苦慮悄然環
脳天のど真ん中に小さく丸い穴をあいてある。そこから出血があったのか、皮膚に付いた血は乾いていて、そこから地面の方へドロドロした血だまりが広がっている。目は大きく開き、口はだらりと開いている。手にはテニスラケットが握られていて、私と同じ制服、私と同じ顔をしている。
私の死体からは生臭く、吐き気を催すような血の匂いが広がっている。私は長く見ることのできるものではないと悟り、コンビニの裏口の扉を閉めた。
銃の私は、殺されないようにコンビニで隠れようかと思ったが、そこには先客がいた。それがこのテニスラケットを持った私だった。テニスの私は話し合いをする暇もなく、彼女に襲い掛かった。本能的に殺されると分かった彼女は、引き金を引いた。
そう言うことらしい。
私は目の前で泣き崩れる私の分身に複雑な感情が渦巻いていた。この世界では殺しても、殺されても駄目なんだ。殺されたら、言わずもがな終わりだ。でも、殺しても終わりだ。
私はまだこの世界を理解しきれてはいないが、この世界では殺されるか、殺すかの二つを強制しているように感じた。
私はそんな危機感を覚えながらも、良心の呵責に押しつぶされそうな目の前の私を見た。彼女は自分が人を殺したという事実に隠しきれなかったのだと思う。私の分身がたくさんいるという異常な世界だ。普通の人殺しと違って、誰かに罰せられる訳でもない。だから、余計に罪が重くなるのだろう。
「……ねえ、私はどうすればいいの?」
目の前で泣き崩れた私の分身は、弱弱しい言葉で私に答えを求めた。
「……その質問を問いたい気持ちは分かるけれども、私はあなたを罰する言葉も、慰める言葉も知っているけれども、私はその言葉であなたを騙す自信がない……。
……ごめんなさい。」
私は彼女の浅ましい言葉の裏の魂胆を知りながら、彼女をけなすことも励ますこともできなかった。けなせば、彼女は罰され、罪の贖罪を行うことができる。彼女を励ませば、免罪を行うことができる。だが、私はどちらの言葉を発しても、彼女の罪を誤魔化す自信がなかった。
私の大根じみた演技で、ほんの少しは助けになるだろうが、その助けは砂漠に水を撒くが如くの徒労となると分かった。彼女の犯した大罪は消えるはずがない。彼女はその私の言葉を聞いて、泣くことを止めた。そして、ゆっくりと立ち上がった。
「…そうね。それが正しい答えね。」
彼女はそう言って、私と目を合わせた。何か覚悟を決めたような目だった。私はその彼女のまなざしに応えるように笑顔を送り返した。
ドチュ
それは突然だった。ガラスの割れる音、何かが風を切る音、それらがとてつもない速度で近づいている音が一瞬にして耳に入ってきた。だがしかし、そんな音よりも最後に聞こえてきた肉をえぐるような音が何よりも鮮明に聞こえてきた。
その音の正体は目の前に広がる光景で理解ができた。目の前に映る私の分身のこめかみを貫通するように、矢が刺さっていた。矢が刺さった部分からは大量に血が噴出し、近くの商品棚をまだらに汚した。
先ほどまで目を合わせ、生気を感じられていた彼女の目はゆっくりと作り物の目の様に焦点が合わないようになる。彼女のこめかみから噴出する血が頬をべっとりと塗り広げられた時、まるで糸の切れた操り人形のように力なく地面へと倒れていった。
私はどさりと体重の全てを地面に打ち付けたような音につられて、地面に倒れこんだ彼女の体をゆっくりと確認する。彼女は仰向けに倒れていて、顔を上に向けていた。矢の傷から毒々しい程の赤い血が油のようにドロドロと流れ、コンビニの白い床を円状に塗り広げていく。彼女は動かぬまま、広がっていく血の池に頬を濡らしていた。
彼女は死んだ。自分の血の池に溺れる彼女を見て、曖昧に、だが、突然に理解したのだった。