4 初めての客人
本日 4 回目の投稿です。
レイシアがロシュフォール子爵邸に買われてから数週間が過ぎた。
日が昇る前に起きて水汲みをすることにも慣れた。
庭園や玄関ホールの掃除も、ロレーヌに褒められることが増えた。
そんなある日のことだ。
起床後、使用人部屋の前にレイシアとジュリーは並んでいた。背筋を伸ばしている。
並ばせたのはメイド長のロレーヌだ。
彼女はやや硬い顔で告げる。
「本日はご主人様に融資をしている商会の重役が来ます」
「うへぇ……なんでそんないきなり? 前から決まっていたんだったら、教えておいてほしいですよね」
ジュリーが見るからにうんざりした表情になる。
すかさずロレーヌがビシッと注意する。
「ジュリー、そのようなだらしない顔をお客様に見せてはなりませんよ」
レイシアには二人がなぜ緊張しているのか分からないが、あまりいい予感はしない。
「あの、どのようなお客様なんですか?」
知っておかないと、粗相をするかもしれない。
「さっき伝えた通りです」
「要するにエドモン様に金を貸してる金持ちってことだよ」
ジュリーが噛み砕いて説明してくれた。
「まあ悪い人じゃないんだけどさ。エドモン様の機嫌がどうなるか分からないから心配なんだよ」
エドモンも不機嫌になることがあるのか、とレイシアは思った。
レイシアに接する時のエドモンはいつもにこやかだからだ。
「言葉が過ぎますよ」
「はーい、ごめんなさい」
ロレーヌがジュリーの軽口を嗜め、ジュリーは一応謝る。
反省した素振りはなく、ロレーヌは溜め息を漏らした。
「とにかく、重要なお客様です」
ロレーヌがジュリーに目を向ける。
「昼食会もありますので、いつもより料理に手をかけなさい」
ジュリーが頷くのを確認してから、ロレーヌはレイシアに向く。
「レイシアは念入りにアプローチと玄関の掃除を。玄関ホールからダイニングにかけても丁寧に掃除なさい。塵一つ残してはいけませんよ」
「は、はい!」
レイシアにも緊張がうつる。
「私は食器のチェックやダイニングのセッティングなどをします。レイシア、分からないことがあったらきちんと訊くのですよ? 曖昧なままにすることが一番悪いことです」
「わ、分かりました」
ロレーヌはもう一度ジュリーとレイシアの顔を見て、頷いた。
「乗り切りましょう」
「はーい」
「はい!」
三人はそれぞれの持ち場へと移動した。
レイシアは言われた通り、庭園の掃除をする。大事な客との昼食会ということであれば、客は昼になる前には来るはずだ。
時間がない。ちんたらやっていたら、間に合わない。
丁寧に、かつ迅速に手を動かしていく。ちゃんと石畳の継ぎ目の土を落とし、装飾も念入りに磨いていく。
ここ数週間の慣れで、てきぱきとこなしていく。
(ロレーヌさんやジュリーさんには全然及ばないけど……)
いつの間にか昇っていた陽は高くなり始めていた。
客が通るであろう場所を優先的にきれいにしていく。
客の目が届かない浴室なんかまで掃除していたら、時間がいくらあっても足りない。
必要最低限の掃除は終わった。
次に何をすべきか、ロレーヌに聞きに行く。
「ダイニングのセッティングを手伝ってください」
「えと、どうすれば……?」
「まずはテーブルクロスの皺を伸ばしてください。それからナプキンを畳んでください。折り目をきれいに揃えてくださいね」
レイシアは言われた通りにする。
「次は食器を並べてください」
「……置き方とかあるんですか?」
「いずれしっかりと覚えてもらいますが、今日のところは私の真似をしてください。後で私が調整しますので、割らないようにだけ注意してください」
ロレーヌが下皿やグラス、ナイフやフォークを並べていく。
それを見ながら同じように並べていくが、ロレーヌのように整然とならない。
「最初はそのようなものです」
ロレーヌが最後に整えると、窓辺に行って陽の高さを見る。
