エリアスの夢③
書斎の机に広げられた古びた書物を見つめながら、エリアスは呟いた。
「どうして、こんな運命を背負わなければならないのだろう……。」
その言葉には、ただの不満ではなく、深い孤独と恐怖が滲んでいた。
遠い記憶が蘇る。幼い頃、楽しそうに笑顔を見せた瞬間、塀を上り、伯爵家の敷地の外に出ていく姉を。何ものにも囚われず思うがままに行動する姉は、エリアスにとって恨んでいると同時に妬ましくも羨ましくもあった。そして、逃れられない運命の象徴でもあった。
エリアスは姉を嫌ってはいなかった。恨むことこそあれど、心の中では可哀想な人だと思っていた。
オーケン伯爵家は軍事国家にしては珍しく頭で勝負し、仕事をしてきた家だった。しかし、エイラは幼い頃から騎士を目指していた。外で遊ことが好きで、毎日、汗だくになりながら走り回っていた。
当時の彼女には婚約者がいたのだった。婚約者の家族は彼女に女性らしさを求めており、彼女にとってそれはとても窮屈で嫌で嫌で仕方がなかった。
我慢ができなかった彼女は婚約者に決闘を申し込み、それを見兼ねえた両親が婚約をなかったことにしたのだ。
エイラはそのことがきっかけか、自分の意思を隠さなくなった。それを受け、両親はオーケン家の長女は病弱という噂を広め、絶対に参加しなくてはいけない社交界の場にはエイラの代わりにエリアスをエイラとしてつれていくようなった。
だが、今や彼は、自身の内面に広がる疑念と戦っていた。婚約が現実となれば、これまで巧妙に守り続けてきた『エイラ』という仮面が、さらなる重圧となって彼の心を締め付ける。
「結婚……家のための一歩。しかし、その先にあるものは、私自身の本当の姿か、いや、偽り続ける『エイラ』か。」
エリヤスは、窓の外に浮かぶ月を見上げながら、ゆっくりと深い息を吐いた。
――彼の心は、迷いと葛藤に満ち、未来への一歩を踏み出す勇気を求めていた。
この晩も、エリアスは静かに己の内面と対峙しながら、家族の期待と自身の秘密との狭間で揺れ動く決意を固めようとしていた。
――次第に、彼の中にある真実と向き合う時が、遠い未来ではなく、すぐそこに迫っているのだと、誰もが予感していた。
そして、彼はまだ知らない。
この決意が、彼自身の運命を変えることになるのだと——。