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水底のレイシア  作者: 彼岸茸


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3 新米メイドの一日

本日 3 回目の投稿です。

 早朝、レイシアはメイド長――ロレーヌに叩き起こされた。


「いつまで寝ているのですか! 早く起きなさい!」


 ロレーヌの高い声に目が覚める。

 まだ少し頭がぼんやりとするのは、慣れないベッドで眠りが浅かったのかもしれない。身体も少し強張っている。


 上体を起こしてから、伸びをする。

 窓の外に目を向けると、空はまだ暗い。

 孤児院でも早起きだったが、空が明るみ始める時間だった。今はそれよりも断然早い時間だ。


「レイシア、今日から仕事を覚えてもらいます。まずは着替えなさい」

「はい!」


 早速今日から仕事だ。右も左も分からないが、一つずつ覚えていくしかない。

 レイシアがメイド服に袖を通す。まだ慣れない服に、少しくすぐったいような、落ち着かないような感覚があった。


 ロレーヌはレイシアのエプロンをまっすぐに直すと、「ついてきなさい」と移動を始めた。


「まずは水汲みをします。ご主人様がたの洗面用、厨房用、掃除用です」


 ロレーヌは説明しながら、足早に歩く。

 レイシアは遅れないようについていく。慣れればあんなに速く歩けるようになるのだろうか。


 まだ空に星の浮かぶ庭園は肌寒かった。

 手に息を吹きかけ、こすり合わせる。


 井戸にはすでに他のメイドがいて、水汲みをしていた。手慣れた様子で、桶に水を移し、どこかに運んでいく。


「レイシアはまだご主人様がたの寝室には近づかないでください。あなたが運ぶのは厨房です」

「分かりました」


 井戸から水を汲むのは慣れている。孤児院で毎日やってきたのだ。

 孤児院の井戸よりも滑車がスムーズに動いて、楽なくらいだった。


「上手なものですね」

「あ、ありがとうございます。滑車の滑りがいいから」

「ああ、それはジャンの仕事がよいのでしょう」


 レイシアは首を傾げた。


「ジャン、ですか?」

「屋敷の雑用係です。いつか顔を合わせることもあるでしょう」


 きっとその人が錆取りをしているのだろう。

 レイシアは桶を慎重に持ち上げ、指定された水桶に水を移す。

 水を溜めた桶を抱えて、厨房を目指す。


「意外と手際が良いですね」


 ロレーヌに褒められて少し嬉しくなる。


「あ、ありがとうございます。孤児院でもよくしてましたので」


 記憶を頼りに厨房に水を運ぶ。

 なんとか迷わずに行くことができた。


 厨房に入ると、暖かい空気に包まれた。冷えた身体に心地よい。

 鍋が火にかけられ、刻んだ香草の香りが漂っている。もう、匂いだけで孤児院の塩味だけのスープとは違う。


 厨房担当のメイドが、レイシアを一瞥して言った。


「その水はこっちにお願い。流しの横に置いてね」

「はい」


 水を置き終えると、ロレーヌが尋ねた。


「レイシア、包丁は扱えますか?」

「えと、野菜をざっくり切るくらいは……」

「十分です」


 その後、食器や鍋などを片付ける場所を教えられた。

 一気に言われても覚えられるものではない。ロレーヌもそのことは分かっているようで、


「やりながら覚えるしかありません」


 そうフォローしてくれた。

 それでも、なるべく迷惑をかけないように頑張って覚えようと努力する。


 ふとレイシアの腹からかわいい音が鳴った。

 そういえば、朝起きてから何も口にしないまま働いていた。


「朝食を摂りますよ。ジュリー、準備はできていますか?」


 先輩メイドはジュリーというらしい。


「もちろんです、ロレーヌさん」


 ジュリーは厨房の片隅を指した。

 テーブルに三人分のパンとスープが用意されていた。レイシアたちが水汲みに行っている間に作ったようだ。手際のよさに驚く。


 腹が満たされたので、仕事に戻る。


「洗濯に向かいます。午前中に終わらせないと乾きません」


 洗濯場に行き、大きな桶に水を張った。そこに今日洗わないといけないものを浸す。

 水は冷たく、すぐに指先が白くなった。


「弱くこすっても汚れは落ちませんが、強くしすぎると布が傷みます」


 孤児院では洗濯もしてきたが、上等な布の扱いなんて分からない。

 布の種類も、触った感触で覚えろと言われる。

 粗い麻、柔らかい綿、そして滑らかな絹など、素材はさまざまだ。

 素材によって洗い方も変えないといけない。ここでも覚えることは盛りだくさんだ。


(これは……きっと高い)


