仮面の出会い②
「あら、あなたがフォルモーネ公爵家のご子息ですね?」
エリアス──いや、「エイラ」は、微笑みを浮かべながらアンドレに近づいた。
エリアスはかっこよく、腕も立ち次期団長候補と噂されているアンドレのことが気になったためだ。
「はい、アンドレ・フォルモーネです。あなたはオーケン伯爵家の……?」
「エイラ・オーケンと申しますわ。」
エリアスは優雅にスカートをつまみ、貴婦人の礼を取る。それに対し、アンドルは少しの間だけじっと彼女を見つめた後、軽く頷いた。
「お噂はかねがね。貴族社会ではあなたの名を知らぬ者はいませんね。」
「まあ、光栄ですわ。ですが、アンドレ様こそ、お噂は耳にしておりますわよ?」
「ほう、どんな噂です?」
「冷静沈着で、剣の腕も立つ、まるで理想的の騎士様だとか……。」
「……過大評価ですね。でも、そう思ってもらえるのは嬉しいですね。」
アンドレは口の端を少し上げながら、グラスを傾ける。
もう煩わしいから他にいってくれという合図だ。
その様子を見ながら、エリアスも微笑を深めた。
「でも、私には分かりますわ。」
「何が?」
「あなたも、どこかで仮面をかぶっているのではなくて?」
その言葉に、アンドレの手がわずかに止まった。
エイラ──いや、エリアスは知っている。自分が長い間、社交界で『仮面』を被り続けてきたことを。
だからこそ、相手が同じように何かを隠しているのではないかと、無意識に感じ取っていた。
一瞬の沈黙の後、アンドレは微かに笑った。
これまでアンドレに声をかけるものは彼の地位や容姿に興味があり下心があるものがほとんどだった。社交の場で王国で一番、麗しい令嬢と噂のエイラもその類だと考えていた。
しかし、エイラは一切、アンドレに恋や地位目当ての下心は見せず、普通なら気分を害することを言ってきたのだ。アンドレはバレるのではないかという不安よりもエイラに対する興味の方がまさった。
「……もしそうだとしたら?」
「それなら、私たちは気が合うかもしれませんわね。」
エリアスは、まるで試すような眼差しを向ける。その瞳には、どこか懐かしいものと、初めて向けられた共感、同時に理解しがたい謎めいた感情が宿っていた。
「では、一つお誘いしましょう。」
「お誘い?」
「……一曲、踊りませんか?」
アンドレはグラスを置き、手を差し出した。その仕草は、完璧な紳士のそれだった。
彼は漆黒の軍服に身を包み、いつもは冷淡で氷のような顔といわれている顔に柔らかな笑みを浮かべながら、片手を胸元に添えながら、余ったもう一つの手をエイラに差し出した。
差し出された手は決して強制ではない。
「ご安心を。あなたの美麗な姿を惹き立たせるよう、精一杯エスコートさせていただきます。」
エリアスは一瞬だけ戸惑ったものの、微笑みながらそっと手を重ねた。
「喜んで。」
舞踏会の中央
やがて優雅なワルツが流れ始める。
仮面をかぶったままの二人は、互いに知らずして引かれ合い、同時に──互いの秘密の影を、薄く感じ始めていた。
だが、この夜の出会いが、後に二人の運命を大きく変えることになるとは、この時まだ誰も知る由もなかった。
ふとした言葉が、すべてを変える──。