礫頂劔斃散
彼女のお腹にできた真っ赤な血の染みは、白い制服をじわじわと染めていった。彼女はお腹の激痛を確認するために、顔を下に向けた。しかし、お腹の赤い染みとお腹を貫く穴を確認する前に、口から血反吐が溢れ出した。
口から血が決壊した後、彼女は体を支える糸が切れたように直立を保っていられず、下げた頭が落下するように前のめりに倒れ込んでしまった。
私は彼女に駆け寄ろうとするが、右足に激痛が走る。私はその足に力が入らなかったので、体がすとんと地面に崩れ落ちる。そして、顔から地面に打ち付けられた。
私は打ち付けた顔の痛みに耐えながら、頭を上げると、痛みの走る右足を見つめる。すると、右足からはドロドロと赤い血が地面に溢れ出していた。そして、私が立っていた場所の床に矢が突き刺さっていた。
彼女の腹を貫いた矢が私の右足もかすめていたのだ。どうやら、立つのに大切な神経や筋肉が損傷してしまったのか、立ち上がろうにも、右足に力が入らない。右足に力を入れる信号を脳から送った所で、ドクドクと血が外に出て行く感覚と内側から燃えているような熱さを伴った激痛が帰ってくるだけだ。
私は足で体を動かすことを諦めて、腕に力を入れて、這いずるように体を動かした。できるだけ弓矢が壊した壁の穴から見えないような場所に避難したかったからだ。私は意識が飛びそうなほどの痛みに襲われながらも、ゆっくりと壁の穴の死角へと這いずった。
何とか壁にたどり着くと、体を裏返して、背中を壁に付けた。私が這いずった形跡を残すように、右足から流れ出した血が地面をなぞっていた。意識を保って入れることが不思議なくらいの出血の量だった。実際、頭はガンガンと脈打ち、私の意識を揺さぶってくる。
そして、視界は段々とぼやけてくる。私はそのような虚ろな視界の中で、ゆっくりと横を見た。そこには、お腹を左手で押さえ、うつ伏せで倒れている虫の息の彼女がいた。私が足から流れ出した血溜まりとは比較にならない血溜まりが彼女の周りを囲っていた。
先ほどまで揺るぎない安心感を与えてくれていた彼女は、今では、私に恐ろしい不安感を煽るようになっていた。彼女は限りなく短い命であると分かった。もう、数回息を吐けば、ゆっくりと終わってしまいそうな状態だった。
しかし、そんな彼女はそのままゆっくりと死んでいくことを拒んだ。吹けば消えそうなほどの命の残り火を燃やし、無理やり右手を動かした。そして、震える右手からゆっくりと体を上げていった。上がっていく彼女の体からは血がとめどなく溢れ出していた。
それでも彼女は、溢れ出る血など気にせずに、ゆっくりと右手で地面を掴み、こちらに這い寄ってくきた。這い寄ってくる彼女の顔は、必死に命にしがみついているようで、歯を食いしばり、顔を歪ませていた。
そんな必死な顔で、彼女は私の近くに近づいて来ると、急に力が抜けたように、頭から崩れ落ちた。彼女の頭は私の膝の上にちょうど乗っかった。彼女の顔の感触が私の膝から伝わってきた。彼女の口から出る息は弱弱しく感じ取ることが難しかった。
彼女はそんな状態の中、私の膝の上で体の方向を変え、体を仰向けにした。彼女の目は焦点が合っておらず、目が見えているのか分からない程だった。
「……駄目だな。」
彼女はそう一言呟いた。そして、虚ろな目から涙が一粒、目の端から伝い落ちた。そして、彼女は目を私の顔へ合わせた。
「……約束は守ろう。
……所で、お前は好きな人がいるのか?」
彼女は死に際で頭が混乱しているのか、突然、意味の分からない質問をしてきた。私は質問の意味に頭をかしげていると、彼女は言葉を続けた。
「……もし、いたのなら、残念だったな。」
彼女は少しほほ笑みながら、消えそうな小声で呟いた。私は彼女の言葉の意味を理解しきる前に、彼女は突然、刀を持った右手を私の首元に回した。そして、首にかけた右手で、自身の体を引き上げた。彼女の顔が一気にこちらに近づいて来た。
そして、彼女は私にキスをした。
彼女の柔らかい唇が私の唇と重なっていた。彼女の唇が私の唇と重なった感触は、今までの人生で感じたことのない不思議な感触だった。彼女の唇の間から触手のような舌が出てきた。その舌は、私の唇を舐めるように、閉じた口の間に入ってきた。
そして、彼女の舌は、私の唇をこじ開けた。彼女の舌は、唇をこじ開けた後、するすると口の中へ入っていった。私は口の中で暴れまわる柔らかな異物の感触が頭の中で感じ取られた後、口の中にドロドロと流動性のある液体が一気に流れ込んできた。
その液体は、鼻の奥から異様な香りを鼻腔に届けた。生臭く、鉄臭い、むせかえるような血の香りだった。口の中の彼女の血液は、すぐに溢れかえり、喉の奥へと決壊した。決壊した後も血はどんどんと流れ込んでくる。私はその血を能動的に喉を動かして、飲み込んでいた。
ゴクゴクと喉を鳴らす音が、自身の内側から聞こえてきた。しばらく、血を飲み込むと、段々と意識が鮮明になっていく。そして、それと同時に、右足の痛みが引いていく、自分の体が内側から引っ張られて、傷跡が閉じていくような不思議な感覚だった。
私は傷のせいでひどくだるかった体は、どんどんとみなぎっていった。彼女の血を飲む程に、力が内側から満たされていった。
完全に私の体が完全に治ったと思えた頃、口の中に入って来る血は無くなり、柔らかな舌だけが口の中に残った。しかし、その舌は少ししぼんだような感触で、弾力が生まれていた。そして、先ほどまで、口の中で生き生きと暴れまわっていた舌であったはずなのに、もう、そのような生を感じなった。
まるで、生肉の切り身を口の中に入れたようだった。そして、その舌は段々と口の中から滑り落ちていった。最後に、その舌が私の唇を舐め終わると、同時に彼女の柔らかな唇も私の唇から離れていった。
そして、私の首に回された彼女の手もするりと抜け落ちていく。彼女の頭が私の膝の上に落ちると、膝の上にどしりと沈み込む。
息を吐くことを止めた彼女の頭は、全く動かなかった。
そして、彼女の頭は少し冷たくなっていた。