第4話 友人との再会
お久しぶりの更新です。
幸いにも壁から二人とも離れ居た為無傷で済んだが、危うく大怪我を負っていたところだ。
壁の残骸が宙に舞って、砂埃にミハエルと師が咽せていると下に行った筈のシンシアがすっ飛んで来た。
「なに、なんなの。今の爆風!?」
興味津々で入り口を覗き込んだ彼女は、その入り口に立つ見慣れない人々を見つけると、甲高い悲鳴を上げて飛び退いた。
「女?アーネストは、男だと聞いていたが。マイク?」
「変ですねぇ。私もそう聞いてました。あぁ、あの若い青年がそうじゃないですかね。」
はて。と首を傾げる男性は、斜め後ろに立つマイクという若い男に聞く。聞かれた当人は、うーんと唸って、ミハエルを見つめた。
「お前がマーク・アーネストか?」
「いいえ、違います。私はただの見習いですよ。」
なんてことはないかのように言うミハエルだが、冷や汗が背中を気味が悪いほど滴り落ちていた。
さり気なく少し体ごと前に出て、後ろにいるシンシアと師を庇う。
「貴様等っ!その汚い足を今すぐその紙から退けろっ。さもなくば、その役立たずの足を叩き斬るぞ。」
さり気なく、慎重に庇ったにも関わらず、研究にしか目がない師は大事な資料が汚されるのが耐えられなかったようで、ズカズカと土足で紙を踏みしめている兵へと近付き、怒りをぶちまけに行った。
そんな行動をすれば当然、辺りにいる魔法使いにバレるわけで。
「あっ、居た。マーク・アーネストだな?王からの命により、貴殿を王都へと連行する。」
あっさり優しい口調の男性に押さえ込まれた。
「どこかで見た顔つきだな。」
「…いやぁ、人違いでは?」
師が捕まった事で思わず舌打ちが出そうになった時、まだじっと見つめていた鋭い目つきの男、リドにミハエルは不意をつかれてしまった。彼がいる今、これ以上隠すのは無理そうだと諦めかけたそんな時、ややあきれ気味の声が割って入ってきた。
「義兄上、その方を放して下さい。さもなくば、酷い目にあわされますよ?叔父上も、彼に会った事があるに決まってるでしょう。わかっているなら、彼を困らすのはやめて上げてくれませんか。」
「ルビウス、王の命令だ。それにこの人は、マーク・アーネストに間違いないだろう?」
喚くアーネストを抑えながら、マイクという男はルビウスに四苦八苦しながら答えた。そんな彼に、ルビウスは呆れたように伝えた。
「義兄上、王都にある記述を読まれていないのですか。マーク・アーネストに関して唯一王都に残っている記述に、最終的に記されているものは、何万年も前の事ですよ?」
幾ら魔法師が長生きだからって、まだ生きてる訳ないでしょうとルビウスは続けた。
魔法師の最年長と言われるシリウス=ジウ・カインドで、現在百歳を少し過ぎた頃。つまり、それ以上年上の人物は、魔法師では実在しない。
「まさか、何万年も前から生きてると?それだと神にでもなれるんじゃないですか。」
腕を組んで近くの壁にもたれながら、こう彼は付け足した。
「叔父上も遊びが過ぎます。」
「リド様!?まさか知ってらしたのではっ。」
それを聞いたマイクは、パッとアーネストから手を放して、リドに駆け寄った。
「さぁ。」
「勘弁して下さい!で、この人は誰なんです。」
問い詰めるマイクに、興味が無いと言うように気が抜けた返事を返してきたリド。その叔父の変わりに、ルビウスが簡潔的に述べた。
「フランツ=アーク・アーネスト伯。初代マーク・アーネスト伯から数えて25代目。魔法学研究、第一人者の職を持つ。…どこか間違いがございましたか?」
にこやかに微笑んだルビウスを胡散臭さそうに見やって、アーネストはいいや?と不機嫌そうに答えた。
「それは大変失礼した。こら、お前達、早く離しなさい!」
慌てて兵士達をアーネストから放すと、マイクは後日お詫びに伺うと言って今日は失礼すると言ってきた。
「リド様、とりあえず帰りましょう。」
「あぁ、オルセンの末の息子か。」
マイクに追い立てられながら、やっと思い出したと立ち止まったリドに、ミハエルは黙って頭を下げた。