「そろそろお客様がいらっしゃる頃です。レイシアはジュリーの手伝いに行ってください。私はご主人様にお声掛けしますので、あなたたちも準備ができたら玄関に来てください」
「は、はい!」
レイシアは急いで厨房に行く。
厨房はいつもより良い香りで満たされていた。
「あの、ジュリーさん、お料理はどうですか?」
「なんとかやってるよ。そっちは大丈夫?」
「はい。もうすぐお客様が来るみたいです」
ジュリーは話しながら、手も同時に動かしている。
器用なものだとレイシアは思った。
「前もって分かってたら、前の日に仕込みだけしとくんだけどね。食事会が始まるまでに全部作るのは無理そう。料理をダイニングまで運ぶのはレイシアにお願いするかも」
「頑張ります!」
「あんまり気張りすぎると、良くないよ。肩の力を抜きなよ。レイシアはお客さんのお出迎えに行って。ロレーヌさんと同じようにしてたら大丈夫だから」
ジュリーにそう言われ、レイシアは今度は玄関に向かう。
既にロレーヌはそこにいた。ここの主であるエドモンとその妻イザベル、娘マリアンヌも並んでいる。
「主よりも遅く来るなんて……メイドのくせに」
イザベルがレイシアを一瞥し、ぼそりと呟いた。
「も、申し訳ございません……」
レイシアが顔を青くして謝る。どうにもイザベルには不興を買っているようだ。
マリアンヌは何も言わずにじっとイザベルとレイシアの様子を見ていた。
「まあまあ、落ち着きたまえ、イザベル。まだ新人だし、ロレーヌと同列に考えることはできんよ」
エドモンがフォローしてくれたおかげで、イザベルにそれ以上の嫌味は言われなかった。
「レイシア、ついてきてください」
ロレーヌの後を追って、玄関を出て門に向かう。
門でしばらく待っていると、ガタガタと馬車が石畳を進む音が聞こえてきた。
やがて屋敷の前で停まり、中から恰幅のよい男性が降りてくる。
「門を開けたら、頭を下げてください」
ロレーヌがレイシアだけに聞こえるように、小声で言う。
レイシアは言われた通りにする。
男性は門を通り、アプローチを進んでいく。お辞儀をしているので見えないが、なんとなく視線を感じた。
客の男性が通り過ぎてから、門を閉め、ロレーヌとともに男性の後をついていく。
玄関では男性とエドモンが親しげに挨拶を交わした。
その際、男性が調度品をそれとなく見ていたのに気づいた。
(本当にああいうのを見るんだ……)
レイシアは漠然とそう思った。
その後は、本当に忙しかった。
ダイニングに客を通した後、昼食会が始まったが、レイシアは厨房とダイニングを行ったり来たりだった。
息をつく暇もなかった。
慌てていて食器を鳴らしてしまい、イザベルに小言を言われた。一度や二度ではない。
マリアンヌの視線もそのたびに感じた。
レイシアには給仕の技術はまだないので、ロレーヌ一人で行っていた。
ロレーヌが料理の入った食器を音もなくテーブルに並べるのは素直に凄いと感じた。
動き回っているうちに、昼食会は終わった。
その後もエドモンたちの話は続くようだ。ロレーヌがそこに控えるので、レイシアは食事の後片付けを命じられた。
後のことはロレーヌがやるとのことだった。
もう客の前に出なくていいことに安堵しつつ、厨房でジュリーと一緒に皿洗いをする。
「レイシアちゃん、お疲れ様」
「あ、ジュリーさんもお疲れ様です」
同じ四人分でも、孤児院の粗末な食器とはえらい違いだ。
皿洗いが終わっても、メイドの仕事は終わらない。
客を迎えるため後回しにしていた洗濯をしないといけないのだ。
本当に忙しい。
午後の仕事をしていると、エドモンがやってきた。
どうやら客との話し合いは済んだようだ。
「レイシア、今日は大変だったろう」
エドモンから労いの言葉をもらい、少し嬉しくなった。
(ご主人様の顔を汚さずに済んだかな)
「これからも頼むよ」
そう言って、エドモンがレイシアの肩に手を置いた。それはなんでもない労いの所作だ。
しかし、その手には妙な熱が籠っている気がした。
次回投稿は明日 12 時頃の予定です。




