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感情制御で最強だけど、人類は見捨てられません!  作者: さとりたい
第2章「剣に誓いし忠義」

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第6話「義賊の笑み」

 王城の北翼、長らく使われぬ書庫は、夜半の冷気に沈んでいた。厚い石壁に囲まれたその一室には、埃の匂いと古紙のざらつきが漂い、月光が高窓から細く差し込み、棚の影を鋭く落としている。

 そこに集っていたのは、リュシアとセリア、そして騎士団長カイン。二人の侍女、リーネ・カルディナとエスティナ・ローレンも肩を寄せ合い、外の足音を気にするように時折視線を巡らせていた。


「……本当に来るのでしょうか」エスティナが小声で囁く。

 カインは鞘に手を添えたまま短く答えた。「合図はあった。すぐだ」


 その言葉の直後、背後の書棚の影がふっと剥がれ、一人の青年が姿を現した。漆黒の髪に片側だけ長い房が揺れ、灰緑の瞳は皮肉げに光っている。黒革の軽装に双短剣を帯びた姿は、冒険者にも刺客にも見えた。胸元の黒羽のブローチが唯一、彼の属する世界を示していた。


「心配性だな、騎士様。ここに来れた時点で衛兵の目はすり抜けてる」

 片口を吊り上げた笑みに、姫たちは息を呑む。


「……あなたが」リュシアが声を震わせる。

「ヴァル・ニール。亡命の手引きをする、と伺っているわ」セリアが言葉を継いだ。

 青年はフードを払って笑う。「ご名答。普段は“義賊”だのと呼ばれてるが、俺は俺の美学でしか動かねえ。だが今回は特別だ。――そこの騎士様とは腐れ縁でな」


 カインは否定も肯定もせず、ただ眼差しを細めた。その仕草だけで、二人に過去があることを誰もが察した。



---


「さて。早速だが始めるぜ、亡命計画のお話だ」

 ヴァルは卓上に古い羊皮紙を広げ、指先で城の線を叩いた。


「手順は単純。囮で隙を作り、その間に逃げる。これだけだ」

 セリアは眉を寄せた。「……逃げ道など、どこに?」

 ヴァルは片口笑いを深めた。「謁見の間の隠し通路さ」


「……!?」リュシアとセリアが同時に息を呑む。

「それは王族しか知らないはず……」セリアの声が震える。

 ヴァルは肩を竦めて言った。「俺に知らないことなんてないのさ♪ で、鍵は持ってんだろ?」


 リュシアは胸元から小さな首飾りを取り出した。

「ええ……見た目はただの飾りですが、アルスの術式が込められています。これで扉を開けられるのです」

 ヴァルは灰緑の眼を細め、「なるほどな」と低く呟いた。



---


「次はお前だ、カイン。お前は宰相どもに“監視役”を命じられるはずだ。つまり、姫様の傍にいる立場になる。……立場を利用しろ」

「ああ」短く答えるだけだが、剣士の眼には迷いのない光が宿っていた。


 ヴァルは懐から黒い宝石を取り出した。指先ほどの小石に、消えかけた調律痕のような線が走っている。

「それと、お前にはこれをやる」

 カインは眉をひそめる。「……何だこれは」

「持ってな。役に立つから」

 理由は語られない。カインは訝しみながらも受け取り、掌に沈む冷たい重みに無言で頷いた。


「最後に頼みがある。謁見の間に飾ってある甲冑を二体、さりげなく用意しておけ。……バレないようにな」

「何に使う」

 ヴァルは片目を細め、囁くように笑った。「義賊の秘密ってやつさ」



---


 そのやり取りを聞き、侍女リーネが一歩進み出て膝を折った。「リュシア様の影は私が務めます」

 続いてエスティナも頭を垂れる。「セリア様の影は、わたくしが」


「巻き込みたくない!」リュシアが声を荒げる。

「護衛も侍女の務めです。元近衛の剣、まだ鈍っていません」リーネは気さくに笑い、腰の短剣に触れた。

「宮廷の目はどこにでもあります。ならば私が逆に目を欺きましょう」エスティナの瞳は冷たい光を帯びていた。


 セリアは唇を噛む。「……必ず戻る。あなたたちを置いていかない」

「戻るために、今は“影”をやります」エスティナが静かに答え、リーネは拳を胸に当てた。「時間は、必ず稼ぎます」

 二人の決意に、姫たちは言葉を失い、ただ深く頷いた。



---


 同じ夜、宰相府。燭台の蝋は低く溶け、紙の匂いと鉄の匂いが重なる執務室。

 宰相ルクレールは冷徹に命じた。「幽閉は今夜。私室を同時に封鎖する。オルド、策は」

 情報参謀オルド・ヴァルセインが即答する。「影部隊を配置済み。隠し通路も監視下です。さらに――騎士団長カインには“抑制刻印”を施します。精神と肉体を縛り、戦力を削ぐ」

 「……彼を縛れるのか」リグナートの瞳が甘美に揺れ、声は震えた。

 「確実に」オルドは言い切る。

 ルクレールは冷ややかに頷いた。「姫も騎士も、秩序の内に収める」


 冷徹に国を囲う宰相。たった一人を縛ろうと震える顧問。二つの支配の欲望が重なり、檻の格子はひとつずつ嵌められていく。



---


 再び書庫。

 リュシアはセリアの手を握った。「合図は鐘よ。城中に響くその音が、唯一の隙になる」

 セリアも強く握り返す。「ええ、信じているわ」

 二人の眼差しは恐怖を含みながらも、確かに前を見ていた。


 カインは胸内に仕舞った宝石の重みを確かめる。意味はわからない。ただ、ヴァルの片口笑いと灰緑の瞳が妙に胸に残っていた。


 ――鐘が鳴れば、計画は動く。

 簡単な計画だ。だが失敗すれば即終了、次はない。


 月は薄雲を抜け、石壁と人の横顔を等しく照らした。

 閉じゆく檻の中で、それぞれの決意だけが静かに刃を研いでいた。



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