血塗光陰鏃
私はゆっくりと自分の方へ近づいてくる血から逃げるように後ずさる。だが、足元は震えていて、バランスが取れなくなって、後ろへ倒れ、尻もちをつく。私は突然の出来事に怯えながらも、状況を整理する。
目の前の私は頭を矢で打ち抜かれた。その矢はコンビニのガラスの割れる音がしたから、店の外のどこからか矢を射てきている。
私はそこまで考えを巡らせると、咄嗟にその場から立ち上がって、商品棚のある方へ飛んだ。すると、私がちょうど体を商品棚の影に隠れた瞬間に、ガラスの割れる音とビュンという矢が勢いを良くこちらへ近づいてくる音が聞こえた。
私が商品棚の陰から矢の音が止まった場所を覗いてみると、私が尻もちをついていた場所にちょうど矢が刺さっていた。このコンビニの床は木のように、矢が突き刺さりやすい素材ではないはずだが、矢の3分の一が床に深くめり込んでいた。
私は商品棚の陰から恐る恐る顔を出して、矢を射ている者を探す。しかし、目の届く範囲では見当たらない。私は同時に矢が壊したガラスの穴を見た。すると、ガラスの穴は自動ドアの上の天井付近に二つクモの巣状の穴が開いている。
つまり、私の目の届かないかなり遠く、そして、このコンビニより高い建物から弓矢で狙撃をしていることなのか? それも、硬い床にめり込む程強く、さらに、人間のこめかみの中心を狙えるほどの正確さで。
とてつもない。
私は商品棚を見ると、商品が並べられた奥にあるのは、薄い木材の壁だ。次の矢が来たならば、こんな薄い壁は突き破ってしまうだろう。商品棚に隠したことで、諦めてくれるといいが……。
だが、そんな考えはすぐに否定された。
また、窓ガラスを割れる音と共に、矢が風を切る音がする。すると、矢の止まる音がするより先に、肩の辺り痛みが走る。私が咄嗟に肩を触ると、肩から血が出ていた。そして、肩の横の床には矢が刺さっている。
目の前の矢が私の肩をかすめたようだ。肩から出ている血は幸い少なくかすり傷だ。そんなことを確認している暇もなく。次の矢の音がする。そして、また肩に痛みが走る。しかし、今回は反対の肩だ。そして、反対側にも矢が床に刺さっている。
私は肩のドクドクと脈打つ両肩の傷の痛みに耐えていると、また、矢の風切り音がした。次は体の痛みを伴わなかったが、反対の肩をかすめた矢のちょうど隣に矢が撃ち込まれている。どうやら、私の隠れている商品棚を虱潰しに射ているようだ。
等間隔に矢が撃ち込まれていく。おそらく、私が偶然矢の隙間に留まっていると思っていないから、相手側はコンビニの奥側に追い込んでいるように見えているだろう。そうと分かった所で、死への猶予が少し遅れたことが分かっただけだ。
どうにかこの状況から抜け出す方法を考えなければならない。私は矢がリズム良く撃ち込まれる音に急かされながら、頭を働かせるが、死が目の前にあるこんな状況では打開する方法など思い浮かばない。そんな中でも商品棚を貫く矢は段々と遠ざかる。
私はそんな中で、足先が生温かいもので濡れていることに気が付いた。私が足先に目を移すと、死体から広がった血が靴の足先を濡らしていた。私はその死体から嫌な未来を連想したが、同時にいいことを思い出した。
私は商品棚の上から頭が出ないようにかがみながら、私の分身の死体に近づく。血溜まりに靴を濡らしながら、死体のスカートを指で摘まみ上げる。すると、銃とそれを入れるガンベルトが右足に巻かれていた。
私は死体漁りをしているようで申し訳なかったが、背に腹は代えられぬと思って、血の気が引き、青ざめた足からガンベルトを外した。ガンベルトには血が付いていたが、そんなことも気にせずに自分の足にガンベルトを巻きつけた。そして、私はスカートを元に戻し、彼女の死体の前で手を合わせた。
そうしている内に矢は商品棚の奥まで撃ち込まれていた。私は一か八かの特攻の覚悟を決めた。商品棚が置くまで撃ち込まれた後、相手が一瞬戸惑うその瞬間を見計らって、コンビニの自動ドアから出て、矢が来る方向に銃を撃ち込む。
相手に当たらなくとも、牽制にはなるはずだ。その隙にどこかへ逃げる。本当に一か八かの博打。私はガンホルダーから銃を抜いて、手に持った。引き金に中指をかけて、走り出す準備をする。銃に神経を集中させて、深呼吸をする。
銃に神経を集中させるほど、肩の痛みがノイズとなる。ズキズキと痛む肩をを不安に思っている隙に、商品棚の奥に矢が撃ち込まれて、奥の通路に矢が撃ち込まれた。今までリズム良く撃ち込まれていた矢が撃ち込まれなくなる。
そのことを確認すると、銃を両手で持ち直し、私は入り口に向かって、足を蹴り出す。私が下を向きながらがむしゃらに、入り口に走り出す。そして、私は入り口を出て、銃を空に向かって構える。私がそのまま中の引き金を引こうとした時、私の手からするりと銃が抜き取られた。私は何が起こったのか、自分の手を見た。
すると、目の前には私の顔があった。私の顔をした分身は、左手で銃を私の手から取り上げていた。そして、目の前の私の右手には日本刀が握られている。日本刀を持った私は、やはり制服を着ていて、体中が帰り血か、傷の血か血だらけだった。呼吸は荒く、疲弊しているようだった。
日本刀の私は何も言わずに、左手で取り上げた銃をスカートと腰の間に入れた。私は突然の現れた日本刀を持った私に銃を奪われたことで、思考が停止してしまった。そして、弓矢の相手に狙われていたことを忘れていた。
先ほどまで聞き慣れていた風切り音がこちらに近づいてくる。そして、日本刀を持った私の背後から矢が近づいてくることが目で捉えられた。私は矢を見つけたはいいものの体を動かすことができなかった。
しかし、日本刀を持った私は、すぐさま体を後ろに旋回し、矢から体をかわすわけでもなく、矢の方へ向かって、左手を後ろに伸ばした。私は矢が彼女に刺さってしまったと思って、目を閉じた。
目を閉じてからしばらくたった後、服の上から返り血の感覚は感じなかった。恐る恐る目を開けてみると、生きたままの彼女の後姿があった。そして、彼女は伸ばした左手で飛んできた矢をつかみ取っていた。