巫蠱廼天獄
私は喉をごくりと鳴らして、彼女の言葉を嚙み締めた。彼女は簡単にそのことを言って見せたが、ここにいる私達の内、少なくともどちらかは生き残れないことを言っている。そして、その言葉は私に実質的な死を突き付けていることになる。
なぜなら、私には生き残るための武器、才能が欠けているからだ。
私は先ほどの弓矢の掴み取りを見ている。こんな異次元な才能を持つ者に、武器を持たせた鬼に金棒状態のものがごろごろとこの空間にいると思うと、鬼でもなく、金棒になるものも無い者に生き残る方法があるだろうか?
少なくとも、目の前の日本刀を持った私の分身に勝つビジョンが思い浮かばない。さらに、この並外れた強さを持つ彼女でさえ、負傷してしまう程の相手がいる。そのことを回復させた足の怪我が示している。
もし、彼女が一方的にやられてしまうような敵が存在するのならば、そのような敵に私が出会った時に、勝てる見込みなど微塵もないだろう。
「そんな身構えなくてもいい。私が守れる範囲ならば、当分は守ってやるから。」
「当分っていつまで?」
「……さあ、まぶたの数字が2になったら考えることにしよう。それまではとりあえず守ってやるよ。お前の血がなけりゃ、私は失血でくたばっていただろうし、あの機動力を欠いた足じゃ、すぐに誰かに殺されていただろうしな。」
私は少し安心した。まだ完全に信用しきっていないが、彼女が私を守ってくれるのならば、心強い。
「じゃあ、問題はここからどう逃げ出すかだ。」
彼女は右手を日本刀の柄を握り、戦闘姿勢を整え、トイレの外の窓ガラスから外を眺めた。
「状況を整理すると、今、私達が狙われているのは弓矢を武器とする私の分身。まあ、遠距離攻撃だな。それもとてつもなく遠くだ。100mや200mなんてものじゃない、下手したら、1kmは軽く離れている可能性すらある。
なんたって、私が掴み取った弓矢の角度から考えて、地面から大体15m位の建物だ。ってことは、大体、6,7階のマンションから射てきていることになる。それで、このコンビニの入り口とに面する方角にある6,7階のマンションは1㎞以上も離れている。
そこから私の頭をあれだけ正確に狙うことができるならば、中々なものだ。もしかしたら、この刀の間合いの中で撃たれたなら、弓矢を掴みどることはできないかもしれない。」
間合いの外なら掴み取れるのかよ。
「だから、そのマンションまで距離を詰めて、私の間合いに入ったら、弓を引かれる前に、相手を無効化すれば、こちらの勝ちだ。
……ところで、お前は付いて来るか?」
私はすぐに首を振った。
「本当に行かなくていいのか? 私達を除いて、84人の殺人鬼がこの狭い町にうようよいるんだ。弓矢の奴だけが自分の命を脅かすものだと思うなよ。私はお荷物一つ持ったくらいどうってことはない。じゃあ、もう一度聞くが、付いて来るか?」
私は彼女の誘導尋問に応じて、首を縦に振った。
「まあ、危なくなったら、肉の盾にでもなってくれ。」
彼女はそう言ってけらけらと笑った。彼女は冗談のつもりなのだろうが、私は笑えるはずがなかった。
「さあ、じゃあ、始めようか。」
そう言って、彼女は鞘から刀を取り出した。刀を取り出した彼女の姿は、自分の体に日本刀を持たせただけであるはずなのに、私には決して出せない程の風格と気迫を醸し出していて、格好が良かった。私はたくましい彼女の姿を見て、先ほどまで感じていた死への恐怖は少し和らいだ。
彼女に守られているならば、この世界でも少しは長く生きていられそうだと思った。
ドシュッ
それは私達が油断しきった瞬間を見計らったかのように、撃ち込まれた弓矢の一撃だった。確かに、風切り音はしていた。だが、鉄筋コンクリートの壁の後ろにいるからと私達は安心していた。その余裕は、いともたやすく打ち砕かれた。
そう、弓矢は鉄筋コンクリートの壁を打ち砕いたのだ。
それだけなら良かったのだが、聞こえてきた音は、コンクリートが砕け散る音だけではなく、血肉を貫くような生々しい音もあった。私がその音を聞いてから、視界に広がるのは、日本刀を持った彼女の腹に滲む大きく真っ赤な染みだった。
その大きな赤い染みの中心の服は破れていた。私は即座に、彼女の腹が弓矢で打ち抜かれたことを悟り、同時にそれが彼女にとって致命傷であることも悟った。