自己像幻視
私は目の前にある私のテスト用紙の点数に驚いていた。目を擦って、もう一度見てみるが、点数は100点のままだった。名前も見てみるが、「猿田彦 百夜」と私の名前が書かれている。
それに、私の名前の文字はちゃんと私の書いたもののようだ。それに、テスト用紙の解答も見てみるが、それも私の書いた文字である。100点なのだから当たり前だが、私の間違った問題は、正解に修正され、全てに丸が付けられている。
私は色々と考えてみるが、これは私が今日受け取ったはずのない100点のテストだった。
「なんで、100点取った本人が私よりも驚いているのよ。」
「いや……、だって、私はこんな点数取ってない……。」
「……じゃあ、このテスト用紙は何よ?」
私は里美の質問に答えることができなかった。しばらく黙り込んで、あることを思いだした。私は英語のテストをファイルの中に入れたはずだ。机の中に直接入れてなどいない。だから、自分のファイルの中を見れば、元の72点のテストがあるはずだ。
私は自分の机の中からファイルを取り出すと、中を確認した。ファイルの中にはテスト用紙しか入れていないから、私の英語のテスト用紙はすぐに見つかるはずだった。しかし、私の72点のテスト用紙は見つからなかった。ファイルの中には今まで返された英語を除いた4教科のテストが入っていた。
私はまさかと思いながら、他の4教科のテスト用紙を取り出してみた。もちろん、この4枚のテストの点数は全て、平均点程度である。だから、最高点でも国語の65点、最低点でも数学の47点であるはずだ。間違っても、100点など混ざっているはずがない。
4教科のテストは全て二つ折りにされている。私は何となく覚悟を決めながら、テスト用紙を一枚ずつ開けていく。
「ええー! 全部100点じゃない!?」
開いたテスト用紙の全てには、100の数字が書かれていた。私は何が起きているのか分からずに、呆然とテスト用紙を見つめた。全て私の名前が書かれていて、全ての問題に丸が付いている。つまり、私は今回の中間テストで、全五教科において満点を取ったことになる。
「ん? いや、おかしくない? 今回の数学は100点どころか90点を取った人すらいなかったんじゃなかった? でも、百夜は100点を取っている? ん?……ん? どう言う事?」
そうだ。数学の先生がテストを難しく作り過ぎたと言っていた。学年でも90点を取った人はいないと言っていた。だから、この数学のテスト用紙はおかしい。そもそも、私が数学以外のテストで、100点取っていること自体おかしいのだけれど……。
私はしばらくこの状況に説明を付けようとするが、全く意味が分からない。ちらりと里美の方を見てみるが、里美もよく分かっていないような様子だ。私と里美はしばらく黙りあって、教室は静かになっていた。
そんな静寂の中で、ガラガラと教室の扉が開く音がした。私達は教室の扉の方へ振り返ると、教室の中に入ってきたのは、雄介君と雄介君の友達の聡君だった。その二人は、教室に入って来るなり、教室の中を見回していた。
すると、二人は私を見つけた瞬間に、見渡していた顔を止めて、「見つけた」と大きな声を出し、私の方を指差した。そしてその二人はずんずんと私の方へ近づいてきた。私はなぜ、雄介君に詰め寄られているのか分からないが、とりあえず後ずさりした。
雄介君は後ずさりする私にお構いなく近づいてくる。そして、雄介君は私の目の前まで来た。私は詰め寄ってくる雄介君を両手で静止した。それでも、雄介君は息がかかりそうなくらいまでの距離まで近づいてきた。私は息を止めて、目を逸らした。
「やっぱり、百夜だよなあ……。
百夜ってあんなに剣道強かったんだな。知らなかった。完敗だよ。あんなに強いなら、今からでも遅くないから、剣道部に入ってくれよ。女子だったら、全国優勝確実だよ。」
私は一切何を言われているか分からなかった。
「いいや、猿田彦さんは俺たち弓道部がもらう。剣道部は雄介がいるんだから十分だろう。こっちは県大会を勝てるかどうかの争いをしているんだ。
ねえ、猿田彦さん。弓道部に入ってくれないかい? さっきの猿田彦さんの弓裁きは素晴らしかった。顧問の先生も舌を巻いていたよ。だって、三回連続て、的のど真ん中を射抜いたんだもの。あんなに上手いなら、簡単に段位獲れるよ。だから、一緒に弓道やろう?」
「いや、百夜は剣道部来るよな?だって、一応、俺は男子剣道で全国一位だよ。その俺が百夜から一本も取れずに、三本取られた。それに、あんな痛い面は初めてだった。男でもあんな力強い面打てないよ。だから、俺は百夜からもっと剣道を学びたいと思っているんだ。だから、剣道部に入ってくれよ。」
私の頭は大混乱だ。私は剣道も、弓道もやったこともないし、私はさっきまでずっと寝ていたし、テストの件も解決していないし、雄介君の顔滅茶苦茶近いし……、訳わかんない。
「こほん。一旦全員ストップ。一度落ち着いて、状況を整理しましょう。」
里美がそう言って、皆を落ち着かせる。雄介君はその一声で、一旦私から離れた。
「えー、まず、聡、弓道部では何が起きたの?」
「えっ、それは、俺達がいつも通り弓道場で、弓道の練習をしていたら、猿田彦さんが弓道場に入ってきて、いきなり、弓を出せって騒ぎだしたんだよ。そして、なんか猿田彦さんがそんなことを言いだすのはおかしいと思って、止めようとしたんだけど、俺の弓と矢を奪ったんだ。女子とは思えない力だった。
そしたら、猿田彦さんがその奪った弓矢を制服のまま構えて、弓道場にある三つの的のど真ん中を射抜いたんだ。それも連続で、場所を変えることなく。
弓道部のみんなは、その見事な弓裁きに唖然として、弓道場は静寂になったよ。そのまま、猿田彦さんはそのまま弓道場を出て行ったんだよ。」
「なるほど、じゃあ、剣道部では百夜は何をしたの?」
私はなるほどじゃないわよと里美にツッコミを入れたくなったが、黙っていた。
「いや、剣道部じゃ、竹刀持った百夜が剣道場に入ってきて、胴着被った部員達を次々に打ち込んでいったから、皆、やばいと思って、部員全員で抑え込もうとしても、止まらなくて、俺は三本打ち込まれたよ。
そのまま、剣道部員全員へとへとになってから、百夜は何も言わないで、剣道場を出て行ったんだよ。百夜は制服のままで、無傷。こっちは全身に青あざばっかりだよ。」
そう言って、雄介君は手の甲をこちらに見せた。雄介君の手の甲は、内出血しているようで、所々赤くなっていて、その周りに青あざがグラデーションになっている。
「えっ、大丈夫なの?」
「大丈夫、大丈夫。剣道じゃよくあることだから。それよりも、皆、大勢で襲い掛かったのに、負けたことを驚いていたよ。」
「なるほど、なるほど。二人とも、百夜がそれぞれの部活に行ったのは、何時?」
「えっと、30分前くらいだから、弓道部にきたのは5時半くらいかな。」
「確か、剣道部に来たのも5時半くらいだと思うけど。」
「ふむふむ。それで、肝心の百夜に、そんな覚えは……?」
私は急いで首を振る。
「だろうと思った。寝ていたんでしょ。
……じゃあ、こういう現象どういうか分かる?百夜?」
「……分からない?」
「身に覚えのない自分の分身を他人が見てしまう現象、これをドッペルゲンガーって言うのよ。」