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第2話 山頂の魔法使い

少年が山を登りきり、頂上にある寂れた屋敷についたのは、日もどっぷり暮れた夜のことだった。山頂にあるこの屋敷は、少年の師が所有する建物だ。今にも崩れそうな建物だが、師の魔法のおかげでなんとか持ちこたえている。


「只今戻りました。…師匠?」


がらんとした屋敷内には、使用人達もおらず、ホールも何年も積もった塵があるだけで、すっかりお馴染みの玄関ホールが少年を迎えた。また研究に夢中になってるのかと呆れた時、左手にある扉が開き、ボサボサの赤毛を振りかざした中年の男性が姿を現した。ボサボサのせいで顔は見えないが、髪の隙間から覗く水色の瞳は、すっかり怯えていた。


「ミハエル!大変だっ。一大事なんだ、助けてくれ。」


ヨレヨレの白いシャツに、くたくたの優しい色のズボンは埃ですっかり汚れていたが、そんなことは本人にとってどうでも言いようで、くるりと背を向けて部屋の中へと入っていき、切羽詰まったように声を張り上げた。


「ミハエル!」


「はいはい、今行きますよ。」


ミハエルと呼ばれた少年は、フードをとって何やら呟くと、背の高い青年へと姿を変えた。黒に近い深緑の短い髪が静かになびく。

ミハエルは師が消えた扉の近くに立つと、開け放たれた部屋の中をゆっくりと伺った。彼が慎重になるのは、今までの経験から言ってあの師が一大事だと騒ぎ立てた時、部屋の中では見知らぬ悪魔を召喚して暴れ回れたり、人喰い植物が何故かいたりと命に関わる危険があるからだ。

食堂であったその部屋を覗けば、案の定中央にいたのは机を押し潰して怒っている巨大な山犬だった。その姿を確認すると、ミハエルは仕方なしに無防備にも山犬へと近づいていった。金色に輝く山犬は暁色の瞳をミハエルに向け、既にぺちゃんこになった机を踏み台にして飛びかかった。


【真の姿に戻りたまえ】


ミハエルが右手を山犬に掲げ、そう言うとヒュンと冷たい風が吹き、風がやむ頃には山犬は金色の髪をした可愛らしい女性へと変わっていた。


「シンシア・ランディ!また君かっ。いい加減に師匠の食堂を毎回壊すのを止めてくれ。師匠も師匠です!山犬の研究をしたいからって、防御壁を造らず変術させるなんて。私が居る時にしてくださいって何度言えば…。」


片眉を釣り上げて地面に座り込む女性を睨み、更に群青色の瞳みは、隅に隠れていた師を見つけ出し叱りつけた。


「勿論、わ、わかってるさ。本当だ。だけど、君がいつ戻ってくるかわからなかったから…。」


師の弁解にふんと鼻を鳴らして無視すると、ミハエルは歩きながら全ての家具を直していく。いや、壊れた家具がミハエルの怒りに恐れおののいて、元に戻っていったと言う方が正しいかもしれない。


「私は着替えてきます。その間に師匠はきちんと髪を整えて、着替えてください。ミス・ランディはエミリカさんを呼んで来て下さい、良いですね?」


師匠は慌てて、部屋を出て階段を登って行ったが、シンシア・ランディはぶつぶつと悪態をついていた。


「何か?」


その姿に 嫌みっぽく微笑むとシンシア・ランディはムスッとしながら言い返してきた。


「いいえ、何でもないわ。何でもねっ!母さんを呼んでくるわっ。」


ドスンドスンと女性が歩く音とは到底思えないぐらい、荒い音を立てて彼女は屋敷を出て行った。ミハエルも着替えるため、部屋へと消えた。


マーク・アーネスト。


その名で知られるシュバリエ山脈地方にいる唯一の魔法使いは、その本性を知る者は極わずかだ。何故なら、ルグリスという村の気高い山頂に住み込み、めったに人前に現れないからである。単に人付き合いが苦手なだけなのだが。

ある者は、人を食らう邪悪な魔法使いだ、と。ある者は人のよい少年だとか。昔はそんな話がちらほら聞けたが、最近ではあまり聞かなくなった。魔法を信じなくなったのも関係するが、噂話をしているほど人々の生活に余裕がなくなった事が一番に関係しているだろう。

マーク・アーネストを知ろうと言う者が少なくなったのは良いことだが、ミハエルは少し頭が痛い事に直面していた。ぴったりとした暗い焦げ茶色のズボンにふんわりとした灰色の服に着替えると、先程の空っぽの鞄を持って食堂へと降りた。

食堂の扉を開けようとした時、丁度玄関からお隣のランディ親子が入ってきた。


「あぁ、エミリカさん。ご足労頂きすいません。」


ミハエルは申し訳なさそうにシンシアの母、エミリカへと手を伸ばし軽く触れるだけのキスを落とした。


「いいえ、いいのよ。気にしないで。シンシアがまたやらかしたみたいだから。」


母親の後ろで顔を赤くする娘に意地悪く笑うと、ミハエルにマークは?と聞いてきた。


「食堂でお待ちです。」


ミハエルの誘導で食堂に入っていったエミリカを見届け、チラリと隣にいたシンシアをミハエルは見た。


「君はまだ居るのか?」


「えぇ。いけない?」


「いいや?お好きにどうぞ。」


まだほんのり赤い頬に気づいているのかいないのか、ミハエルは素っ気なくそれだけ言って師匠の元へと向かった。


「ねぇ、ミハエル。マークたったらこんなに着込んで。」


可笑しそうに笑うエミリカを見、そして着膨れした師匠を見てミハエルは顔をしかめた。


「えぇ、師はいつもユーモアに溢れてますから。」


そう言い残して、ミハエルは食堂の奥にある厨房へと消えた。「ミハエルは何を怒ってるんだ?」と師の言葉を小耳に挟んで。


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