アデラとアンドレ③
アデラは執務室を出て、そのまま自室に向かった。
扉を閉め、ふっと息を吐く。
「……結婚、ね。」
男として生きるために、誰よりも努力してきた。剣術も学問も、社交もすべて。
すべては父のような人々を守るかっこいい騎士団長になるためだ。そのためなんだってしてきた。剣術を学びながらダンスのレッスン、男性パートも女性パートも学んだ。他にも男性にしか必要ではないといわれている後継者教育も受けてきた。
それなのに、なぜ今になって、女であることを強制されなければならないのか。
彼女は首に下げられているエメラルドに光るペンダントを外し、ベッドの傍に置かれた手鏡を取り、じっと自分を見つめる。
映るのは、長く伸びた美しい銀髪とどこからどうみても女性の体つきをした自分だ。
(どうして……どうして私は女なんだ……)
アデラは手鏡を置き、自分の剣に手を伸ばした。
この剣はアデラのために特注で作られた見た目とは想像できないほどとても軽く繊細な剣だ。姿はペンダントで変えることができているが、体重、筋力は女性のままであり、鍛えてはいるが、男性に追いつけない部分があった。
アデラは剣を構え、型を一通り行った。
剣を握っているときは、嫌なことを忘れられ、集中できる。
一通り行い終わるとアデラは決心した。
「どうにかして、避けなくちゃ。」
そう、何か方法があるはずだ。結婚せずに、このまま「アンドレ」として生き続ける方法が——。
そう考えたとき、ふと脳裏に浮かんだのは、今日、婿候補としてあがった男の名前だった。
「エリアス・オーケン」——彼もまた、結婚を望んでいるとは思えない。
ならば、利用できるかもしれない。
アデラは、まだ見ぬ婚約者に向けて、小さく笑みを浮かべた。
「もし私が結婚するとしたら——君しかいないのかもしれないね。」
こうして、彼女はまだ知らない。
この決断が、彼女自身の運命を変えることになるのだと——。