表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
感情制御で最強だけど、人類は見捨てられません!  作者: さとりたい
第2章「剣に誓いし忠義」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

17/21

第5話「迫り来る檻」

 昨夜の逃走劇からどうにか城へ戻ったのは、夜明け前のことだった。

 追手を振り切ったのち、カインが兵に偽情報を流し、姫たちをそれぞれの私室へと戻した。疲労は骨の芯まで残り、胸の鼓動だけがなお速さを失わなかった。


 ──その夜、リュシアは自室で眠れぬまま朝を迎えた。

 閉ざされた窓の外で夜が明けていくにつれ、昨夜の刃の煌めきと足音が脳裏に蘇る。

 「父上と母上は……」

 王と后の身が気がかりでならなかった。もし宰相派の手が、あの方々にまで及んでいるとしたら──。


 衣を正し、髪を結い直す。身支度を整える手は僅かに震えていたが、迷いはなかった。

 廊下へ出て、妹の部屋を訪ねる。


 扉を叩くと、セリアはすでに支度を終えて立ち上がったところだった。

 互いに目を見交わす。昨夜の無事を確かめるように、ただ深く頷き合った。

 「父様と母様に会いに行くわよ」

 「ええ、姉上」

 その声には切実さが滲み、二人の顔は険しく引き締まっていた。


 急ぎたい気持ちは山々だった。だが、城内の視線が二人を取り巻くのを感じ、歩みは自然とゆっくりとなった。

 長い廊下を、互いの裾の音だけが静かに響かせていく。



---


 謁見の間へ続く扉の前にたどり着いたとき、衛兵が槍を交差させて道を塞いだ。

 「国王陛下と王妃陛下はご休息のため、今はどなたにもお目通り叶いませぬ」


 「そんな……!」

 リュシアは思わず声を荒げた。昨夜の危機を思えば、両親に直接無事を伝えるのは当然の務めだ。激情が胸を突き上げる。


 だが、その袖をセリアがそっと掴んだ。

 「わかったわ、姉上。戻りましょう」

 静かな声だった。その冷静さに押されるように、リュシアは唇を噛みしめ、肩を落とした。



---


 二人は廊下を戻りながら、声を潜める。

 「……父上にも母上にも会えないなんて」

 「包囲は完成しつつあるわ。気づかれぬうちに、私たちは檻に閉じ込められている」


 分かれ道に差しかかる。

 リュシアは小声で言った。「きっと合図があるはずよ」

 セリアは真っ直ぐに頷く。「ええ、信じるわ」

 そのわずかな言葉が、檻の中に残された唯一の希望となった。



---


 やがて別れ、それぞれの私室へ戻る。

 セリアは扉を閉め、窓辺の花瓶に目を留めた。

 昨日まで白百合が飾られていたはずなのに、今は真紅の薔薇に替わっている。


 棘に触れた指先に鈍い痛みが走った。

 ──部屋にまで手が伸びている。

 花の色は鮮烈で、しかし牢の鉄格子よりも冷たく彼女の心を締めつけた。


 「姉上のような意思の強さが必要だわ。だから私は激情を選ぶ。理屈だけじゃ切り抜けられない」

 囁いた声は炎のように揺れ、薔薇の赤と重なって燃えた。



---


 その頃、王宮の回廊に立つカインのもとへ、宰相府の使者が歩み寄った。


 「王女殿下方には、しばらく外出を控えていただきたい」

 言葉は柔らかい。だが実質は命令だった。


 「承知した」

 カインは表情を崩さずに答える。だが胸の奥では剣の柄を強く握りしめる。


 見えぬ鎖が腕を縛っているようだ。忠義は誰に捧げるべきか──国王か、宰相か。それとも檻に閉じ込められようとしている姫たちか。


 昨夜の剣戟がよみがえる。リュシアの冷静な瞳、セリアの激情を選んだ声。

 その背を守るために剣を振るった時点で、答えは決まっていた。


 脳裏に浮かぶのは、黒羽亭の煤けた梁の下で地図を叩いた男。

 軽口の裏に鋭い眼を隠した協力者──ヴァル。

 その笑みを思い出したとき、胸の奥にひとつの策が芽吹いた。

 それはまだ、言葉にならぬ影のようなものにすぎなかった。



---


 一方その頃、宰相府の執務室。


 宰相ルクレールは文書を整え、冷ややかに告げる。

 「幽閉の準備は整いつつある。姫を閉じ込めるだけでは足りぬ。騎士の動きをも制せねばならん」


 顧問リグナートは頷きながらも、瞳の奥に別の光を宿した。

 「……彼を、縛るのですね」

 想像しただけで、指先が震える。愛とも執着ともつかぬ感情が甘美に胸を満たす。

 彼の力を封じ込められる日が来るとしたら、それは誰よりも歓喜に値する未来だった。


 冷徹に国を縛ろうとする宰相と、一人の男を縛ろうとする顧問。

 二つの思惑が重なり合い、檻の格子はひとつ、またひとつと嵌められていく。



---


 王城の静けさは、もはや安寧ではなかった。

 廊下も、私室も、回廊も──すべての沈黙が、見えない檻の格子となって姫たちを閉じ込めていく。

 その外で、ただ一人の騎士が胸の奥に影の策を抱きながら、遠い未来を見据えていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