第一次リンカーン島沖海戦
1720年6月 ランカー(セイロン)島 コロンボ港 ダヴィード・ベン・サスーン
「やぁ、ダヴィードじゃないか、久しぶりだなぁ。」
「大佐じゃないですか! お久しぶりです。」
「いいところで逢えた、実は頼みたい事があるんだが、話を聞いてくれないか?」
オランダ東インド会社から請け負った仕事を終えたわたしは、
コロンボ港の喧騒に満ちた波止場で、我が家のあるコーチンに帰るべく船を待っていたのだが、
そこに現れた旧知のオランダ海軍大佐に声をかけられ、新しい仕事を依頼されてしまった
大佐の船は以前サスーン商会のあるコーチンを母港としていたのだが、
今はコロンボに配置換えになっていた。
私の父は手広く商売を行っていたが、金持ちのオランダ人は大事な客であり
大佐はお得意様の一人だったわけだ。
大佐の話ではモルディブ諸島の南方、赤道直下のあたりで新しい島の発見報告があり、彼の艦が調査と測量を命じられたとの事。
現地島民から島の情報を聴取するときの通訳を探していたそうだ。
大事なお得意様の依頼とあれば無下にはできない。
わたしは彼が艦長を務めるフリゲート艦に乗船して明後日急遽出航することとなった。
私は父に事の次第を手紙で知らせることにして船に乗り込んだ。
船はコロンボから南西に航路をとり、
モルディブのマレ港に寄港した後、進路を南に変えた。
モルディブの島々は162年前に武力侵攻を受け、
ポルトガルの支配下に入ったのだが、
当時からその海域には小さな島々からなる環礁しかないことは知られていた。
だが大佐の話では発見報告にある島はかなり大きな島らしい。
今モルディブの島民はその島に近付くことをとても恐れているという。
島に上陸しようとした者達は、巨大な海中の化け物に襲われ、
命辛々逃げ帰ったとか。
信じ難い話だが・・ 特別巨大な鯱でもサメでもない、見たこともないもっと
恐ろしいものだったという。
日没が迫ったため、目的の島を取り巻く
環礁に囲まれた波静かな海に船は錨を下ろすことになった。
1720年6月 赤道直下 中部インド洋 ダヴィード・ベン・サスーン
――――突然の衝突音らしき大音響と、
いきなり船体を突き上げられたような衝撃で、
わたしは寝棚から投げ出され床へと転がり落ちた。
周りは乗組員たちの悲鳴や怒号、助けを求める声などで騒然とし始めた。
強かに打ち付けた部分の痛みにより、
身動きできないでいたわたしはただ呻き声をあげるしかなかった。
しばらくして床に落ちたものの転がり方で、
徐々に艦が傾き始めていることにわたしは気が付いた。
岩礁にでも座礁したのか? 浸水が始まっているのでは⁉
わたしは船が沈没する恐怖に駆られて、救命艇の場所までたどり着こうと、
我先にと逃げ惑う男たちの後を追って傾斜を増した通路を、
よろめきながらも上甲板へと急いだ。
灯りの消えた船内を手探りで進もうとするが、
通路の傾斜が増して思うようには進めない。
ハッチを抜けようやっと外気に触れることができたものの、
蹴躓いて甲板上を転がり落ち、舷側にぶつかって止まった。
何かに引火したのか煙が立ち込め、火の手が上がり始めた・・
――――救命ボートが見つからないが、最早猶予はない!
高い場所から水に飛び込まないように、
水に浮かぶ物を掴んで、海面に近い場所から慎重に海に飛び込み、
沈みつつある船からできるだけ遠ざかった。
ここは熱帯の海だ、サメに襲われる可能性もある。
海面上に浮かんでいるものから体を横たえられる大きさと浮力があるものを探し
何とか海水から這い上がることができた。
月明かりの下、遠く島影らしものが海面に浮かんでいる。
あそこまでたどり着ければ助かるかもしれない。
オランダ海軍50門搭載型フリゲート艦、ヴォルフスウィンケルは、
最後に突き出した艦首を海中に没し12年の生涯を終えようとしていた。