力攫窃特質
「しかし、不思議な感覚だな。まるで自分の体のように動かせるが、自分の身体じゃないのか。」
「まあ、私達は分身同士なのだから、ほぼ自分の体のようなものじゃない?
……でも、なぜ、筋肉とか身体能力とかは上がったのかしら。私は全く鍛えていないから、屋根の上をぴょんぴょん飛ぶようなことはどう頑張ってもできないはずだけれども……。」
「なんだか難しく考えているみたいだけれども、今の状況をよく考えてみろよ。空は赤く、他人はおらず、自分の分身が百人いて、殺し合っている。それに、自分の分身の血を飲んだら、傷が治る。こんな狂った世界で、そんな細かいこと気にする必要があるか?」
「確かに、一理あるわね。」
「だろ。一つの口で、他人と会話している状況をしれっと飲み込んでいるくらいなんだから、そのくらい気にせずに飲み込んでしまえよ。」
私は隣にいる彼女と話している気になっていたが、私は一つの口で、彼女と会話していた。確かに、この世界の事象一つ一つを気にするなんて、不毛だと理解した。
「問題は、この世界をどう生き残るかだろう?」
「……。」
「思ったよりこの世界で死なないことは難しい。実際、私は一度は死んでしまったしな。勝手ながら、私は一対一の戦いじゃ、どんな武器の持った奴でも、勝てる自信はあった。
だが、この世界じゃ、その自信は二度も壊された。
だから、私だけの力だけじゃ駄目なんじゃないかと思うんだ。認めたくないが、私だけの力じゃ、この世界を生き残ることができない。
そこでだ、お前の力を使おうと思うんだ。」
「どういうこと?」
「正確には、お前の力と決まったわけじゃないが、私の仮説では、お前はお前の分身の血を飲めば、飲んだ分身の魂を宿す力は、お前だけが持つ特別な能力なんじゃないかと思うんだ。」
「……なんで、その力が私だけだと思うの?」
「だって、おかしいじゃないか。さっきも言った通り、この世界は、信じられない程の能力を持った分身たちが武器を持って、殺し合いをしている世界だ。そんな中、何の才能もなく、武器も持たない人間がいる必要なんてあるか?」
「悔しいけど、いらないわね。」
「だろ。フェアじゃない。おそらく、この世界はデスゲームみたいなものだ。才能と武器を持った者が殺し合い、たった一人の生き残りを決めるゲームだ。そんな中、たった一人、何の武器も才能もない人間をプレイヤーとして参加させる必要はない。
なぜなら、真っ先に殺されることは分かっていることが分かっていて、面白くないからだ。だが、もし、お前が特殊な能力の持ち主だったとしたら、話は変わる。
他人の能力を宿す力。
もし、これがお前の固有の力ならば、このデスゲームにとって、とても面白いプレイヤーじゃないか? さらに、この能力が他人の能力を無制限に宿すことのできるものだったとしたら、この世界で生き残ることは容易くなる。」
「なるほど。」
「だが、まだ、この力のルールが分かっていない。」
「……ルール?」
「他人の血を飲めば、能力を宿すことができるが、それが生き血である必要があるのか、死んだ者の地でもよいのか、分からない。さらに、他人の血を飲んで、他人の力を宿す条件も分からない。血を飲んだ相手が死ねば能力を宿すのか、生きていても能力を宿すのか。そもそも、さっきも話したが、他人の能力を無制限に宿すことができるということすら分からない。
だから、分かっていることは、私の生き血を口移しで飲んだ後、私が死ぬ。すると、力がお前に宿った。この事実だけだ。」
私は口移しという言葉に少しドキリとした。
「……あっ、じゃあ、弓矢の奴の血を舐めておけば良かった……。」
彼女は思い出すようにそう呟いた。
「確かに。」
「まずったなあ。完全に忘れていた。」
彼女はお茶目に頭をかいた。
「分からないけど、戻るにしても、だいぶ離れてしまったわよ。
まあ、あなたなら、すぐ戻ることができるでしょうけど……。」
「うーん、まあ、他を探すか。もう誰かに殺されているかもしれないし、敵がたくさん集まっているかもしれない。色々とリスクが高いしな。
……それと……。」
彼女が何か言おうとした所で、私のお腹が大きな音を立てた。
「お腹がすいた。」
「なんだそれ。」
「腹が減っては、戦が出来ぬ。
戦いの基本だ。流石に無茶に体を使い過ぎて、エネルギーが足りない。」
「……はあ。」
私は今の状況を冷静に分析した彼女に感心していたが、なんだか拍子が抜けた。
「お腹の虫が御騒ぎですか。なら、私の出番ですね。」
私はそんな声の聞こえる方へと体を振り向かせた。すると、右手に白銀の包丁を持った私の分身が立っていた。