどうもありがとう!…これで気が済んだか?」


姿勢を正して、やや怒ったようにそう言ったデイビッドに、今度は彼が肩を竦めて言った。


「これだけは言っておくけれど、取り計らったは僕だけど言い出したのは爺様だよ。僕じゃない…とんだ誤解だ」


「あぁ、そんなことだろうと思ったけどなっ。お前だって同罪だろうが」


一向に怒りを静めないデイビッドに、やれやれと首を振って彼は明後日の方を向いた。そんな態度を示す彼に、デイビッドは溜め息をついて口を開いた。


「残念ながら、こんなくだらない会話をするためにこっちに来たんじゃないんだ。…ロウ侯爵ご夫婦が亡くなったって」


「あぁ」


なんだ、そんなことかというようにデイビッドに向き直った彼が、闇色の瞳でじっと見やった。


「…その、なんて言ったらいいのか」


「慰めの言葉なんて必要ないよ。彼らは僕の両親ではなかったから」


言葉を探すデイビッドの言葉を遮って、ルビウスと呼ばれた彼は笑った。その笑みの裏には、哀愁が浮かんでいて。デイビッドは黙り込んだ。


「なぁ、デイビッド。一つ、相談があるんだ」


「…なんだ?面倒なことじゃないだろうな」


その質問ににっこりと微笑んだ彼を見て、デイビッドは大袈裟に大きく溜め息をついた。


「君にとっては簡単な事だよ」


「魔法省の駒にされるのはごめんだ」


「友人の頼みだと思ってやってくれればいい」


笑みを湛えたままそう続けた彼に、デイビッドは仕方がないというように肩をすくめた。


「…ルビウスには世話になったからな」


「そんなに難しいことじゃないさ。ある魔法使いの見習いになって、その人物が研究しているものをこちらに流してくれればいい」


いつも周りと壁を作って距離を置く友人に、人並みの野望があったのかと驚愕するデイビッド。しかし、ルビウスは苦笑しながらそれを否定した。


「権力争いなんてごめんだよ。だけど、あの国王が君臨している限り、この国はいつまで経っても腐ったままだ。こんな思いを抱くのは、僕達の代で終わりにしたいからね」


「…理由はそれだけか?」


「いや。ある意味、これは僕が一番欲しい物を手に入れるための口実…かな?」


首をすくめて答えたルビウスに、デイビッドはふーんと意味ありげに答えた。


「んじゃ、俺も便乗するわ。…敵討ちと言う名目でな」


「ありがとう、そうと決まれば出発だ」


ルビウスはさっと踵を返すと、直ぐ脇にあった一本の木下に近づき、そこに静かに佇んでいた凛々しい黒馬の鼻面を撫でてやった。普通の馬に黒く大きな翼が背中に生えたような生き物、ファールスは今にも空に駆け出しそうに翼をはためかせてルビウスを急かしている。


「わかったわかった、レム。待たせたね」


ひらりとその逞しい身体付きをしているファールスに飛び乗るとデイビッドを見やった。デイビッドは、やれやれといった動作で淡い黄色をしたファールスに飛び乗り、既に空に舞い上がったルビウスを追って空に舞い上がった。


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