教官の奴隷〜連鎖〜
〜一見完璧な人間に見える朝倉。しかし彼には想像ができない趣味があった。他人の不幸に見える投稿を生きる活力にしているのだ。しかし朝倉はこの不幸に見える投稿の裏側に気づいてしまう。
そのまま彼は嘘の不幸を作り出す側に。そして新たな被害者である田嶋を生み出してしまう。
※
家族は、「お前は被害者だ」と泣いてくれた。
大学の友人は、「あいつマジでヤバいよな」と慰めてくれた。
出版社は、「潰された男の逆転劇」として、彼の原稿を待っていた。
──だが、どれも響かなかった。
すべて、嘘のように軽かった。
田嶋は思った。
「俺が望んでるのは、味方じゃない。
“俺を壊した側”に立つことだ」
※
ある日、スマホに通知が届いた。
差出人:朝倉潤
件名:「君はまだ“選ばれし者”だ」
《よう。お前がどう感じてるか、全部知ってる。
でもな、“壊された人間”ほど再構築しやすいんだ。
興味があるなら、来いよ。
場所:渋谷某所、夜の共感会議。パスコード:堕天使》
田嶋は無言で通知をスワイプし、その夜スーツを着て会場へ向かった。
そこには、10人ほどの男女。
誰もが、過去に“SNSで注目された何か”を持つ人間だった。
・自殺未遂から生還した女子高生
・親のDV体験を赤裸々に語った男
・コロナで失業して炎上した料理人
彼らは潤の前で、まるで宗教の信者のように頷いていた。
「この世界は“本物”より“演出された不幸”の方が売れる」
「だから我々は、リアルを潰し、物語を立ち上げる」
「自分を商品として捧げられない奴が、消費されるだけの時代だ」
潤は、神のように語った。
田嶋は、誰よりも早く手を挙げた。
「……俺を、そっち側に入れてください」
潤はニヤリと笑った。
「ようこそ、共感の支配者側へ」
※
田嶋の最初の仕事は、“弱者の演技指導”だった。
演者:田中ゆかり(偽名)
演目:統合失調症の弟を支える姉の苦悩
田嶋は泣き方を指導し、過呼吸のタイミングを計算し、コメント欄で自作自演の応援を加えた。
投稿後、反響は爆発的だった。
“姉の涙”に共感が集まり、noteの寄付額は1日で100万円を超えた。
演者のゆかりは泣いていた。演技ではなく、混乱の涙だった。
「これ…ほんとにいいの…?」
田嶋は言った。
「泣いたなら、それが“本物”だ。
心が痛むなら、それこそ共感装置として正しく動いてる証拠です」
その言葉は、かつて潤に言われたままのコピーだった。
※
ある夜、潤が田嶋にワインを注ぎながら尋ねた。
「後悔してるか?」
田嶋は少し考えて答えた。
「前の俺が、いちばん無価値だった気がします。
何者でもない人間が、“正しく生きようとする”ほど、ダサいものはない」
「いいね。その台詞、次の共感キャンペーンに使えるな」
潤は満足げに笑った。
「なぁ田嶋、お前さ」
「はい」
「もう、自分のこと“人間”だと思ってる?」
田嶋はゆっくりと首を振った。
「いいえ。“商品”です」
潤はうっとりと目を細めた。
「最高だ。
君の心が壊れて、やっと美しい」
※
社内イントラネット。
「共感装置・田嶋亮」のデータベースが更新された。
コードネーム:T-ZM
状態:完全従属化
感情模倣精度:97.6%
役割:エモーショナルデザイナー、被害者指導員、共感爆弾製造係
最新のキャンペーン企画が始動した。
タイトル:「あのとき、潰された僕が“潰す側”に回るまで」
著:田嶋亮
協力:朝倉潤
収益予測:月間300万PV/note定期購読モデル対応
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そして今日もまた、誰かがnoteを開く。
「この人、すごいな…」
「泣ける…」
「こんなに傷ついたのに、立ち直ったんだ…」
──でも気づいていない。
その文章を書いた“あの人”は、
もうとっくに、感情なんて持っていない。