 絹に触れるのは初めてだった。

 怖くて力が入らず、布がするりと指から逃げる。


「落としてはいけません。泥が付いたら終わりですよ」


 ロレーヌが言い、レイシアの手を取り、正しい持ち方を教えてくれた。

 洗い終わったものをロープに引っかけて干していく。


 慌ただしく動き回り、気がついたら昼過ぎになっていた。

 レイシアに教えながらだから、いつもより時間がかかっているのかもしれない。そう考えると申し訳ない気持ちになる。


 遅めの昼食を摂ってから、午後の仕事に取り掛かる。


 次は庭園の掃き掃除に行く。

 実際に掃除に取り掛かる前にロレーヌが注意事項を伝える。


「石畳の継ぎ目は土が溜まりやすいので、丁寧に掃いてください。集めたごみは専用の桶に集め、屋敷の裏手にある箱に移します」

「あの、雨とか風が強い日はどうしたら……?」

「危ないので、無理に掃除をする必要はありません。道具が壊れては意味がありませんから」


 レイシアはほっと安堵した。そんな日にまで掃除をしろと言われても、どんどん落ち葉や泥が補充されるだろう。


「そういう日にすべきこともありますが、その時に教えましょう」


 ここからは手を動かす。

 孤児院でも掃除はしていたので、要領はなんとなく分かる。

 ロレーヌの動きには到底敵わないが。


(あ、あの井戸……近づいたらダメなやつだ)


 あの周辺はどうしたらいいのだろうか。


「あの、ロレーヌさん」

「なんですか?」

「あそこはどうしたらいいですか?」


 レイシアがちらりと古井戸に視線を向ける。


「あそこには近づかないでください。掃除も不要です」


 庭園の掃き掃除が終わると、玄関、玄関ホール、階段と順に掃除をしていく。

 細かい部分や凸凹した部分が多くて、大変だ。

 飾り柱の彫刻を傷つけないかひやひやする。階段の手すりはささくれ立っているところもあり、布が引っかかる。


「気をつけなさい。布もただではありません。手で形を覚えることが大事です。ささくれがあったらジャンに言いなさい。修復してくれます」


 ロレーヌは口調は厳しくも、丁寧に教えてくれる。

 怒鳴られるだけだと思っていたレイシアはほっとした。


 掃除が終わる頃には、陽が傾き始めている。

 だがやることはまだある。洗濯物の取り込みだ。

 日当たりも風通しも良い場所で、触ってみるとちゃんと乾いていた。


 綺麗に畳んでいると、ジュリーがやってきた。


「新人ちゃん、どう? やれそう?」

「えと、頑張ります!」

「あはは、元気だね」


 ジュリーが苦笑した。


「孤児院で鍛えられたのでしょう。慣れれば、立派な戦力になるでしょう」


 ロレーヌはレイシアをそのように評価した。

 レイシアからすると過大評価な気がして、身を小さくする。


「あ、あの……」

「メイドはお二人だけなんですか?」


 屋敷の広さからすると少ない気がしていたのだ。


「違うよ」


 ジュリーのその言葉に安堵しかけたのだが、


「レイシアちゃんが来たから三人だよ」


 ジュリーはそう続けた。その言葉にレイシアは驚いた。

 レイシアが来るまで、たった二人で屋敷の家事全般をしていたということだ。


「いやぁ、ほんとレイシアちゃんが来てくれて助かるよ。買い出しに行く余裕もできるし、休日の頻度が上がるね、ロレーヌさん」

「……そうですね。はい、おしゃべりはここまでです。ジュリー、夕食の準備があるでしょう? 時間がありません。ご主人様をお待たせするわけにはまいりませんよ」


 ロレーヌの指摘にジュリーが肩を竦めた。


「そうだった。レイシアちゃん、手伝ってもらえる?」

「は、はい!」

「私も手伝います」


 三人で協力して、エドモンたちの夕食は無事に完成した。

 下げ渡された食事を食べて、レイシアは使用人室のベッドに倒れるように横になった。


 手も足も動かし続け、へとへとである。


(疲れた……でも、早く慣れなきゃ。早くお仕事を覚えなきゃ)


 今日一日で教わったことを、頭の中で反芻する。

 早く覚えれば、それだけロレーヌやジュリーの助けにもなる。

 分からないところはちゃんと教えてもらえる。


 だから、レイシアは頑張れる。

次回投稿は本日 20 時半頃の予定です。

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