第31話 裏切り者には死あるのみ
逃げおおせた俺は、
大森としての生活を畳んで潜伏していた。
次の身分や戸籍はすぐ用意できるが、
例の騒ぎが落ち着くまで潜伏を続けるつもりだ。
新聞や警察がさぞ俺をこき下ろして探し始めると思っていたのだが、
名探偵の死去を大々的に報じた。
俺の事はほとんど報道されていない。
五十嵐についても汚職と賄賂で逮捕、と言う曖昧模糊な報道しかされず。
偽二階堂については、
一言も触れられることがない。
多分、偽二階堂は戸籍がなかったのだろう。
彼女を罪に問うにせよ、
いささか存在が複雑すぎる。
それにともなって五十嵐も誤魔化しつつ逮捕されたようだ。
俺は警察の動きを知るため、
適当な平の警官に変装して潜入した。
すると。
「やぁ、怪盗。」
独房ではない。
警察署の一室に、さも当たり前のように彼女はいた。
さすがの観察眼で私の変装は見破られたようだ。
「潜入捜査か?
造り込みが甘いな。
真剣に変装してなかったろ?
お陰で私でも見抜けた。
警察の方は私と例の教団の件で今も、もてんやわんやさ。
怪盗殿については、一旦留保と言う感じか。」
手枷も足枷もない。
警官の服を着て、
普通にコーヒーを飲んでいる彼女を見て俺は察した。
「二階堂。
いや、名札には『一ノ瀬』とあるな。」
「私に『二階堂』は与えられない、と。
半分の『一』にされた。」
彼女は忌々しげにそう言った。
「命名したのは新米探偵だな。」
「怪盗にはそこまで分かるか。
流石、短期間とはいえ相棒として活動しただけはあるな。」
偽二階堂改め、一ノ瀬は鼻で笑って続ける。
「それにしても、
私がここにいてもお前は驚かないのか。
つまらんな。」
「二階堂が死んだ。
しかし、警官にはああ言う『顧問』が必要だ。
その代理人として、適任のお前を使う。
お前は罪人だからな。
報酬も適当に、手柄は警察のものにできる。
とてもとても、理にかなっている。」
俺の言葉につまらなさそうに頷く一ノ瀬。
「ただ、お前にここまで自由を与えているのは、
かなり予想外だ。」
「それはな。
それは、
『情状酌量の余地あり』と意義を申し立てたヤツがいてな。」
「……四葉め。」
俺の目には見ていないはずの、
四葉が朗々と弁解する姿が見えた。
一ノ瀬はかなり落ち込んだ顔で続ける。
「……私の計画は台無し。
全て失敗して。
年端もいかない少女に助けられた。
恥も外聞も、尊厳もなくなった気分だ。」
なんだろうか。
もう、普通に逮捕されて裁かれた方が、
一ノ瀬にとっては救いだったかもしれないと感じる。
「まぁ、お前の罪に対する罰にしては、
良いのではないかな。
四葉に死んで逃げるなんて許さない、
とでも言われたろ?」
「……。」
一ノ瀬が黙りこくった。
図星だったようだ。
俺は気を取り直して話し始める。
「こちらとしても、お前を探していた。
この状況は渡りに船だ。」
「なんだ?
私を殺してくれるのか?」
自嘲気味に一ノ瀬が笑う。
俺は苦笑いをしつつ。
「これでは俺が話した後で殺してくれ、と言われそうだな。」
「どんな話だ?」
「お前の話さ。」
俺は四葉じゃない。
探偵じゃない。
怪盗だ。
「さて、苦汁を舐めて、辛酸を舐めて。
さらに、毒にも薬にもならない救いを与えられた哀れな罪人よ。
ここを地獄とするには、まだ早いぞ。
今からするのは、二階堂の話さ。」
俺の一言で一ノ瀬の顔がこわばる。
「私は変装のために相手を下調べするがな。
以前雇っていた『元』共犯者が裏切っていたせいで、
二階堂の情報は虚偽が含まれていた。
私は改めて二階堂について調べた。
変装はもうできないが、
何か知っていれば四葉が暴れたときに使えるからな。」
「身分も財産も失った癖に、よくやるな。」
「はっ!
