第16話 名探偵がもう一人死んだ
この世はなんと儚く、
そして無情なことか。
「昨日の今日、ですね。」
三橋は頭を撫でながら、
大きなため息をついた。
千田の事務所を出た後、
私たちはそのまま三橋に会い話をして事務所に帰った。
明くる日、
二階堂探偵事務所の電話が鳴り響き。
三橋から聞かされた内容は。
千田が死体で発見された。
死亡推定時刻は今朝の方五時頃。
発見者は牛乳配達の配達員。
道にできた血溜まりを見つけて警察に連絡した。
それが、朝の五時半頃。
「おじさん……。」
四葉はかなりショックだったようだ。
彼女が死体を見て呆けるのは珍しい。
出血こそひどいが、
千田の遺体に外傷はあまり見当たらない。
「被害者の名前は千田博巳。
三十一歳。男性。
職業は探偵。
元警官。」
三橋は死体に向かって敬礼をした。
通りすぎる調査をする警官たちも、
皆敬礼をしてから仕事をする。
「死因は、撲殺。
後ろから鈍器のようなもので一撃。
打撃痕からすると、
砲丸投げの鉄球くらいの大きさの球体の物かと。」
うつ伏せに倒れた千田の、
うなじから首元とよれたシャツの襟までが血塗れだ。
三橋が続ける。
「凶器はまだ発見されておらず。
目下捜索中。
目撃者は、第一発見者以外いません。
先生、これは例の宗教団体の?」
「可能はありますが、
断定するには証拠がありません。
私もそちらに行って良いでしょうか?」
少し離れたところで見ていた私たちは、
三橋の許可を得て死体へ近寄った。
「荷物がありません。
懐の財布も、手帳も。
タバコもない。
物取りにしては、取りすぎだと。」
現場検証をしていた警官がそう報告した。
「膝を擦りむいてるのは、
おそらく頭を殴られて倒れる際の傷です。
顔の打撲も、倒れたときに地面に打ったものかと。」
河川敷のそばの、
周囲に何も見当たらない道の真ん中に血溜まり。
死体はその横の背の高い草むらへ隠すように置かれていた。
血溜まりは隠されていない。
かなりお粗末。
否、急いだのかも知れない。
周囲に成人男性が隠れ得るような、
大きな物陰はない。
草むらも子供なら隠れられるが、
大人が入っても色々はみ出すくらいのものだ。
私は死体に向かって合掌して、
死体の脇にしゃがむ。
「彼の身長は、確か私と同じくらいでしたね?」
「はい。
百六十八センチです。」
外傷について報告してくれた警官がそう答えた。
それなら、この打点はかなり高い。
千田の頭頂部付近に傷が見える。
人が鉄球などを手に持って殴るにせよ、
同じ背丈かそれ以上の人物。
飛び道具だとしても、
どこからどう飛ばしてこの広い道の彼に当てる?
玉の大きさ的にも、
射出装置はそこそこの大きさが必要。
黒船が積んでた大砲くらいはないと難しいだろう。
射程が広かったとしても、
そんな大きなものが外に出されていたら違和感があるはず。
周囲には電話線と電柱くらいか。
あの上に人が乗って隠れるのは無理だ。
しかも、血溜まりのそばには電柱はない。
少し離れたところだ。
後、街灯がない。
朝五時はまだ辺りが薄暗いだろう。
朝霧もあったみたいだ。
草むらの草に朝露がまだ付いている。
血溜まりの上の電線に少したわみが見える。
その隣の電線と見比べると明らかにたわみがあるが、
漠然と風景を見ると分からない位。
私は立ち上がって、一番近い電柱まで行く。
血溜まりまでの距離は二十歩程度。
電柱と電柱の間が約四十メートル。
大体電線の真ん中くらいに千田は立っていたようだ。
私は血溜まりに戻る。
地面は舗装されていない、
むき出しの土の道なのに血が大量に残っている。
良く見ると、そこだけ地面が窪んでいるようだ。
中華鍋みたいに緩く広く窪んでいるので、
血が溜まってしまっているようだ。
私は真上を見る。
電線は道に平行に張られている。
そして、血溜まりの真上の電線に何か結わえてある。
紐か何かだ。
上に投げやって電線に引っ掻けた、と言う様子だな。
私は三橋警部に向かって声を出す。
「三橋警部、電線のあの紐を回収してください。」
「どれだろうか?
……良く見ると、何かあるな。
ハシゴを用意させよう。」
『振り子』だな。
電線の真ん中くらいに紐を結わえ、
反対側に重りを結ぶ。
千田の頭の高さくらいに重りがくるように、
高さを調整。
重りにもう一本紐をくくりつけ、
それを持って電柱を上る。
重りが電線の高さに持ち上がったら、
持った紐を電柱かどこかに結ぶ。
千田がここに着たら反対側の電柱辺りに誰かが立つ。
窪みの位置で千田を立ち止まらせて、
注意を引いてるうちに、
重りをくくっている紐を引っ張って外す。
振りかぶられた重りが、
半円を描いて千田の後頭部を直撃。
回収時は電線に結んでいる紐を切って、
重りと共に持ち帰ればいい。
犯行は一人か二人で出きる。
力も要らないから、女性ですら可能だ。
ただ、そうなると証拠がかなり限られる。
凶器は回収して廃棄か保管されるだろう。
念のため、三橋警部に電柱も調べるよう伝えた。
「おじさん……。
ごめんなさい。」
四葉は千田の遺体のそばでそう呟いた。
「アタシの事を調べたから...…。
アタシなんかの……。」
「四葉君、落ち着いて。
君のせいではない。
犯人が悪いんだ。」
私がそう言うと、
泣きじゃくった四葉は。
「かぁさん、会いたかった……。」
私は四葉のそばへ行き、
可能な限り二階堂として彼女を抱き締める。
「……三橋警部、
凶器は既に回収されている可能性があります。
さっき話した電線に結ばれた紐に重りを付けて、
振り子の要領で鉄球か何かを振り下ろす。
向こうの電柱に紐で球を固定しておいて、
千田さんが来たら紐を外せば、鉄球がここへ降ってきます。
おそらく、
この血溜まりの位置で立ち話して注意をそらす役と、
紐を外す役の二人がいたかと。
昨日から昨晩にかけて、
この辺りに誰か来てなかったか調べてもらえますか?」
「……なるほど。
人を増やしましょう。
元と言えど、仲間です。
私は悲しみよりも怒りが勝つ。」
静かに怒りを燃やす三橋警部に後は任せて、
私は四葉を連れて事務所へ帰った。




