百夜庚申待
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72点
返却された英語のテストには、そんな点数が赤文字で書かれていた。以前の期末テストが、54点だったから、かなり上がっている。私は高揚感で躍らせながら、足取り軽く、自分の席に戻った。
席に戻った後、なんとなく、そのテスト用紙の点数の部分を折り返し、周りに点数を見られないようにした。そして、数人のテスト返しが行われた後、先生が口を開いた。
「はい、静かに。えー、今回のテストは、少し簡単だったようだな。100点が1人いたし、98点も3人いた。それに、テストの平均点も74点だった。みんな、大体この平均点の周りに集まっていたな。それに、欠点の奴もいなかった。じゃあ、問題の解説をしていくぞ。じゃあ、問1……。」
そのまま、先生は黒板に問題の解説を書き始めた。私は折り返したテストの点数をもう一度覗く。点数はやはり変わることはなく、72点と書かれている。私は先ほどまで感じていた高揚感はすっかり無くなっていた。
私はそのままテストを半分に折って、そのテスト用紙を机の中のファイルにしまった。一応、先生の解説を聞いているふりだけしようと、目線を前に向ける。すると、前の席の里美の点数がちらりと見える。
86点だった。
里美は前回のテストでは、私のテストの点数よりも低かったはずなのに、もの凄く点数が上がっている。
全然、勉強してないって言ったのに……
私もその言葉に同調して、いつも通りの勉強でテストに挑んだのに、騙された。テスト前の勉強していないとマラソン前の一緒に走ろう程、信用してはならないものはないと分かっていたはずなのに、勝手に信じ込んでしまった。まさか、あの里美に裏切られるなんて……
私は腹が立ったので、里美から横に視線をずらして、前を見た。すると、斜め前の雄介君のテストがちらりと見える。
100点だった。
正直、雄介君の点数が100点だったところで、別に驚きはない。雄介君の成績は、英語に限らず、他の科目でも、学年一番だ。さらに、部活動の剣道では全国大会で優勝しているし、顔もかっこいい。それに、皆と分け隔てなく喋るから、皆に慕われている。
学年の中で、何かトラブルが起こっても、すぐに解決してくれる。だから、この学年ではいじめなんか起きていないし、グループの対立も少ない。それ程、雄介君は素晴らしい人物なのだ。それに、私にもたまに話しかけてくれる……。
私は恥ずかしくなって、顔を赤くした。私は勝手に妙な妄想した自分の気持ち悪さに、さらに、恥ずかしくなって、顔を机について、居眠りをするふりをした。腕で囲った暗闇の中で、しばらく目を開けた後、小さくため息をついた。
「百夜! 百夜! 生きてる~!」
里美の大きな声が私の耳を突き抜ける。私は頭を上げると、視界がぼやけている。私は瞬きをいくらかして、視界を戻した。
「百夜……。」
里美はそう言って、自分の口の端を指で触った。私は寝ぼけた頭でその意味を少し考えて、その意味に気が付くと、手の甲で口元のよだれを拭き取った。
「もう、そんなんじゃ、雄介君は振り向いてくれないぞー。」
「ちょ、ちょっと。声、大きい。」
「周りをご覧なさい。もう、放課後で誰もいないわよ。」
「えっ!?」
私が教室を見渡すと、私と里美以外におらず、教室の窓からは、オレンジの夕暮れが漏れ出していた。教団の上の時計を見ると、時刻は6時になろうとしていた。
「自分がどれだけ寝坊助さんか分かったかしら?」
「私、ずっと寝てたの?」
「そうよ、英語の時間から眠りっぱなし、帰りの会もずっと寝ていて、起こそうとしても全然起きなかったのよ。それで、私も茶道部に行かなくちゃいけないから、行って来て、教室に戻ってきたら、まだ寝ているから、今、起こしたの。」
「嘘、そうなの?」
「大丈夫?具合悪いの?」
「いや、……そうなのかな?」
「保健室行く?」
「い、いや、大丈夫。」
私はそう言うと、帰り支度をするために、机の中の教科書を取り出した。すると、教科書を取り出した拍子に、何かのプリントがぴらぴらと地面に落ちた。
「落ちたわよ……。あっ、これ、今日の英語のテストじゃない。
へへへーん。百夜は何点なのかな~。私は86点だったのよ。全然勉強してないのにね~。さてさて、テストの点数の所だけ折りたたんじゃって、どんな恥ずかしい点数取ったのかしら~。」
「や、やめてよ。」
私が里美からテスト用紙を奪い取ろうと手を伸ばすが、里美はひょいとテスト用紙を上に挙げる。その里美の戦略にまんまと引っ掛かって、私のテスト用紙を奪い取ろうとする手は、空振ってしまった。
私はもう間に合わない手を出そうとするが、テストの点数部分の折り返しをめくる里美の姿を見て、出した手をしまった。私は里美に私の点数がバレたことを悟ると、テストの点数が低い言い訳を探していた。
しかし、里美の様子がおかしい。私の点数を見る前は、ニヤニヤといやらしい笑顔をしていた。しかし、私の点数を見た瞬間に、里美の笑顔は消え、衝撃を受け、絶句しているような顔だった。
私の点数は里美の点数に負けているので、里美が私の点数を見たならば、見下しフェイスになるはずだ。それに、私の点数は72点で、平均点が74点だから、驚くほど低いと言う訳でも、驚くほど高いと言う訳でもない。だから、里美の驚き過ぎて、言葉を失ったような顔は不可解だった。
里美はしばらく目の前の出来事を理解することに、時間をかけていた。そして、里美はテスト用紙を私に見せて、ようやく口を開いた。
「百夜、あんた、どんだけ勉強したのよ。」
私が里美の言葉を理解できないまま、テスト用紙に目を向けると、テスト用紙に書かれている私の名前の横に、赤文字で100点と書かれていた。