あの身分も財産も、
『天才』たる俺が築き上げたものだ。
失ってもまた築けば良いだけのこと。
それでな、二階堂だ。
あれは、不治の病に侵されていた。」
その一言で、一ノ瀬の顔が白紙になった。
なんの感情も読めない、能面のような顔だ。
「原因不明、前例なし。
病名もない。
ただ、身体が自壊していく。
なんの前触れもなく健康だった皮膚や筋肉、
内臓も腐敗して崩れる。
かなりの苦痛だったようだ。
アヘンなんて言うも劇薬も常用した跡があった。
お前らあの教団で、
身体をいじられ過ぎたんだろうな。
薬品とかそう言う話じゃない。
生まれもっての病だ。
そして、おそらく双子だから。
お前は病にかからなかった。」
その言葉で察したのか、
一ノ瀬の顔がみるみる青くなる。
「それは、母胎の中で?」
「そうだろうな。
一つの卵子が二つに分かれて、
一卵性双生児。
卵の劣性部分を分かれた片方だけが引き受けてしまうのは、
実証が少ないが考え得るものだ。
あいつら教団が、
双子を禁忌としたのもこのせいだったのかもな。」
二階堂は死を覚悟していた。
それは、一ノ瀬を救うためでもあったろうが、
同時に自身の身体の限界もあったのだろう。
「あの日、あの夜。
俺の目の前で死んだ二階堂は、
限界なんて遠の昔に越えた状態だったらしい。
いつ死んでもおかしくない。
そんな中で、お前らの計画を知ったアイツは、
あそこで死ぬと決めたんだろう。
全てを助手に託して。
だから、
夜中だとかこつけて四葉を現場に連れていかなかった。
自分の死に目を見せたくなかったか。
あるいは、
現場で信者が見張りをしていた場合を想定していたか。
今は知るよしもないが。」
俺はコーヒーを無理やり嚥下する一ノ瀬を待った。
「お前は全てを奪われた、
と思っていたのだろうが。
アイツは全て『持って逝こう』としたんだよ、
病も憂いも危険も。
短い命の自分と一緒にあの世へ。」
成り代わるなんて無理をして。
危険もかえりみず現場へ向かい。
事件を解決して見せ、
すべてを『二階堂の手柄』にするために。
「お前が幼いころに見た、
ちやほやされる二階堂は。
あれは、アイツが生まれついて持っている病について、
検査、研究されていただけだ。
お前がないがしろにされていたわけじゃない。」
うなだれる一ノ瀬を見つめながら、
俺は資料を取り出して一ノ瀬の足元へ投げ捨てた。
「お前のその性転換。
それすら、
お前の身体を守るためのものだったみたいだ。
ホルモンの病だったみたいでな。
お前の身体にも病の予兆があった。
それに気付いた二階堂が、進言した処置らしい。
ホルモンを抑える処置を、
と二階堂は言っていた様だが。
教団ヤツはついでに実験的に性転換してしまったらしい。」
一ノ瀬が塩をかけられたナメクジのように縮んでいく。
俺が投げた資料を拾う素振りもしない。
だが、俺は話続けた。
「お前は幼い頃から暴れまくっていたそうだな。
教団はお前を危険視していた。
それを抑えるために、
二階堂や研究員に逆らえないよう洗脳やら、
刷り込みやらで無力化していた。
それにしても、
教団のやったことは鬼畜外道も良いとこだが。
いささかお前もやりすぎた。」
俺は今にも崩れそうな一ノ瀬に追い討ちをかける。
「そうとも。
俺は『怪盗』。
探偵ではない。
犯罪者だ。
そんな俺の事をバカにして騙して、
裏切った。
俺は優しくないからな。
舐めんなよ、糞ども。」
今にも泣きそうな目で俺を見つめる一ノ瀬。
「お前に二階堂が伝えたかった事が、
ここにある。」
俺は懐から箱を取り出した。
「仕掛け箱だ。
ご丁寧に『天才なら解けて当然』、
なんてメッセージも添えられていたぞ。」
震える手で一ノ瀬はそれに手を伸ばした。
だが、俺はそれを高く掲げる。
「開けたぞ、俺が。
真っ先にな。」
青い顔の一ノ瀬は床に崩れ落ちた。
「もちろん。
中身はお前宛の手紙だよ。
先に読ませてもらった。」
一ノ瀬は地面を這って俺にすがり寄ってきた。
それを振り払い、俺は仕掛け箱を開いて見せる。
「あ……。
あぁ……。」
俺は箱の中身を一ノ瀬に見せた。
「あぁああ!」
箱の中身は空だ。
「残念だったな。
読み終えた手紙は燃やしたよ。」
箱を一ノ瀬の足元へ投げやる。
それを拾って、
そこにあるはずのない手紙を探し始める一ノ瀬。
必死に、必死にさがす。
「内容は俺の頭の中にしかない。
残念だったな!
教えて欲しいか?
ん?」
一ノ瀬はもう何も聞こえていないようだ。
一心不乱に小さな箱をまさぐり続ける。
青い顔で。
まるで親を探す迷子のように。
「無様だな。
お前は感情に振り回され過ぎだ。
お前がもし探偵だったとしても、
俺はお前を『探偵』には選ばなかったろうな。」
俺はこれ以上話はできないと感じたので、
足早に警察署を離れた。




