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父の教え、今の私へ

「受験しないのだから、何か目標を立てて勉強しなさい」


 父からそんなセリフを言われたのは、中学三年生の冬の事だった。

 周りは高校受験真っただ中。推薦が決まっていち早く受験勉強から解放された僕は遊び惚ける毎日だった。


 一部訂正。

 受験勉強など端からたいしてやっていなかった。

 なにせ最初から推薦で高校に行こうと決めており、行こうと思っている高校も自分の学力であれば問題なく推薦をもらえる事を、随分早い段階からわかっていたからだ。


 みんなが受験勉強に励む中、僕はといえば、親に言い訳できる程度の勉強量をこなし、後は勉強するふりばかりしながら過ごしていた。

 勉強をしていると、何故かマンガの内容が気になってしまうもので、ドラゴンボールは何回読み直したかわからない。

 読みだしたら気が済むまで読むのを止めない性格も災いし、ゴールデンタイムのテレビ番組が終わった時間帯から、日が変わるまで読んでいる事もざらにあるほどだった。


 厳格な父はそういった僕の態度を見抜き、何度も叱ったが、少し叱られた程度では決してひるまない。

 母もテストの点数をみては、あんたはこのままじゃ高校に進めないよ、と僕を脅しつけたが、母が志望校の偏差値すらわかっていない事を、僕は知っていたので聞く耳を持たなかった。


 志望校の推薦枠が人数割れしていることも後押しになり、僕は何も焦る事はない。学校の生活態度もまるで問題ない、むしろ態度だけ見れば優秀な部類だったし、教師からのウケもよかった。


 両親も最低限とはいえ、勉強し、しかも推薦まで決めたいたので、言うに言えなかったのだろう。やがては何も言わなくなり、放任するようになった。


 しかし高校も決まって、後は卒業を待つばかりだとはいえ、さすがにその生活態度を見かねた父が言ってきたのが先述のセリフである。


 父はいくつかやる事を提案し、僕に選ばせた。何を提案されたか既に覚えていないが、その中の1つに読売新聞の編集手帳を毎日タイピングで模写する、というのがあった。


 父からの提案をやらないという選択肢はなく、どれか選ばなければならない。他の提案は面倒くさそうなので毎日タイピングを練習することを選んだ。

 それから僕は、初めてパソコンを触るようになったのだ。




 父は大変ミーハーな性格で、流行りものに弱かった。その癖、実体には触れずに本ばかり読んで知識を習得するものだから、パソコンの概要的なものについては詳しかったが、使える機能であったり、何ができるか等といった事はてんでダメだった。


 流行りに乗じてタイピングができるようにと、個人で練習しているのは知っていた。ただ大した目的もなく練習していても技術は向上せず、しかもWord以外の機能の使い方もわかっていなかったため、パソコンは既に自宅のオブジェと化していた。


 「これからの時代、パソコンが使えないとやっていけない」


 誰かの受け入りだろう、そんな言葉を僕にどや顔で言ってはパソコンを使えることの素晴らしさを説いた。その言葉を右から左に受け流して、僕はどうやったらタイピングができるかを考えていた。


 指の配置については父に教えてもらった。さすがに本を読みこんでいるだけあって、こういった基礎を教えるのは得意だった。


 まずは自分の名前を打ち込んでみると、たかだか自分の名前5文字を打つのに5分以上かかる。変換してもなかなか思った通りの文字に変換されない。


 そんな調子でたどたどしくタイピングし始める。

 編集手帳の中には、中学三年生では読めないような難しい漢字も使われていて、辞書を引くこともあった。中には辞書で引いた漢字を入力しても、変換一覧に乗ってこないで音読みで入力してようやく変換ができる事もあった。


 そんなこんなで、初日は編集手帳を全部入力し終わるまで2時間以上かかった。


 後ろで本を読みながら、僕がサボらないように見張っていた父は、それを見て少し満足げな顔をして、明日から続けるように、と命じた。




 以降、編集手帳を打ち続ける毎日が続いた。

 やり始めて気づいたことがある。それはタイピングというやつはなかなか面白いという事だ。


 読んで自分の中にたまった文字をアウトプットする。ただそれだけの行為なのに妙に集中できる。読書も集中できるが、タイピングにはまた違った趣がある。


 十日ほど経つと大分慣れてきて、編集手帳の入力も一時間かからないほどになってきた。早く入力できるようになると、編集手帳だけでは飽き足らず、自分が思い描いた事を文書にしてみる、という事もやるようになった。