「オルセン?カインドの分家だと言われてる?」
その言葉に反応したマイクは、驚いたようにミハエルを見やった。
「この間、お前を探しに母親が屋敷に来たぞ。あんまりあれを心配させるな。」
「…はい。」
「帰るぞ、マイク。」
「えっ?リド様、ちゃんと説明をしてください!」
すたすたと部屋を去るリドを追って、マイクと兵士達がぞろぞろと後を追って言った。
「…はぁー。」
その行き先を見送ると思わず、重いため息が口を出た。
「おい。」
そこへ、ドスが利いた不機嫌そうな声がかかった。身を逸らして見やると、睨みを利かせるルビウスの姿が。
「…悪い悪い。」
小さく謝罪を述べ、右手だけで拝むように向けた。
「なんだ、ミハエル。カインドと知り合いか。」
そこへ割って入って来たのは、師であるフランツ。顔は不機嫌そうに歪んでいる。
「えぇ。」
どう紹介をしょうか、はたまたどのように言い訳をしようか思案しているミハエルを押しのけ、ルビウスはふんわりと笑って口を開いた。
「はじめまして…ですね。フランツ=アーク・アーネストさん。デイビッドがお世話になってます。」
「デイビッド?うちにいるのは、ミハエルという見習いだ。笑えない冗談は他で言ってくれ。」
ふんと睨みを効かし、散らばった資料を片付け出したフランツは、まるでルビウスを置物のように扱う。
「…まだ言ってなかったのか。」
「いや、だって聞かれなかったし。」
そんな意味深長がありそうな会話を交わす、ルビウスとミハエルの二人。ルビウスにじろりと睨みつけられ、ミハエルが肩をすくめたところで、無惨な姿となった部屋にエミリカとシンシアがやってきた。
「ミハエルというのは本当の名ではないの?」
「えぇ…、黙っててすみませんでした。俺の本当の名は、デイビッド=サム・オルセンです。こっちは親戚で、友人のルビウス。」
「お初にお目にかかります。カインド現当主。ルビウス=レオ・カインドと申します。」
「まぁ。」
紹介してもらい、優雅に紳士の礼をするルビウス。その姿をエミリカは、驚きで目を丸くさせて見つめた。反対に、シンシアは眉をひそめてルビウスを睨んだ。
「そうならそうと言ってくだされば。はじめまして、カインド公爵。わたしはエミリカ・ランディ。こっちは娘のシンシアです。フランツ…。アーネストさんとはお隣で仲良くさせていただいていて。ミハエルにもいろいろと助けて貰いましたの。…彼とはどれくらいのお付き合いに?」
「では、エミリカさんとお呼びしても?…そうですか。それは良かった。彼がこちらでうまくやれているのか、心配していたのです。いや、デイビッドとは腐れ縁のようなもので。学友の頃から迷惑を被っていました。」
あらまぁと笑い声を上げるエミリカは、自分をエミリカとシンシアとも仲良くしてやってほしいと言って続けた。
「じゃあ、これからはデイビッドと呼んだ方がいいのかしら?」
「いえ、今まで通りミハエルで構いません。本名はとうの昔に、置いてきましたから。」
話を振られたミハエルは、にっと笑ってそう言った。
「うちには、デイビッドなんぞおらん!」
「あら、フランツったら。」
集めていた書類を机に叩きつけて、フランツが叫んだ。その姿に苦笑して、エミリカは散らばった書類を片付けるのを手伝う。片付けるそばからフランツが書類を舞上げて喚くので、一向に片付かない。
「…今日は、アーネスト伯に折り入ってお話があったのですが。また日を改めて参ります。その代わり、彼をお借りしても?」
書類を片付ける二人の姿を見ながら、ルビウスは静かにフランツに聞いた。しかし。
「ミハエルには夕食を準備してもらわなくちゃならん。お前なんぞに貸す暇はない。」
ルビウスをちらりとも見ずに、フランツはそう返す。
しかし、ここであぁそうですか、と引き下がるルビウスでもない。
「そこをなんとかお願いします。アーネスト伯。」
しつこいほどの頼みに、しばしフランツは黙り込んで思案した。長い時が過ぎたような沈黙の間の後、師はぼそりと呟いた。
「…五分だ。それ以上は許さん。」
