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感情制御で最強だけど、人類は見捨てられません!  作者: さとりたい
第2章「剣に誓いし忠義」

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第7話「決行前夜」

 王城の夜は、張りつめた糸のように静まり返っていた。

 昼間には巡回を怠る兵も少なくないはずだが、この夜ばかりは足音すら乱れない。廊下の両端には衛兵が二重に立ち、槍を握る指先は白く固まっている。灯火の炎さえも息を潜めるようで、空気の張り詰め方は異様だった。


 リュシアの私室の前にも兵が立ちふさがっていた。そこへ、足早にセリアが現れる。

「姉に会わせていただけますか」

 兵たちは一瞬顔を見合わせた。王女同士であれば不自然ではない。だがこの夜は、どんな小さな行動も疑わねばならない。逡巡ののち、戸口を開いた。


 部屋の中、リュシアは窓辺に立ち、城下に散る灯を見下ろしていた。

 背に扉が閉まる音を聞いて振り返ると、そこにセリアがいた。

「……姉上」

 妹の瞳は、恐怖を押し隠しきれずに揺れていた。


「どうしてそんなに平然としていられるのですか」

 問い詰める声に、リュシアはかぶりを振る。

「平然なんかじゃない。胸が詰まるほど恐ろしい。けれど震えを見せたら、あなたまで怯えてしまうでしょう? だから私は、恐怖を押さえて立つの」

 セリアは唇を噛みしめた。

「……私は、怖い。でも、ただ黙って見ているのはもっと嫌。檻に閉じ込められる前に、何かをしたいの」


 互いの声は交わらず、同じ不安を違う言葉で吐き出していた。姉は恐怖を抑えて静を選び、妹は不安を炎に変えて動を望む。まだ二人の心は揺れていた。


 その時、窓の外に影がひらりと差した。

「……いい顔になったな」

 漆黒の髪に灰緑の瞳。ヴァル・ニールが月明かりに照らされて現れた。軽く片口を吊り上げ、肩に凭れかかるような余裕を見せる。

「恐怖も不安も、選び取れば武器になる。……鐘が鳴るまでは、大人しく息を潜めてな」

 軽口を残すと、影のように姿を消した。

 残された部屋に、ふたたび緊張が落ちる。



---


 一方その頃、謁見の間。

 王も王妃も不在の広間は、長い影を落とす燭火だけが揺れていた。高い天蓋に響くのは、冷徹な声。


「カイン・バルド」

 宰相ルクレールが玉座の前に立ち、呼びかけた。

「今夜より姫君二人に監視を置く。……お前がそれを務めよ」


 騎士団長カインは一歩進み、膝をついた。だが胸に刺さる違和感が、言葉となって漏れ出す。

「……それは王命ですか?」


 広間に、冷気が走った。

 ルクレールの顔色が変わり、怒声が響く。

「当然である! この宰相ルクレールの命は、王命に等しい!」

 カインが沈黙すると、さらに激昂した。

「愚弄するか! この私を!」


 その横で、顧問リグナートの唇がわずかに震えていた。怒りに怯えてではない。――彼が声を荒げた、その事実だけで胸が熱くなる。騎士団長カインが常に姫と共に在る。その状況を想像しただけで、彼の眼差しは甘美な曇りに支配されていた。


 カインは深く頭を垂れ、声を押し殺した。

 ――監視役。ならば逆に、その立場を利用して守ればいい。

 そう決意しながら、顔に出すことはなかった。


 やがて、重い扉が閉じてカインの背が消える。

 広間に残されたルクレールの前に、影からオルド・ヴァルセインが進み出た。

「抑制刻印の準備は整っております。万一の時は即座に」

 ルクレールは冷ややかに頷いた。「抜かりは許さん」



---


 再びリュシアの部屋。

 廊下の外では、衛兵の足音が規則正しく響いている。その律動こそが不気味さを増幅させていた。


 リュシアは妹の手を握った。

「必ず戻ってくるわ。父上と母上を助けに」

 セリアも力強く握り返す。

「ええ、必ず」


 その短いやり取りは、互いを認め合う決意の証となった。


 ――城全体が息を潜めている。

 誰もが知っていた。これから鳴る鐘は、時を告げるものではない。火急の事態を知らせる重い鐘。


 やがて、石壁を震わせる音が夜を切り裂いた。

 低く、重い鐘の響き。

 それは檻を打ち破る最初の一撃だった。



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