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水底のレイシア  作者: 彼岸茸


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12 奪われた休日

本日 2 回目の投稿です。

※本話にはセクハラ描写があります。苦手な方はご注意ください。

 くたくたになりながら数日頑張った。

 明日になれば、心身を休めることができる。


 エドモンに触られることも、イザベルに怒られることも、マリアンヌに命令されることもない。

 ずっと使用人室にいてもいい。


(でもそうしたら、ジャンさんに会えない……)


 今日もいつものように日中の仕事は滞り、寝る時間は遅くなった。だが、明日は朝早くに起きる必要はない。

 ロレーヌにもジュリーにも「しっかり休みなさい」と言われた。


 そのことに安堵したのか、すぐに眠りに落ちた。


     ◆


 朝、まだ暗い中、レイシアは体を揺さぶられた。

 レイシアが非番であることは、屋敷の全員が知っているはずだ。


 日頃の疲れから、なかなか覚醒できずにいると、揺さぶる力が強くなる。


「ねぇ、レイシア」


 甘ったるい声が耳元で囁かれ、心臓が跳ねた。

 レイシアは飛び起き、相手――マリアンヌに頭を下げる。


「お、おはようございます、マリアンヌ様」

「うん、おはよう」


 疲れが取れず、頭がぼんやりするレイシアに対して、マリアンヌはとても良い笑顔を浮かべている。


「あ、あの。マリアンヌ様が使用人の部屋に何のご用でしょうか」

「ここで話すとジュリーが起きちゃうかもしれないわ。かわいそうだから、ついてきて」


 ちらりとジュリーに目を向けると、ぐっすり眠っている。


(いつもより早く起こされた……でも、ジュリーさんまで起こしたらダメ……)