「わかりました。」
ありがとうございます、とにこやかに笑みを浮かべたルビウスは、ミハエルの首元をひっつかんだ。
「それでは、また。」
ずるずると引きずるようにミハエルを引っ張って、二人は部屋を出て行った。二人が向かった先は、夜も深まった屋敷の外。外に出たルビウスは、ミハエルを放り出すように無造作に放った。
「…デイビッド。」
「だから、さっきから悪いって謝ってるだろ。」
よろめきながらも体制を整えたミハエルは、久々に呼ばれた本名に眉を寄せた。
「その名前で呼ぶのやめろって言ったよな。」
「お前がまともな仕事をしてないからだろ。」
「…俺のせいじゃねぇよ。」
「報告はどうした?数ヶ月に一回でいいと言っている報告が、まともにされていない。それを他人のせいだと言うのか。」
「…これでも見習いは忙しいんだよ。」
唸るように吐き出した言葉をルビウスは、困ったものだというように首を振った。
「戯言を言って遊んでいる暇じゃないんだ。…君だって、わかってるはずだ。」
「わかってるさ。けど、本当に報告出来ることなんて、あの人は研究していないんだよ。」
「それはこちらも承知しているよ。だけどね、元老達や大臣らはそうそう頭が柔らかくないんだよ。うちの爺様を抜いてね。」
「あぁ、知ってる。…感謝してるさ、ルビウス。」
こちらの報告が無ければ、攻められるのは上司であるルビウスだろうに。そんな事は二の次で、自分の身の上を心配してくれる。いつも思ってはいるけれど、なかなか口を出ない感謝の言葉をこの時ばかりは自然と言えた。
「いいや、僕に感謝するのは変だよ。大したことは何もしちゃいないんだから。…友人が困っていたから手を貸した。ただそれだけさ。本当にありがたく思っているなら、アーネスト伯に言うべきだ。見知らぬ若僧を何も聞かずに匿ってくれているんだから。」
その言葉は、自分に言われる言葉ではない。
そう言って苦笑する悪友に、懐かしさが込み上げる。――そう彼は言って、何度自分を助けてくれたか。
わかってない。そう小さく呟いて、ミハエルは苦笑した。
不思議そうに、こちらを見るルビウスに言う。
「来週には、報告書を送る。目を通してくれ。…で、今日はそれだけの為に、わざわざこっちに来たんじゃないんだろ?」
ルビウスは、その問いにうっすらと笑みを湛えた。
「あぁ、君には言っておこうと思って。」
何を、とは聞かなくても分かる。
「見つけたよ。案外、近くにいたみたいだ。」
そう続けた彼は、無数の星を見上げている。
「そりゃあ、良かった。でも相手は、未成年だろ。どうするつもりだ?」
「とりあえず、迎えに行く。カインド(うち)で保護する。」
「へぇ。」
「なんだ、反応が薄いな。」
脆い塀に背中を預けて星を見上げていたルビウスは、星空から視線を外し、ミハエルを見ながら苦笑した。対するミハエルは、困ったように首をすくめてルビウスの隣に移動した。胸元程しかない灰色の壁に両肘を乗せ、指を顔の少し前で弄る。
「お前なら、その内そうするだろうって思ってたからな。」
「そうか。…もうすぐ五分か。」
懐から鎖の付いた、さほど大きくもない、しかし随分と古びた錆色の時計を取り出して、時刻を確認するとルビウスは壁から身を離した。彼が身を離すと同時に、灰色の壁面がパラパラと崩れた。
「時刻を守らないと煩いだろう。…伯爵とランディ親子によろしく伝えてくれ。後、報告書を忘れないように。」
「…わかった。気をつけて帰れよ。」
「あぁ。…また来るよ。」
念を押すルビウスにひらひらと手を振ってそう言うと、ルビウスはそれじゃあと言って身を翻した。
闇が彼を覆って。
渦巻く闇は、まるで竜が空に向かって登りあがるように、力強く。
闇がこの地を離れる際に、巻き起こった肌寒い風をふわりと身に受け、黒緑色の髪がなびく。
「…見つけた、ねぇ。」
ふーんと一人、誰に言うでもなく呟いた。
久しぶりに会った悪友の姿をその場でしばらく見送っていたミハエルは、にやりと口元を緩めた。
彼は等々見つけ出したようだ。
探し求めた愛しの人を。