 ただこれもやってみると案外難しい。何せ文書を書くなんて読書感想文以外やった事がない。だったら読書感想文を書けばいいと思い、編集手帳を読んだ感想を書いてみる事にした。


 そんな日々を一ヶ月も過ごしていたら、初めの頃と比べ物にならないほど上達した。


 父に編集手帳の写しと、それに関する感想文を書いている事を話したら、いたく喜んだ。父は、俺の薦め方が良かった、と母に大いに自慢していた。そこは僕を褒めるべきなんではないかと少し拗ねたが、父がそんなに喜ぶのもわからないでもない。


 なんでも飽きっぽい性格で、習い事も空手以外はまともに続かなかった僕が、自分から積極的に物事を追求して学習しているのだ。親から見ればこれほど嬉しい事はない。とかく、親というのは我が子の勤勉な姿に喜ぶものである。


 上の兄に比べて勉強しなかった僕が、初めて積極的に学習する姿を見て思うところがあったのだろう。今度はインターネットを僕に薦めてきた。


 「インターネットにつないで、旅行先やわからない事でも色々調べられることができるんだ」


 やはり知り合いからの受け入りだろうセリフを僕に伝え、ダイアルアップ接続の方法を教えてくれた。


 ただこの時も、やはり何をするべきかはわからなかった。今でこそ当たり前に使いこなすインターネットでも当時は周りに使っている人は少ない。

 パソコンを使っているとクラスの友人に話しても、パソコンって何ができるの? という反応でまるで話が進展しない。


 いくらか試しに検索ワードを打ち込んでみたけれど、まるで面白くない。そもそも調べる事がないのだ。面白いわけがなかった。

 ましてや旅行など行かないのだから旅行先の事など検索すらしなかった。


 年頃でもあったし、裸体の女性の画像を探しては保存したりもしたが、後に保存した画像を兄が見つけてしまい、恥ずかしさのあまり削除した。この時初めて、パソコンを家族共同で使う恐ろしさを思い知った。


 インターネットの価値を見いだせないまま、中学卒業を間近に控えた頃だった。以前から親しいような親しくないような友人と、パソコンについての話をしていた。彼は友人の中で唯一パソコンを扱える人だったので、この頃はよく話をしていた。


「受験はどうだった?」


 そんな他愛のない話から始まり、最近ダイヤルアップ接続でインターネットが使えるようになったけど、使い方がよくわからない等、そんな他愛のない話をしていたと思う。その流れで彼がパソコンで何をやっているかを聞いた。


 彼の父親はパソコンが趣味で、彼自身も詳しかった。話を聞くと専用の部屋がある程、色々使っているとの事だった。


 そんな彼の家に僕は行ってみたかった。なんせ周りで自分以上にパソコンを使えるのは彼くらいだ。パソコンで何ができるか、彼がどんな風にインターネットを使っているか等、僕は知りたかった。


 彼に頼み込んで、今度家にあがる約束を無理矢理こぎつけた。

 そして彼の自宅を訪問した日、僕はパソコンの奥深さと楽しさを更に知ることになり、『人生のターニングポイント』という瞬間を迎える事になる。




 話はここまで。

 初めてインターネットを使った日を振り返ると、思った以上に想い出がある事に気が付く。


 あの日父は、どうにか私に無駄な時間を過ごさぬよう、少しでも有意義な時間を過ごす事を願って、いくつかの課題を用意した。

 勉強嫌いな私はタイピングを選び、タイピングの楽しさに触れ、パソコンを知る事になった。

 芋づる式にインターネットに触れて、今まで趣味の違いで付き合わなかった友人と付き合うことになった。


 そして現在、ITエンジニアとして従事し、タイピングの影響で文書を書く楽しさを知った私は、小説家になろうに投稿して、もっと小説が書きたいと思っている。

 ここに至るまでは、紆余曲折大きな遠回りがあった。

 それでもあの日好きだと思っていた事が、今の私の仕事と夢に繋がっているのは驚くべきことだ。


 あの日、付け焼き刃の知識で、私にタイピングの仕方を教えた父の行為は、まさしく私の人生を変える、大きなターニングポイントとなったのだ。

 最後まで読んでくれてありがとう!

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