「分かりました……」


 仕方なくマリアンヌについていくことにする。

 もちろん、レイシアの顔には微笑が貼り付いている。


 あくびを噛み殺しながら、向かった先はマリアンヌの部屋だった。

 マリアンヌは椅子に腰掛けると、レイシアに言った。


「わたくし、レイシアのことをほとんど知らないでしょう? せっかくだからあなたのことを聞きたくて」


 首を少しだけ傾けるその仕草は可愛らしかった。


「あなたともっと仲良くなりたいのよ。ほら、年も近いでしょう?」


 突然の申し出に、レイシアは少しだけ嬉しくなった。

 数日前にマリアンヌが「レイシアをもっとぐしゃぐしゃにしたい」と言っていたことを思い出せない程度には、頭が働いていなかった。


「はい! お願いします」


 身体が僅かに軽くなった気がして、レイシアはそう答えた。

 それを見たマリアンヌの笑みが深くなった。


 最初は取り留めのない会話をした。

 これまで、同年代の少女と話すなど、孤児院以来なかった。


 レイシアは孤児院の話をして、マリアンヌは貴族が通う学院の話をした。

 マリアンヌの話はレイシアにとって新鮮で、楽しいものだった。


 少し話をした時だった。


「今日はレイシアに部屋の掃除をお願いしようかしら」


 レイシアを見つめる目は、いつもの目つきだ。

 さっきまで楽しかったのが嘘のように引いていった。


 しかし、ロレーヌにもジュリーにも休養も仕事の内だと言われた。


「え……あの、今日は、その非番で……」


 だから、勇気を出してマリアンヌにそう言った。


「ええ、知っているわ」


 マリアンヌは手をパンと叩いて、続けた。


「そうだ、代わりに明日休めばいいのよ。ね、そうしましょう? お話ならレイシアが働きながらでもできるでしょう?」


 シフトを変えることなどできない。

 事前に知らせておけばまだしも、非番の日に働いたからと言って、急遽、別の日に代休を取るなど無理だ。


 実質、命令である。


「そう、ですね……承知いたしました」


 結局、マリアンヌの指示するように部屋の掃除をすることになった。

 床の掃き掃除や、窓の拭き掃除に加え、ベッドメイク、家具の移動までやらされた。

 マリアンヌの言うように家具を動かした後に、「やっぱり最初のほうがいいわね」と無駄に体力を使わされたりもした。


 その間、確かに会話をしていたが、レイシアの頭には入ってこなかった。

 最後の方は返事だけしていた気がする。


 解放されたのは昼過ぎだった。


「今日はいろいろありがとう。お礼にこれをあげるわ」

 マリアンヌは一冊の本を手渡してきた。

「文字の勉強をしているのでしょう? そんなあなたにちょうどいいと思って」


 見てみると、童話だ。確かに文字を読む練習にはうってつけだ。

 あと、単純に労働への対価を貰えて嬉しかった。


「ありがとうございます。大事にします」


 ただ、意地悪をされたり、急に優しく接されたり、マリアンヌのことがよく分からなくなった。

 ともあれ、解放されたので、マリアンヌの私室を出る。


 重いものを何度も運ばされ、体の節々が痛い。

 残り半日、休めれば体力は回復できると思う。


 だが、レイシアの受難は続く。


「レイシア、来なさい」


 エドモンのどこか粘着く声に、体がビクッと反応した。


「は、はい。何のご用でしょうか……」

「お前が見たがっていたものを用意しておいた。書斎に来なさい」


 書斎と聞いて、吐き気を催す。ぐっと堪えたが、疑問がある。


(わたしが見たいもの? 何だろう?)


 思い当たるものはない。

 それが何にせよ、雇い主が来いと言っているのだから、ついていくしかない。

 行き先がトラウマのある場所だろうと。


 エドモンの書斎に入るだけで、体が震え、膝の力が抜けそうになる。


「これを見たかったのだろう?」


 そう言って、書斎机の上を指す。そこには一冊の本があり、レイシアにも見覚えがある。


 先日、イザベルに何度もぶたれる羽目になった原因の春画集だ。レイシアはめまいを覚えた。


「マリアンヌから聞いてね。君も年頃の娘だ。こういうことに興味があるのも頷ける話だ」


 レイシアは声を出すことができず、ただ首を小さく横に振ることしかできない。


「イザベルが君から取り上げたと聞いた。まったく無粋なことをする妻で申し訳ない。さあ、好きなだけ見るがいい」


 春画集をエドモンが開く。レイシアの背後から。

 書斎机とエドモンに挟まれ、レイシアは逃げ出すことができない。


 それでも、見たくもない絵を見ないように、ぎゅっと固く目を閉じる。


 だというのに、エドモンがわざわざ絵の解説をする。鼻息荒く、春画の詳細を語る。


 エドモンの体が密着し、全身に鳥肌が立つ。

 耳も押さえたいが、体が言うことを聞かない。


(嫌……早く終わって……)


 そう念じていると、エドモンがページをめくるのをやめた。

 ほっと安心しそうになったが、次の瞬間――


 おもむろに胸に手を当てられた。


「ひっ」


 思わず声を漏らしてしまった。体がガタガタと震える。


「ははは、そう緊張することはない。私が優しく教えてやるからな」

(な、何を……? 嫌だ、嫌だ……!)


 胸に当たる手が気持ち悪い。

 早く逃げ出さないと。声を出したいのに、口はパクパクと動くだけだ。


 エドモンの手が別の場所に移ろうとしたとき、扉のノック音が聞こえた。


「ちっ、これからがいいところなのに」


 エドモンは悪態をついたが、レイシアから手が離れた。

 レイシアはなんとか体を奮い立たせ、脚を動かす。


「し、失礼します……」


 細く小さな声を絞り出し、扉に向かう。

 足が縺れた。倒れるように扉の取っ手に掴まり、勢いのまま廊下に転がり出た。


「レイシア? なぜ、ご主人様の部屋に? 非番でしょう?」


 ロレーヌだった。

 だが、レイシアに答える余裕などない。

 足早にその場を後にした。


(ジャンさん、ジャンさん……会いたい……どこ?)


 彼の顔を見て安心したい。

 彼がいるなら、まだ頑張れる。


 しかし、行き違いになったのか、ジャンを見つけることはなかった。


 彼を探している間、イザベルに叱責された気がする。記憶がおぼろげになっているが、頬が痛いのでおそらくぶたれたのだろう。


 気づいたら夜になっていた。

 ジャンを探すのを諦め、使用人室のベッドに横になる。


 そういえば朝から何も食べていない。

 だというのに、腹が空かない。何か食べたいという気にならない。


 疲弊しているはずなのに、妙に目が冴えている。


 マリアンヌからもらった童話のことを思い出し、読んでみることにした。

 拙いながらも読み進めていく。


 内容は貧乏な子の努力が実り、周囲に認められ、幸せになる話だった。

 なぜか涙が止まらなくなった。


 童話を私物箱に仕舞い、ベッドに横になる。


(……全然、休めなかった。でも、明日からまたお仕事……頑張らなくちゃ……)


 今度はいつの間にか眠りについていた。

次回投稿は明日 7 時頃の予定です。

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